第39話「朝の中」
重い沈黙の中で三者共に、この事態に混乱していた。
アマリアだってそうだ。
遠方に住む伯母がいきなりやって来て、自らを救い出そうと動いてくれそう……そんな時に、弱っていて可哀想だからと匿っていた犬が実は獣人の狼で、ぺらぺらと人の言葉を話し出した。
伯母と共に来た従兄弟の雪豹と共に、自分のことを『運命の番』だと言う。
わけがわからなくなってすべて受け止めきれなくても、ごくごく当たり前のことではないだろうか。
(え? 運命の番って、そういう簡単に見つかるものなの? 私はもっとこう、世界に一人だけしかいない……そんな唯一無二の存在だと思っていたけれど)
アマリアは獣人のことに、あまり詳しくない。
獣人が多い地域ではあるのだが、実母ルアンが亡くなってからプラージュ伯爵邸から出ることも少なくて、決まった人間以外と言葉を交わさなかったせいだ。
「……あの、ごめんなさい。その……運命の番って、二人いるものなの?」
「「そんなわけはない!」」
おそるおそる聞いたアマリアの言葉に、二人は勢いよく返した。
(な……何。もう……こうなると誰だって、心に自然に浮かぶ疑問のはずなんだけど!?)
「いや……違うんだ。俺たちも驚いている。こんなこと聞いたこともない」
「そうだね。運命の番が二人なんて、聞いたこともないよ。大抵は見つけたらそのまま結婚して、添い遂げるものだ。獣人は一度番を定めたら、覆さない……死ぬまで」
二人の勢いにビクッと身体を揺らして涙目になったアマリアに、二人は慌てたように言葉を重ねた。
ルーとネージュも戸惑っている。アマリアは自分が一番戸惑っているように思うのだが、彼らもどうしてこういう事が起こったのか、わからないのかもしれない。
「と……とにかく、わかったから。私はルーとネージュの『運命の番』なのは、わかった。けど、一旦時間を置かせて欲しいの。わかるでしょう……?」
アマリアはとにかく、落ち着こうと思った。けれど、この二匹と睨み合ったままでは、それは出来ない。
彼女の言葉を聞き、黒い狼と雪豹は顔を合わせて頷き合った。
ルーの身体は元の大きさに戻り布で覆われた寝ぐらへと戻ったし、ネージュはゆっくりと窓の方へと進み一度振り返ってから外へとひらりと出て行った。
(はあああっ……もうっ……なんなの。もう、無理。理解の限界を超えているのよ)
伯母オルレアンの声が聞こえてから、色々あった一日だった……ありすぎたとも言える。
アマリアはまた息をついてベッドへと倒れ込み、そのまま眠りについた。
◇◆◇
石造りの渡り廊下を歩くアマリアはいつものように早朝厨房に行き、朝食作りを手伝おうと思った。
けれど、使用人たちは『アマリア様は、部屋へお戻りください』を繰り返し、何故という理由は教えてくれなかった。なので、せっかく早起きしたけれど、引き返して部屋へと戻っている。
(叔母さまには、どうしても私のことを知られたくない。プリスコット辺境伯は国王より信頼される重鎮、お父様よりも権力を持つ叔父様には絶対に知られたくない……そういうことよね)
おそらくは、使用人のように働かされているアマリアの姿を、オルレアンやネージュに見られる訳にはいかないので、彼らが滞在する間はしなくても良いと差配した誰かがいるということだろう。
それはそれで、良いことのように思える。二人の存在がそれほど脅威なのだ。
後は、アマリアが隙をみて、オルレアンにプリスコットに共に連れて帰ってほしいと頼みこむことさえ出来れば……。
(ミランダは私をお母様の死をきっかけに『おかしなことをいうようになった可哀想な子』として、扱うだろうけど、オルレアン伯母様はあの子の嘘になんて騙されはしないはずよ。どうにかして、機会を伺わないと……)
オルレアンはプラージュ伯爵邸に居るのだから、話す程度のことなら簡単に出来ることのように思うのだが、父母や彼らに従う使用人たちがそれをさせないように動くはずだ。
「やあ。おはよう。アマリア」
不意に挨拶が聞こえれば、渡り廊下の塀に手をかけているネージュだった。きらきらと光る朝日の中、彼の美貌がやたらと眩しく思えてアマリアは自然に目の上に手を当てた。
「おはようございます……何をしているの?」
「朝から僕の運命の番である君を見かけたので、こうして近くに来ただけだけど?」
塀から降りたネージュの体勢からして、一階に居た彼は二階の高さにある渡り廊下へと飛んでやって来たらしい。
(獣人って身体能力が高いって聞くけど……凄い。いえ。ネージュが凄いだけかもしれないけど)
獣人だから……という訳ではなく、彼の身体能力が高いだけかもしれないとアマリアは思い直した。
王に仕える『三匹の犬』は三種すべて超戦闘種と呼ばれる獣人たちで、ただそれだけ身体能力は他の獣人と比べても高いはずだ。
「なんだか、本当に信じられないわ。これまで会ったことのない従兄弟から、まさか『運命の番』だと呼ばれるなんて……」
「まあ、そうだよね。僕もそう思う。けど、事実だから仕方ないね。そこは諦めてもらわないといけないかな」
肩を竦めたネージュは仕方ないなんて、全く思ってなさそうだ。
(どうしてかしら。初対面に近いのに……なんだか、全然そんな気がしない。血が繋がっているから……? 確かにネージュはオルレアン叔母さまによく似ているけれど。本当につくりものみたいな顔……)
美女と名高いオルレアンによく似た息子だから、ネージュは本当に綺麗な顔をしている。オルレアンに似ているということは、アマリアの母ルアンにも似ているということだ。
母に似ているから、親しみを感じている……そういうことだろうか。
「何。顔をじっと見て……僕に何か言いたいことでもあるの?」
「っ……! 違うわ。その……オルレアン叔母さまと話したいの。出来れば、誰にも知られずにこっそり」
そうだった。オルレアンの息子であるネージュに、どうにか会わせてくれるように頼めば良いではないか。
咄嗟に出てきた言葉に、アマリアは良かったのではないかと思った。
これで、叔母に会うことが出来るのだ。
「母に? というか、何か頼み事があるなら僕に頼めば良いと思うよ。この邸から出たい? ……そう言いに来たんだ。アマリア。あの黒い狼より先に、僕が君をこの邸から救い出すよ」
そういえば、ルーはアマリアのことを『家族に愛されない可哀想な子』と言った。ネージュはそれを聞いていた。
ミランダとの会話も聞いていた彼は、アマリアがプラージュ伯爵邸でどういう立場でいるのか、昨日の時点でわかっていたのだろう。
「あの……けど、でも……」
伯母ならばわかる。プリスコット辺境伯夫人だからだ。彼はその息子だけれど、爵位を持っているわけでもない。
アマリアを救いだそうと言ってくれたネージュに、もしかしたら迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
「うんうん。わかるよ……人は現状維持を一番に望むものだからね。不幸の中でいることを、まだ見えぬ幸せな未来よりも選ぶことがあることは知っている」
「私……その……」
不幸のままでいたいだなんて、これまでにアマリアは思った事はない。けれど、自分にいつも言い訳をしたかもしれない。
死ぬ気で逃げ出せば、ここから逃げられたかもしれない。それをしなかった……楽だったからだ。今を変えない方が。
「けど、君は僕の運命なんだ。誰よりも幸せにする……不幸なままになど、絶対にさせない」
驚いて涙目になったアマリアの背中を押したネージュは、朝日の中で優しく微笑んだ。
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今回もスノウとユージンが可愛いです♡ティタニアの初々しい戸惑いなどを楽しんで頂けたらと……!
ジュリアンが本当に嫌な奴に描いていただけて、間違いなくざまぁ対象だな……となりますね。
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