第37話「お断り」
(なんだろう……ネージュが私を見る目が、なんだか、変……?)
やけに自分へと注がれる視線が熱っぽい気もして、もしかしたら、彼は風邪でも引いているのではないだろうかとアマリアは思った。
けれど、ネージュたちのような獣型の雪豹は、とてもとても寒い地域に住むのだ。
たった一度だけ行ったことのある、プリスコット地方の真っ白な雪原を思った。
スノウとユージンが獣型になりじゃれ合い始めたので、アマリアとミランダはぽかんと見ているほかなく、案内役を命じられていた彼らは後から母親たちにこっぴどく叱られていた。
(懐かしいな。あの頃は、お母様も生きていた……ミランダも……)
アマリアの双子の姉ミランダは父が再婚してからというもの、人が変わってしまった。
自らがそうならないために、双子の片割れアマリアを生け贄に捧げるがごとく虐めて、新しい義母から気に入れるために生きていた。
しかし、そんなミランダの追求から、さきほど折良く助けてくれたのは、まぎれもなくこのネージュなのだ。
お礼を言うべきだろうと思うのだが、黙ってひと気のない廊下を二人歩き、コツコツという足音だけが響いていた。
話し掛けるタイミングを窺いアマリアが左隣を歩くネージュを見上げると、彼と目が合った。
「っ……!」
アマリアは慌てて前を向き、目を逸らした。
(え? 目が合った? ……私のことを、見ていたということ……なんで?)
ネージュは今日初対面で、特に彼に何か良い印象を見せていたわけではない。
姿形だけで言うのなら、そっくりなミランダが身綺麗な格好をしているのだ。姿が好みだったというのなら、アマリアではないだろう。きっとミランダを選ぶはずだ。
それに、ネージュは母オルレアンに良く似ていて、男性らしいがっしりとした体付きを除けば、本当に綺麗な顔をしている。多くの異性は彼のことを魅力的と見るだろう。
そんな人が、アマリアをわざわざ選ぶだろうか。勘違いだろうと自分に言い聞かせた。
「質問があるんだけどね」
唐突にネージュの声がして、アマリアは彼の顔を見上げた。
「はい? 何ですか?」
戸惑った様子のアマリアをじっと見つめると、ネージュはにっこりと微笑んだ。
「アマリア。君って運命は信じる?」
「は?」
(運命……? 決められた未来のこと?)
運命という言葉は、アマリアにも聞いたことがあった。
人は元より定められた未来を生き、何をしようが流れをくつがえすことは難しいという……そういう概念だ。
「いやね。僕もすごく驚いたんだけどさ。アマリアって、僕の運命の番みたいなんだよね。まさか、会えず仕舞いだった従姉妹だったとはね……近い将来は、僕と結婚すると思うよ」
信じられない言葉を聞いた立ち止まったアマリアは、同じくその場に立ち自分を見つめるネージュの言葉を理解するまでに数秒かかった。
(運命の番? 獣人にあるという、あの……?)
プラージュ伯爵家の領地は『忠犬』たる狼獣人のミュルダール辺境伯の領地も近く、住人も獣人が半数を占めている。
獣人たちの不思議な習性の中に、ひと目会っただけで恋に落ち生涯にたった一人の番だと定めれば、その人以外に添い遂げられないらしい。
ネージュはアマリアのことを『運命の番』と呼んだ。つまり、彼女こそが自分の生涯の伴侶なのだと言っているのだ。
「あの……な、何言ってるんですか?」
アマリアがネージュと会ったのは、今日が初めてだ。彼だってそうだろう。従姉妹なのでお互いに名前程度は知っていたかもしれないが、会う機会はまったくなかった。
それなのに、ネージュはアマリアと近いうちに結婚するのだと言う。
「そうなんだよね。まさか、僕も会わないままの従姉妹だとは、思わなくてね……うん。さっきは驚いたなあ。こんな風になってしまうんだね。それに、運命の番と片時も離れたくなくなる気持ちがいまは良くわかる。スノウは良くこんな状態で、何年も離れていられたよね」
「あ、スノウ……」
そうだ。幼い頃に一度会ったきりだが、聞き覚えのある名前を耳にして、アマリアは思わず名前を呟いた。
「……スノウは運命の番を見付けてね。既に結婚済みだよ」
どこか気に入らない声音で言ったネージュに、アマリアは首を傾げた。彼の弟の名前を口にしただけだというのに、まるで嫉妬しているように思えたからだ。
(そんなわけはないわよね……スノウは私の中では、十歳程度の姿で止まっているもの。あの子ももう結婚したのね……)
流れた月日の流れを感じて、アマリアは俯いた。スノウは結婚している……自分には貴族の娘として、まともな結婚すら出来ないかもしれないのに。
「だからね。アマリア、君と僕はまずは付き合うべきだと思うんだよ。いずれ、結婚するにしてもね」
ネージュの目は真っ直ぐだった。光り輝く目映い何かを見てしまったようで、アマリアはなんだか泣きそうになった。
普通の貴族令嬢ならば、彼の言葉を喜ぶだろう。
ネージュは高位貴族で国王の覚えもめでたいプリスコット辺境伯家に連なる男性で、結婚したいと思う女性は数えきれぬほど居るのだから。
アマリアはだからこそ、彼を受け入れるわけにはいかないのだ。
「あの、ごめんなさい……お断りするわ。私よりも貴方に相応しい人は、いくらでも居ると思うもの」
アマリアがそう言った時、ネージュは口を手で押さえたかと思えば、ククッと音をさせて吹きだした。
続いて楽しそうに笑い出したので、アマリアは目がまんまるになってしまった。だって、さっき彼は真剣に付き合おうと言ったけれど、アマリアは断ったのだ。
それなのに、こんな風に笑うなんて、あり得ない。
(かっ……揶揄われた!? こんなことで誰かを揶揄うなんて、あまりにも失礼過ぎる……!)
「なっ……何笑っているの! 失礼な……馬鹿にしているの!?」
「してないっ……ははっ……ごめん。うん。少し待って。すぐ落ち着くから」
愛の告白をキッパリと断ったというのに、相手の男性は笑い始めた。この事態で馬鹿にされていないと思う方がおかしいのだ。
「ごめんごめん。予想通りの反応だなって思っただけだよ。うん」
なんとか笑いをおさめたネージュは、アマリアの怒りの表情を見て、しまったという表情になっていた。
(何なの? もう……訳がわからないわ!)
「……ここまでで、結構ですから!」
アマリアはどうせ部屋までもうすぐだし、送ってもらう必要もないと、ネージュに伝えた。
「こほん。うん……またね」
笑いを堪えようとしてか何度か軽い咳払いをしたネージュは、そんな彼を軽く睨んだアマリアににっこりと微笑みひらひらと片手を振った。
いよいよ本日、6/5にて各電子書店様にて倉仲敷先生によるコミカライズ『私の運命は、黙って愛を語る困った人で目を離せない。~もふもふな雪豹騎士にまっしぐらに溺愛されました〜』の3話一挙配信がはじまっております~!
とっても素敵に描いていただけております。読み応えのあるページ数になっておりますので、ぜひぜひお読みいただけたら幸いです!
こちらの作品の竹コミ!掲載は7月~となっております。
どうぞよろしくお願いします。




