第41話「苦境」
「アマリア。一体、何があったの。詳しく聞きたいわ。私は……今のプラージュ伯爵邸は、異常だと思っているの」
オルレアンはこれまでに何年か会うこともなかった姪の身に、何があったのか知りたいようだ。彼女から見れば亡くなった妹の娘なのだから、虐げられている様子を見て心配するのはもっとものことだった。
けれど、アマリアにも説明はしづらかった。何故、双子のミランダは何もなく、自分だけが虐げられているのか……むしろ、それは自らも知りたいことだったからだ。
「……お母さまが亡くなって、お父様はすぐに再婚なさいました。最初は何もありませんでした。けれど……お義母様は、だんだんとミランダと私に差を付けるようになって……使用人のように扱うようになりました。ミランダも……お父様も同じように」
自分が虐げられている話なんて、誰もしたくはない。俯きがちにそう言ったアマリアに、ふうっと溜息をつきオルレアンは溜息をついた。
「あの、後妻のセレネのことね。確か……平民の出だと聞いているけれど?」
オルレアンは思い出すようにして、そう言った。双子の母ルアンが亡くなりすっかり縁遠くなってしまった彼女には付き合うこともなく要らない情報なので、そうなってしまっても仕方ないかもしれない。
義母セレネは父にとっては、以前から付き合いのあった女性らしい。今は貴族然としているが、平民だった女性だ。若い時には彼女と結婚することは出来なかったが、初婚ではなく子どももいるので許されたのだ。
「はい。プラージュ伯爵家を受け継ぐ貴族の血を持つのは、私たち二人がいますので……」
「そうね。確かに初婚でなければ……そして、貴族の血を引く子どもが二人いれば、親族も文句は言わないわね。継母に虐められていたのね。アマリア。恥ずかしく思う必要はないわ……よくあることと言ってはおかしいけれど、そういう事は確かにあるわね。不思議なのは、どうしてミランダは違うのか……ということよね」
オルレアンも双子が二人とも虐められているのならば生さぬ仲でのよくある話だが、片方は良くて片方が駄目だったのか不思議らしい。
(それは、私も知りたいわ。しかも、虐げるくせに逃げることは許さないのも、矛盾しているもの。要らない子なら手放してくれたほうが良かったわ)
アマリアは何度か逃げ出そうとしたし、一番近い親類である母の姉二人に助けを求めようとしたこともあった。なのに、それは父も義母も許さなかった。
「母さんと手紙のやりとりをしていた時に、アマリアが『義母が嫌な顔をするから』という理由で、手紙をもう出さないで欲しいと伝えたのは本当?」
「そんな! そんなこと、私は言わないです。絶対です。オルレアン伯母様に連絡したいって……何度も言ったのに……!」
ネージュは不意に質問をしてアマリアはとんでもないと答えた。オルレアンとネージュは黙って目を合わせて、頷きあった。
「状況はなんとなくわかったわ。私たちが帰る時には、アマリアも連れて帰りましょう」
「……! 伯母様。本当ですか?」
欲しかった言葉を聞きアマリアの表情はパッと明るく輝き、オルレアンは苦笑した。
「ええ。もし、プラージュ伯爵が渋るようなら、仕方ないわ。夫にも来てもらうことにしましょう……私だって強硬手段なんて、取りたくないのだけど」
(嬉しい……! 伯母様のいるプリスコット辺境伯邸にさえ行けば、もうみじめな思いなんてすることないわ……とにかく、ここから逃げ出してからその後のことは考えよう……もしかしたら、貴族令嬢としてまともな結婚は出来ないかもしれないけれど、ここにいたって同じことだもの)
その時、向かいの席に座っていたネージュと目が合って、アマリアは慌てて視線を外した。
(あ。運命の番……? そうだった。ネージュも……ルーもそう言っていた。運命の番は唯一無二のものと聞いたけれど、二人からそう言われるなんて……ありえるのかしら)
『結婚』という言葉で連想して思い出してしまったものの、それを考えるのは時期尚早だとアマリアは首を横に振った。
「アマリア。私たちは早々にこの邸を後にするわ。荷造りだけは、整えておいて。話をするだけで済めばいいけれど……」
「はい。これも不思議なのですが、伯母様。私を虐げるのに、私が逃げたり伯母様の元へ向かおうとするのは許さないんです。何故でしょうか……?」
「……どうしてかしらね。私は当事者ではないから理由はわからないけれど、貴女を虐げることについて私は見過ごすわけにはいかないわ。とにかく、そうしましょう。いいわね? ネージュ」
「いいわね? って……僕は今すぐにでもプリスコットに連れていきたいけど、それは無理なんだよね?」
「無理に決まっているでしょう。ある程度話を付けないと、誘拐になってしまうわよ」
ネージュは微笑んでそう質問し、オルレアンは難しい表情で首を横に振った。
◇◆◇
「これで……少しは、安心できた?」
部屋まで送ってくれたネージュはそう言い、アマリアはこくんと頷いた。
伯母は自分のことも、連れて帰ると約束してくれた。彼女ならば、きっとそうしてくれると思えるのだ。
(オルレアン伯母様なら、きっとそうしてくれるわ。だから、荷造りして待っていよう)
「ありがとう。ネージュ。伯母様と会わせてくれて」
朝自分に会いに来てくれた彼に、お願いして良かったとアマリアは思った。
「まあね。僕の母だし結婚したら、君の義母になる人だからね」
「……また、運命の番の話? 私は獣人ではないけれど、そういうものがあるって知っている。知っているけれど、二人からそう言われるなんて思わなかったわ」
ネージュは軽く肩を竦めて言えば、アマリアは眉をしかめた。
「あれは僕も謎だなと思っている。けれど、アマリアは僕の運命の番で間違いない」
「……どうして、わかるの?」
ネージュはそう言うけれど、アマリアには彼の言葉が意味していることがわからない。
「うん。強い衝撃というか……体中が君を求めているというか……なんとも、言葉にしがたいね。君は僕の運命だ。間違いない。けれど、君にはわからないと知っている。もどかしいけどね」
ネージュは目を細めてそう言ったけれど、アマリアはやはりわからなかった。
(……ネージュは見るからに姿がいいけれど、いまある苦境から離れないと……恋愛感情なんて、わからないわ)
とにかく、なんとかしてくれそうな伯母にお願いはしたのだ。彼女ならば、きっとどうにかしてくれるだろう。
苦しくつらい場所から逃れれば、心に少しでも余裕が出来てくるだろう。
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