第36話「双子」
「……まあ! 伯母様。プリスコット辺境伯夫人と、そのご子息がいらっしゃっていると聞いたのですが……」
楚々とした動きで現れたミランダは、令嬢らしいドレスの裾をふわりと持ち、オルレアンとネージュに向けてカーテシーをした。
(ミランダが来る前に、伯母様に事情を説明したかったのに……)
アマリアはミランダから視線を逸らし、スカートをぎゅっと握った。
美しい金髪を結い上げて令嬢らしいドレスに身を包んだミランダは、アマリアとうり二つの双子だ。
幼い頃は仲が良かった……けれど、今ではもう半身とも言える彼女との関係は大きく破綻していた。
「貴女が、ミランダね……? ええ。そうよ。私が貴女の母であるルアンの姉、オルレアン・プリスコットよ。久しぶりね。けれど、どういうこと? アマリアのドレスと貴女のドレスは、あまりにも違うようね」
オルレアンは二人の姪を見比べて、形の良い眉を顰めた。アマリアが虐待されているならば、ミランダもそうではないかと思ったのに違っていたのだ。
アマリアが纏う生地がすりきれたドレスと、アマリアのドレスの豪華さは比べるべくもない。
この二人の姿を見れば、誰もがおかしいと思うだろう。何かが起こっていると、それだけで勘ぐられる。
「ああ……そうなのです。伯母様。私から説明しますわ。アマリア。まあまあ。こんなところに居たの」
ミランダはアマリアへと駆け寄り手を取って、自分の元へと引き寄せようとした……けれど、アマリアはぎゅっと自分の腰に誰かの腕が回っていることに気が付いた。
まるで誰にも渡したくないと言わんばかりのネージュの行動にアマリアは驚き、彼の顔を見上げた。
ネージュの顔は真剣だった。揶揄っているというわけでもなさそうで、アマリアはどう反応して良いものか悩んだ。
「あの……?」
「あ。ごめんごめん。つい」
首を傾げたアマリアにネージュは微笑んで、両手を挙げて二歩ほど下がった。
(何かしら……? プリスコットの従兄弟というと、スノウしか知らないわね。二人の兄は王立騎士団に居ると言っていたもの)
当時、スノウはまだまだやんちゃざかりで、母から女の子二人の相手をしろと言われて、最初は困った顔をしていた。
けれど、生来明るい性格の彼はすぐに二人と仲良くなってプリスコット城を案内してくれたり、もう一人の従兄弟ユージンとお土産を買いに連れて行ってくれたりしたものだ。
(スノウもユージンも可愛くて、優しかった。あの時は、良かったわ。お母様も生きて居たし、ミランダだって……)
「……アマリア。黙っていなさいよ。あの子がどうなっても良いの?」
ミランダは優しく微笑みながら、アマリアの耳に囁いた。怯んだ表情を見せたアマリアを見て満足げに微笑んだミランダは、オルレアンに向き直った。
「伯母様。ご心配をかけると思って、今までお伝えしていなかったのですが、アマリアはお母様が亡くなられてから精神的に不安定に……このドレスも、亡きお母様のものなのです」
ミランダは悲しげな声でそう言い、険しい表情のオルレアンは驚いているようだった。
「まあ……ああ。そうね。これは、ルアンのものだわ。実家に居た頃に着ていた時のことを思い出したわ……」
「そうなのです。お母様が着ていたドレスを着ると、少しは落ち着くようでして……あの頃と、記憶が混同しているのか、たまに変なことを言い出したりするのですわ」
ミランダはアマリアの背中を撫でて、いかにも心配そうな演技をしていた。
プラージュ家がそういうことにしたいというのは、わかっていた。アマリアは通常の状態ではなく、母が亡くなった衝撃で、まともに生活出来なくなったのだと。
アマリアは伯母が助けてくれるという希望が潰えてしまうのではないかと、身体が勝手に震えてしまった。けれど、いま自分には何も言えない。ミランダはアマリアが何を恐れているのか、良くわかっているからだ。
(伯母様……違うの。お願い……私を助けて……)
じんわりと目が潤んだ。今は言葉では、訴えることは出来ない。
「……ミランダ。アマリアはルアンが亡くなってから……ルアンの娘時代のドレスを着て、記憶が混乱しているの? 自ら望んで、この格好をしているということ?」
「ええ。そうですわ。何故かこのドレスを好んでいるので、本人が落ち着くなら良いと思って、好きにさせているのですわ」
困ったように言ったミランダの説明を聞いてオルレアンは注意深く、二人を見比べているようだった。
怯えるアマリアの隣でミランダはにっこりと微笑み、自分たち二人には何の問題もないとでも言いたげだ。
……このまま、オルレアンとネージュは帰ってしまうかもしれない。
オルレアンはどうするべきかと、首を傾げて悩んでいるようだ。
「ねえ。母さん。少し滞在させてもらおうよ。せっかく暖かい気候の場所に来たんだしさ。僕らは縁戚でもあるんだから、何も問題はないだろう?」
沈黙を破ったのは、ネージュののんびりとした声だった。彼は執事バルトラムへ視線を送り、彼は黙ったまま頷いた。
執務中の父へ、意見を聞きに行ったのだろう。
「そうね。ミランダ。そうさせてもらうわ。アマリアのことも心配だし……それに、この環境が回復に良くないと判断したら、うちで預かるようにするわ」
「そんな……! そんな、いけませんわ。アマリアはこんな様子で、他家の伯母様にご面倒をお掛けすることになりますし」
慌ててミランダは言い、オルレアンは真面目な顔で首を振った。
「他家なんて……私にとっては、大事な妹の娘なのよ。とにかく、アマリアのことについては、貴女のお父様とも話し合うわ」
そして、執事バルトナムが戻り、オルレアンとネージュを父の元へと案内して行った。
完全にその姿が廊下の向こうに消えるまで待ってから、ミランダはアマリアを振り返り睨み付けた。
「ちょっと……! 私の社交界の評判が下がるんだから、余計なことを何も言わないでよ」
「……余計なことなんて、言わないわ。一応、身内よ」
アマリアは眉を寄せて言った。貴族にとっては家の恥は、すべての一族へ遡及する。
とにかく、伯母オルレアンはプラージュ伯爵邸へと滞在することになるだろう。父は彼女の身分を考えれば断ることなど出来ないだろうし、伯母と話す機会ならいくらでもある。
(伯母様と二人きりになった時に、助けを求めよう。なんとかなるはずだわ。私を閉じ込めて、会わせないなんて、伯母様相手に出来るはずないもの)
私の姪は何処だと叫ぶ伯母の声を思い出せば、アマリアとこのまま会えないまま帰るはずはない。
とにかく、これでアマリアの希望は繋がったのだ。
「一応って、なによ。アマリア。私たちは双子なのよ? ……一番に近しい存在でしょう?」
意地悪な笑みを浮かべて、ミランダはアマリアの顎を持ち上げた。最初は嫌悪感に満ちた行為も、数を重ねればいい加減に慣れて来た。
(私もこういう表情を浮かべれば、こういう風に見えるんだ……)
アマリアは自分にそっくりな双子のミランダの顔を、じっくりと見ながらそう思った。
「……何よ。気に入らないわね……生意気な顔をして」
ミランダがアマリアの首元の生地を引っ張り右手を振り上げたところで、またのんびりとした声がした。
「あれ。仲良いんだね……君たち。何かの遊びかな?」
「……! あ。これは、その、私たち仲が良くて。ふふ」
ミランダは慌てて両手を背中へと隠し、いつのまにか傍近くに居た背の高いネージュを見上げた。
「へえ。本当にそっくりだね~、君たち。僕も双子は何組か見た事あるけど、ここまで似ている子たちは初めてだな」
会ったこともなかったのに噂を聞くような美男にまじまじと近くで顔を見られて、ミランダは限界を迎えたのか、パッと離れて階段を上がっていった。
「あの……」
取り残されたアマリアにネージュの視線は集中し、彼は不意に目を細めた。
「……ははは。ミランダに、逃げられたね。アマリア。良かったら、君の部屋まで送って行くよ」
「え? ……その、はい……」
ネージュは戸惑うアマリアの背中を押したので、反射的に返事を返すしかなかった。




