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煙火招来記~見習い煙火師リオンと三柱の精霊〜  作者: 吉良カンタ


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第三話 配合帳、最後のページ

二日目の朝、斥候が来た。

 黒い装束の、十人ほどの集団。馬に乗り、村の入り口から、騎乗のまま侵入してきた。リオンは、村の中央の広場で、彼らを迎え撃つ位置に、打揚筒を立てた。


「煙火師は、お前か」


 先頭の男が、馬上から、リオンを見下ろした。鎧の胸に、魔王軍の紋章。狼の頭。


「俺、見習いです」

「見習いに用はない」


 男が、剣を抜いた。


「煙火師の本職は、どこだ」

「もういません。昨日、俺が、村を継ぎました」

「……ガキ一人で、村を?」


 男は、笑った。仲間たちも、笑った。十人の笑い声が、村に響いた。


「殺せ」

「待ってください」


 リオンが、火縄を、点けた。


「先に、煙火師の挨拶を、させてください」


 男が、笑いを止めた。



 リオンは、布袋から、五寸玉のもう一発を出した。残り、三寸玉が四つ、五寸玉が一つ。そして、紫の玉。

 火縄の火を、玉の導火に移す。筒に込め、空へ放つ。

 ぱっ。

 紅の、五寸の大牡丹。イグニスが、空中で、剣を抜いた。


「ガキ、攻撃の指示は」

「斥候十人、全員」

「了解」


 イグニスが、紅蓮の剣を、十回、振った。一閃ごとに、一人の斥候が、馬から落ちた。鎧ごと、火に包まれた。十秒も、かからなかった。

 先頭の男だけが、最後まで、馬上に残っていた。顔が、青ざめていた。


「な、何だ、今のは」

「精霊です」


 リオンが、答えた。


「俺の、契約精霊」

「精霊だと?」

「次は、二発目を、打ちます」


 男が、馬の腹を蹴った。馬が、嘶いて、来た道を引き返した。先頭の男だけが、生きて、逃げた。


「……追わなくていいのか、ガキ」


 イグニスが、空中から降りてきた。


「あいつ、本隊に報告するぞ」

「報告させます」

「は?」

「本隊に、『村に煙火師がいる、しかも三柱の精霊を従えている』と、伝わった方が、いい」

「なんでだ」

「向こうが、舐めて来てくれたら、こっちが助かるから」


 イグニスが、ちょっと、目を見開いた。それから、にやり、と笑った。


「……お前、見かけによらず、頭が回るな」

「師匠の受け売りです」



 昼。村の住民が、谷から戻ってきた。子供、老人、女、男。総勢、四十人ほど。

 彼らは、巨人の残骸と、斥候の死体を見て、誰もが、リオンに頭を下げた。


「リオン坊、あんたが、村を救ったのか」

「いえ、精霊が」

「あんたが、呼んだんだろ」

「はい」

「立派になったなあ」


 老人たちが、涙ぐんだ。子供たちは、リオンの背中に隠れた精霊を、見ようとして、見えなくて、首を傾げていた。

 リオンは、住民たちに、頭を下げた。


「明日の夜、魔王軍の本隊が来ます」

「明日……」

「みなさんは、もう一度、谷に避難してください。本隊は、斥候の比じゃありません」

「あんたは」

「俺は、ここで、迎え撃ちます」

「……一人で」

「精霊たちと一緒です」


 村長が、リオンの肩に、震える手を置いた。


「リオン。お前の師匠は、わしの友だった。あいつが死んだ夜、わしは、お前を引き取ろうかとも思った。煙火師なんて、もう、やめさせて」

「村長」

「けれど、お前は、煙火師を継いだ。あいつが残した配合帳を、抱えて。――リオン、生きて帰ってこい。それだけが、わしの願いだ」


 リオンは、笑った。


「はい」



 夜。住民たちは、再び谷へ避難した。村に残ったのは、リオンと、三柱の精霊と、配合帳だけ。

 リオンは、貯蔵庫の床に、玉を並べた。

 三寸玉、四つ。紫の玉、一つ。

 計、五発。


「……足りない、ですよね」


 リオンが、つぶやいた。シレーヌが、隣に座っていた。


「魔王軍の本隊、何人くらいか聞いた?」

「五百人だそうです」

「五発で、五百人」

「無理ですよね」

「無理ね」


 シレーヌが、軽く頷いた。イグニスが、壁に寄りかかって、腕を組んでいた。


「……ガキ。一つ、提案がある」

「なんですか」

「俺たち三柱、お前が新しい玉を作る間、村の周りで張ってる。本隊が来るまで、あと一日と少し。お前は、ありったけの素材で、新しい玉を作れ」

「俺、玉を作れる腕は、まだ……」

「配合帳がある。書いてある通りに、混ぜろ」

「でも、師匠の助けなしに、初めて作る玉が、本番で使えるか」

「使えなきゃ、死ぬ。それだけだ」


イグニスが、目を伏せた。


「お前の師匠は、お前を煙火師に育てた。なら、お前が玉を作れるはずなんだ。配合帳が、それを証明してる」

「……はい」

「俺たちが、外を守る。お前は、玉を作れ」


 シレーヌとフラゴルが、頷いた。リオンは、頭を下げた。


「お願いします」



 夜中、リオンは、配合帳を開いて、最初の頁から、最後まで、読み返した。

 配合の名前。火薬の比率。呼べる精霊。打ち上げる方角。風向きの注意。湿度の影響。全部、師匠の手で書かれていた。そして、最後のページの「天狼星」。

 リオンは、その頁を、もう一度、見つめた。

――師匠。

 血で書かれた文字の、横に。小さな、別の筆跡があった。今まで気づかなかった、極めて小さな書き込み。

――リオン。打つな。だが、配合は、覚えておけ。

 リオンは、息を呑んだ。師匠の、最後の文字。自分のために、書かれた、たった一行。


「……師匠」


 リオンは、配合帳を、抱きしめた。涙が、頬を伝った。



 貯蔵庫の壁の、紫の玉。暗闇の中で、ひっそりと、光っていた。

 リオンは、紫の玉の前に、座った。


「師匠。俺、これ、打ちません」


 リオンは、紫の玉を、両手で、そっと抱えた。


「でも、配合は、覚えます。師匠が、教えてくれたとおりに」


 リオンは、紫の玉を、貯蔵庫の中央の台の上に、置いた。三柱の精霊が、外を守っている気配がした。

 リオンは、配合帳を開き、新しい玉を作る作業を、始めた。

 残り時間、丸一日。魔王軍本隊、五百人。リオン、十四歳、煙火工房〈カグツチ〉、最後の見習い。

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