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【完結確約】煙火招来記~見習い煙火師リオンと三柱の精霊〜  作者: 吉良カンタ


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第一話 開く

 この国では、精霊は音でしか呼べない。

 魔法使いは詠唱、神官は鐘、吟遊詩人は弦。それぞれの音で、それぞれの精霊を呼ぶ。けれど最も力ある精霊――〈空の長たる(おさたるもの)〉と呼ばれる上位存在たちは、そのどれにも応じない。

 彼らが応じるのは、ただ一つ。〈爆ぜる音〉だけ。

 だから、煙火師(えんかし)が必要だった。



 焼け跡で、リオンは、ひとりだった。

 昨夜まで、ここには工房があった。煙火工房〈カグツチ〉。師匠と兄弟子三人と、見習いのリオン。五人で暮らしていた、小さな工房。今は黒く焦げた柱が数本と、崩れた屋根の瓦と、そして――地下の貯蔵庫の入り口だけが、残っていた。

 師匠も、兄弟子たちも、もういない。昨日の昼、隣国から来た〈竜の落涙〉が、村ごと焼いた。煙火師として迎え撃った師匠と兄弟子たちは、最後の一発まで撃って、それでも届かなかった。

 リオンは、貯蔵庫の鉄扉を開けた。焦げ臭い空気の中、地下に降りる階段が、口を開けていた。


「……師匠。借りていきます」


階段を降りた先、石壁に守られた貯蔵庫には、玉が十、残っていた。三寸の星尺玉、七つ。五寸玉が、二つ。そして、紫の玉皮に包まれた、ひときわ大きな一発。

 リオンは、紫の玉には手を触れなかった。師匠の遺言だった。「これだけは、打つな」と。

 残り九つを、背負った布袋に詰めた。配合帳と、火縄と、打揚筒も、一緒に。それで、煙火工房〈カグツチ〉が遺したもののすべてだった。



 村の入り口で、リオンは、それと出会った。

 身の丈、十二メートル。素材は、どこかの山から削り取ってきたらしい岩石。両腕の長さだけで人ひとりぶん。地響きを立てて、村に向かって歩いていた。

 石巨人(ゴーレム)。隣国の魔王軍が放った、第二波。

 普通の魔法使い百人でも、たぶん足止めすら無理。

 けれどリオンは、煙火師だった。煙火師の仕事は、精霊を〈音〉で呼び、〈光〉で魅せ、〈色〉で契約を結ぶこと。

 リオンは、打揚筒を地面に突き立てた。布袋から、最初の玉――三寸玉、青の配合――を取り出した。火縄に、火を点けた。

 玉を、筒に込める。


「――〈開く〉!」


玉を、空へ放った。

 ひゅう、と尾を引いて昇っていった三寸玉が、真上で割れた。



 ぱっ。

 夜空に、深い青の、二重の同心円が咲いた。円は、波紋のように外へ広がり、内側には別の円が小さく輝いていた。

 同心円。〈水の上席、シレーヌ〉を呼ぶ紋様。

 青い光が、空中で人の形に集まった。長い髪の、若い女の姿。素足。両腕に、青い水の腕輪。


「――やれやれ。ずいぶん荒い呼び出しね」


シレーヌが、空中から、リオンを見下ろした。


「あんたが、〈カグツチ〉の見習いの子?」

「リオンです」

「師匠は」

「死にました」

「……そう」


シレーヌは、ちょっと黙った。それから、地響きを立てて近づいてくる石巨人を、横目で見た。


「あれ、私一人で?」

「もう一柱、呼びます」



 リオンは、二発目の玉を、筒に込めた。紅の三寸玉。火縄、点火、打ち上げ。

 ぱっ。

 紅い牡丹。〈炎の次席、イグニス〉を呼ぶ紋様。

 紅い光が、シレーヌの隣に、別の人型を結んだ。短髪の青年。腰に、紅蓮の剣。眉が、ちょっと吊り上がっていた。


「おい、ガキ」

「リオンです」

「シレーヌと同時に呼んだのか、お前」

「はい」

「アホかお前は!」


イグニスが、リオンの頭を、軽く小突いた。痛くはなかったが、火傷の感触があった。


「同時契約は、配合師の禁忌だぞ。一人の人間が、二柱の精霊を同時に呼んじゃいけねえんだ。魂が削れる。最悪、死ぬ」

「師匠の帳面には、アリって書いてありました」

「配合師が書いたものを信じるな!」

「他に信じるものがありません!」


リオンは、三発目の玉を、筒に込めた。


「ま――待て、ガキ、待てって!」


イグニスが叫んだが、リオンは火縄を点けた。

 ぱっ。

 三発目の花火が、夜空に開いた。金の柳。〈雷の末席、フラゴル〉を呼ぶ紋様。

 金の光が、もう一柱の人型を結んだ。細身の、無口そうな青年。両肩に、雷の文様。


「……三柱、同時か」

「はい」

「……」

「フラゴルさん、何か言ってください」

「……死ぬぞ、お前」



 三柱の精霊が、リオンの周囲を、回り始めた。

 石巨人が、すぐそこまで来ていた。十二メートルの身体が、リオンを見下ろし、巨大な右腕を、振りかぶった。


「シレーヌさん、まず動きを止めてください」

「了解」


シレーヌが、空中で両腕を広げた。青い水が、石巨人の足元から這い上がり、両足を凍らせた。地響きが、止まった。


「イグニスさん、左腕を」

「ちっ、わかった」


イグニスが、紅蓮の剣を一閃。石巨人の左腕が、根元から燃え落ちた。


「フラゴルさん、心臓に」

「あいよ」


フラゴルが、両肩の雷文を、巨人の胸に向けた。金色の雷が走り、巨人の胸の中心で、白く弾けた。

 石巨人が、後ろにのけぞった。倒れる。地響きを立てて、村の入り口に、横たわった。



 けれど、それは、まだ動いていた。

 心臓に雷を受けても、巨人の頭は、まだリオンを見ていた。素材の岩には、心臓も急所もない。本当の弱点は、額の魔法陣に刻まれた、術者の名前。

 リオンは、四発目の玉に、手を伸ばしかけて――やめた。

 紫の玉。師匠が「打つな」と言い遺した、一発。

 配合帳の最後のページに、血で書かれていた配合。〈空の長たる者〉最上位の精霊「月光姫(ルーナ)」を呼べる。ただし契約者は、必ず死ぬ、と。


「……」


リオンは、ふっと、笑った。たぶん、師匠の声が聞こえた気がした。

 ――打つな、リオン。


「師匠」


リオンは、紫の玉ではなく、五寸玉のうちの一発を取り出した。紅の、五寸玉。


「俺、まだ死にません」


リオンは、五寸玉を筒に込めた。火縄を、点ける。三柱の精霊が、息を呑んだ気配がした。


「――〈開く〉!」


五寸玉が、夜空へ昇っていった。

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