第二話 三柱の契約、一つの命
五寸玉が、夜空の頂点で割れた。
ぱっ。
紅の大牡丹。直径、二十メートル。三寸玉の数倍。花弁の一枚一枚が、地上を昼のように照らした。
「シレーヌさん、今です!」
リオンが叫んだ。シレーヌの青い水が、紅の光を媒介に、石巨人の額の魔法陣に流れ込んだ。火と水が、本来は反発するはずの組み合わせが、紋様の中で、繋がっていた。
「煙火師の紋様、初めて見たけど――面白いわね、これ」
シレーヌが、ちょっと笑った。額の魔法陣に、彼女の指が触れた。術者の名前を、青い水で塗り潰す。
石巨人が、ぐらり、と傾いだ。そして、二度と動かなくなった。
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朝の光が、瓦礫の村に差した。
リオンは、巨人の残骸の上に座り込んでいた。背中を岩に預け、煤だらけの顔で、目を閉じていた。三柱の精霊が、心配そうに、彼の周囲を漂っていた。
「……起きろ、ガキ」
イグニスが、リオンの頬を、軽く叩いた。リオンが、目を開けた。
「あ、あれ。俺、寝てた?」
「半刻ほどな」
「巨人は」
「倒した。お前が打った最後の玉、効いた」
リオンは、ゆっくりと立ち上がった。膝が笑った。三柱の精霊を同時に呼び出すという禁忌のせいか、体の芯が、空っぽになっていた。
「……みなさん、まだ、いるんですか」
「帰れねえんだよ」
イグニスが、舌打ちした。
「お前みたいなガキを置いて帰ったら、契約違反で、こっちが叱られる」
「契約違反?」
「同時契約の場合、契約者が一定の体力を回復するまで、精霊は留まらなきゃいけない。配合帳には、書いてなかったか」
「……書いてなかったです」
「……あの配合師、自分の弟子に、何も教えずに死にやがって」
イグニスが、ぼやいた。シレーヌが、その背中を、ぴしゃりと叩いた。
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工房の焼け跡で、リオンは、瓦礫を片付けていた。三柱の精霊は、人型のまま、彼の周囲を漂っていた。
「……あの、みなさん」
「なんだ」
「人間の村に、いていいんですか」
「いいわけないだろ」
イグニスが、顔をしかめた。
「精霊が人界に長く留まると、その地の魔素が乱れる。普通は、契約が終わったら即座に帰る。でもお前みたいなアホが三柱も同時に呼んだら、一定期間は帰れない、ってのが俺たちの掟だ」
「すみません」
「謝るな。配合帳のせいだ。お前のせいじゃない」
イグニスが、ふん、と鼻を鳴らした。シレーヌが、リオンの肩に、青い水の手を置いた。
「リオン。何日くらい、私たちが必要?」
「分かりません。師匠が死んだので、一人で考えなきゃいけなくて」
「村の状況は」
「住民は、隣の谷に避難してます。村長が、戻ってこいと使いをよこしたら、戻る予定です」
「魔王軍は」
「……分かりません」
シレーヌが、空を見上げた。雲は、穏やかだった。けれど、その向こうの、東の空のさらに東には――何かが、いる気配があった。
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昼過ぎ、村長が、谷から戻ってきた。老人は、巨人の残骸を見て、二度、三度、目をこすった。
「……リオン、お前が、これを?」
「いえ、精霊たちが」
「精霊?」
村長は、リオンの後ろの、三柱の精霊を見た。見えていないようだった。普通の人間には、契約者以外、精霊は見えない。
「煙火師の見習いだったお前が、ここまで戦えるとは、思っていなかった」
「師匠の遺した玉と、配合帳のおかげです」
「……リオン」
村長が、リオンの肩に手を置いた。
「魔王軍が、動いている。隣国の使者が、今朝、報せに来た」
「斥候ですか」
「斥候は、もう、動いている。そして、本隊が、三日のうちに、こちらに着く」
「三日……」
「お前の師匠が生きていれば、迎え撃つ術もあった。けれど、もう、お前しか、煙火師はいない」
村長は、リオンの目を、まっすぐ見た。
「逃げてもいい。お前一人なら、谷に避難する場所はある」
「いえ」
「リオン」
「俺、煙火師です。打つだけは、打ちます」
村長は、しばらく黙った。それから、深く、頭を下げた。
「――頼む」
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夜。リオンは、貯蔵庫の床に、配合帳を広げていた。
三柱の精霊が、彼の周りを漂っていた。
「リオン、その配合帳、見せて」
「いいですよ、シレーヌさん」
シレーヌが、青い指で、ページをめくった。配合の名前と、必要な火薬の比率と、呼べる精霊の名前が、ずらりと並んでいた。
「……すごいわね、これ。代々の煙火師が、作り上げた一族の知恵」
「師匠も、そう言ってました」
「最後のページに、何か書いてある」
「……はい」
リオンは、配合帳の最後のページを開いた。血で書かれた、たった一発の配合。
――天狼星。
「これ、何?」
イグニスが覗き込んだ。
「お前、こんな配合、習ったのか」
「習ってません」
「呼べる精霊は」
「〈月光姫〉。〈空の長たる者〉の最上位」
三柱の精霊が、息を呑んだ。フラゴルが、初めて、声を硬くした。
「……月光姫」
「契約者は、必ず死ぬ、と書いてあります」
「リオン」
シレーヌが、低く言った。
「これ、打っちゃ駄目」
「打ちません。師匠の遺言です」
「……でも、最後のページに、これがあるってことは」
「師匠は、いつか俺が打てるように、遺してくれたんだと思います」
「あんた、まだ十四歳でしょ」
「……はい」
シレーヌが、リオンの頬に、青い指を当てた。冷たかった。
「子供を、こんな目に遭わせて。配合師ってのは、罪な仕事ね」
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配合帳を閉じたリオンの目に、貯蔵庫の壁の隅が、入った。そこに、紫の玉が、ひとつ、置かれていた。
紫の玉皮。三寸でも五寸でもない、特殊な大きさの玉。配合帳の最後のページの「天狼星」の配合と、同じ重さ。
――師匠は、もう、これを作っていたのか。
リオンは、紫の玉に、触れなかった。ただ、じっと、見ていた。
三日後、魔王軍の本隊が来る。そのときに、もし、この玉を打つ必要があったら――。
「リオン」
イグニスが、低く言った。
「お前、今、何考えてた」
「何も」
「嘘つけ。ガキの嘘は、すぐ分かる」
「……」
「打つなよ、絶対」
「……はい」
リオンは、紫の玉から、目を逸らした。
けれど、貯蔵庫を出るとき、もう一度、振り返った。紫の玉は、暗がりの中で、わずかに光っているように、見えた。




