第40話「口ごたえ」
「……運命運命って……はあああ。そうなの。ネージュもお父さんみたいなことを言い出したわね」
朝の散歩がてら、ネージュはアマリアを母オルレアンの元へと連れて行った。オルレアンは割り当てられた部屋からほど近いテラスで、優雅に朝食を取っていたようだ。
朝の光を受けた美しい容姿を持つオルレアンはまるで、女神のようでいて……自ら光り輝くようだった。
(なんて、綺麗な人なの……まるで、絵画の世界だわ……)
オルレアンとヴァレンヌ、そして、亡き母ルアンは良く似た姉妹だったらしいけれど、アマリアはこの人と自分が近しい血を持っているようには、どうしても思えなかった。
何年も常に否定され続けて、粗末な恰好をさせられて、とてもそんな風に自分を思えなかったのだ。
「母さんもそういう父さんに運命の番だと迫られて、結局は結婚したんだから、そういう目になるのはおかしいんじゃない?」
「おかしいって……私、どういう目をしてたの?」
ネージュは椅子を引いてくれて、アマリアを座らせると、自分は母の隣の席へと座った。
「また、良くわからないことを言い出して……みたいな、詐欺師を見る目をしていたよ。父さんもスノウも運命の番を見つけたのだから、僕だって別に見つけてもおかしなことではないよ。母さん」
「あら、自覚はなかったけれど、息子を詐欺師扱いしたことは謝るわ。だって、スノウに続いてネージュもって思ってしまったのよ。運命の番って、出会えるのは、珍しいものではないの?」
オルレアンはふうっと溜息をつき、ネージュへそう聞いた。
それは、アマリアも知っている情報だった。
獣人たちには『運命の番』と呼ばれる存在がいて、一度出会ってしまったが最後、彼らにはもう逃れることは出来ないのだと……けれど、人生の中で出会える可能性はとても低いはずだった。
「珍しいけど確率論で言えば、全員が会えてもおかしくないよ。だって、一万分の一の確率だったとしても……」
「ああ……やめてやめて。そういう小難しい話はもう良いわ。それより、アマリア。私は貴女と話したかったのよ。食事の席では不自然に話題を変えられていたでしょう……? 一体、何があったというの。姪だというのに、なかなか会えなくてイライラしていたわ」
とても珍しいというのに近しい三人が出会えた確率を説明しようとしたネージュの話を遮りひらひらと手を振ると、オルレアンはアマリアへと視線を向けた。
アマリアは本当に嬉しかった。こういう時を長い間、待っていたからだ。
(オルレアン伯母様に、こんなに早く会えるなんて……! けれど、ネージュが私を伯母様に会わせたいと言えば誰も止めることなど出来ないのだわ……この二人には、私を虐げていることは隠しておきたいはずだもの)
アマリアは注意深く、周囲を観察した。
通常であれば、客人の近くには控えているのだが、オルレアンが先んじて人払いをしていたのか、近くには使用人たちはいなかった。
(大丈夫……? よね。今なら、伯母様に話しても……とにかく、プリスコットにさえ連れて行ってもらえれば良いのだわ。あとのことはどうとでもなる……)
実際、少し前までのアマリアが懸念していたのはあの怪我をした黒狼ルーのことだった。だが、ルーは狼獣人なのだから、アマリアが突然にいなくなったとしても上手く逃げてくれるだろう。
「そうなんです……私はオルレアン叔母様に、お話ししたいころがあって」
「あの! オルレアン叔母様、私もご一緒して良いですか?」
アマリアが意を決してオルレアンへ話し出そうとしていたところ、高い声が聞こえて慌てて振り返るとそこにはそっくりな容姿を持つ双子のミランダがいた。
(どうして? いつもなら、この時間はお父様とお母様と朝食をとっているはずなのに……もしかして、私とネージュがここにきたことを誰かが報告した……?)
あまりにもタイミングの良いミランダの登場に、アマリアは表情を曇らせた。
もし、アマリアがオルレアンと接触しようとすれば邪魔が入るだろう。
それは、容易に想像することができた。朝早くからネージュに遭遇するなんて、アマリアだって予想外だったのだから、ミランダも慌ててこちらへと来たのかもしれない。
(私のことなんて、放っておけば良いのに)
虐げるくせに手放さないのだ。それが、彼らを一番に理解出来ないことだった。
「……いいえ。ミランダは戻りなさい。私はアマリアと話があるのよ。話の邪魔をすることは、許さないわ」
アマリアは叔母のはっきりした拒絶の言葉を聞いて、驚いてしまった。姪であると言えば、アマリアとミランダは一緒なのだ。
だから、ミランダは当然のように同席しようとしたし、アマリアだってこの良い機会を潰されてしまったと思った。
「……え。けど、叔母さま」
「ミランダ……お馬鹿さんね。この邸に来た私が何も気がつかず、何もしないなんて思っているの? 私を誰だと思っているの。プリスコット辺境伯夫人よ。最近の家庭教師は身分については、何も教えないのかしら。貴族であるのなら、基本中の基本でしょう」
冷たく言い放ったオルレアンは、まさかの伯母からの拒絶に戸惑っているミランダへ、追い打ちをかけるように言い放った。
「……アマリアは何かを勘違いしているんです。私は何もしていません。もしかしたら、変なことを言うかもしれませんが」
「それは、アマリアから話を聞いた私が判断することだと、何故わからないのかしら。社交界にいくつもりなら、誰に物を言って良いかわからせた方が良さそうね」
オルレアンに口ごたえを咎められたミランダは、悔しそうな表情になりつつもカーテシーをして去って行った。
「……どうしたの。母さん。珍しいね。女の子にあそこまで言うなんて」
これまで黙っていたネージュが言えば、オルレアンはティーカップを持って肩をすくめた。
「この程度、珍しくもなんともないわよ。大抵の女の子は自分より何かを持っていると思う者を、疎ましく妬むものなのよ。私がこれまでに、誰かに妬まれたことがないとでも思うの?」
「思わない。僕が悪かったよ。とばっちりは、やめてくれ」
絶世の美女と褒めそやされた女性のこれまでの裏側を見たようで、アマリアはなんとも言えない気持ちになった。
確かにこれだけ美しくて容姿を持ち男性からも注目を浴びそうな女性を、他の嫉妬深い女性たちが放っておくとも思えず、オルレアンや彼女の妹二人も若い頃は大変な思いをしていたのかもしれない。
(まさか、ミランダを追い返してしまうなんて思わなかったけど、これで叔母さまとやっと話せることができるわ! プラージュ伯爵邸を離れて、プリスコットに連れ帰ってほしいとようやくお願いすることが出来る……)
これで、ようやく虐げられる環境から、アマリアは助かることが出来る……そう思って、胸を撫で下ろした。




