第35話「迎え」
「……私の姪は、一体何処なの!? っ……いいえ。会うまでは、絶対に引き下がりません!」
アマリアは女性の悲鳴のような高い声が聞こえて、伏せていた顔をハッと上げた。
彼女が隠れていた狭い小部屋の中は、物が雑然として置かれておりカビ臭く埃だらけだ。外から聞こえて来る声は、いまも断続的に続いているので幻聴ではないようだ。
もしかしたら、これは幻聴かもしれないと思った。アマリアにとって、今の生活はあまりにつらいものだったから。
(……何なの? 姪……? ということは……もしかして、伯母様がここに来ているの……!?)
アマリアの亡くなった母ルアンには、二人の姉が居た。とても、美しい人たちだ。彼女たちが若い頃には三人姉妹として、社交界を席巻したという話も聞いた。
長姉オルレアンは、辺境伯に是非にと乞われて結婚をして、プリスコット辺境伯夫人だ。
つまり、伯父はアマリアにとって、血の繋がった父であるプラージュ伯爵よりも身分が高い。オルレアンではなくヴァレンヌだったとしても、きっと姪の窮状を伝えてくれるはずだ。
アマリアの胸にきらきらと光る希望が湧き上がった。
もしかしたら……伯母が窮状にあるアマリアのことを、助けてくれるかもしれない。
アマリアは立ち上がりスカートの埃をはたくと、勇気を出して小部屋から廊下へと続く扉を開いた。
きっと、父や義母がこんなことをしたアマリアを見れば、叱られてしまうことだろう。
けれど、今ならば……。
「伯母様……! 伯母様!」
声が聞こえて来た場所を目指し、慌てて階段を降りれば、そこには金髪の女神のような女性が見えた。美しい青い目を見開き、アマリアを見つめていた。
亡くなった母に良く似た容姿……やはり、伯母が姪に会いに来てくれたのだ。
「まあ! なんてこと……どうしたというの。その格好は!」
母には二人の姉が居て、会ったのは数年前だから、目の前に居るのがオルレアンかヴァレンヌがわからない。
それは、彼女だって同じことだろう。アマリアにはミランダという、良く似た双子の姉が居るのだから。
アマリアは落ち着いてカーテシーをすると、胸に手を当てて自己紹介をした。
「伯母様。お久しぶりです。アマリアです……遠いところを、会いに来てくださったのですね」
あまりに嬉しくて、アマリアの潤んだ目から涙がこぼれそうになった。
ずっと、待っていたのだ。
アマリアのことを、この居たくもない城から、連れ出してくれる存在を。
「ええ! ええ。オルレアンよ。まあ……なんてことかしら。アマリア。その格好は一体どうしたの。貴女はもう、社交界デビューもしている年齢だというのに……」
声を震わせ口に手を当てて悲しそうに嘆く美しい女性は、プリスコット辺境伯へと嫁いだオルレアンだった。
アマリア自身にもみすぼらしい姿をしていることには自覚があり、恥ずかしく思ったけれど、それはもう仕方ない。
(こちらが、プリスコット辺境伯夫人であられるオルレアン伯母様なのね。嬉しい……私のことを、忘れたわけではなかったのね)
そうだろうと思って居たが、やはりそうだった。
母の姉だと安心したアマリアは胸に手を当てて、大きく息をついた。
あまりにも気持ちを張り詰めたままで時を過ごして居たせいか、両脚から力が抜けて崩れ落ちそうになった。
そこに背の高い誰かの力強い腕を持って支えられて、アマリアは驚いた。母に良く似た伯母にばかり気を取られて『彼』には、まったく目がいっていなかったからだ。
反射的に見上げれば、美しい青灰色の瞳が見えた。銀色に金茶が散った珍しい髪を持ち、美しい顔立ちの彼は、すぐ隣に居るオルレアンに良く似ているので、近しい存在なのだろう。
「大丈夫?」
「……ありがとうございます」
同じ年代の男性と密着することになり、そういった状況に慣れていないアマリアは警戒してサッと身を退いた。
大袈裟な仕草に彼は目を見張ったが、黙ったままで二歩ほど離れた。
「ああ。アマリア。これは、貴女の従兄弟のネージュよ。ルアンと一緒にプリスコットへ来た時は、確か王都に行っていたから、会えなかったのよね……とにかく、貴女のお父様と話をすることにするわ。どういうことなの。娘にこんな格好をさせるなんて」
整った美しい顔を大きく歪ませて、オルレアンは険しい表情でそう言った。続けて彼女がキッと睨み付けたのは、プラージュ伯爵に長く仕える老執事バトルナムだった。
白髪を撫で付けたバルトナムは無表情のままで、オルレアンとアマリアのやりとりを見つめていた。
「プリスコット辺境伯夫人。貴女の身分は存じておりますが、こちらはプラージュ伯爵邸でございます。無作法をされますと、お名前に傷が付きますよ」
きっちりと執事服を着こなすバルトナムはコホンと咳払いをしていかに高位貴族であろうが、他人の邸で思うまま振る舞うことは許されないと言いたげだ。
「……わかっているわ。騒がしくしてしまい、申し訳なく思っております。長く会えなかった姪に会って取り乱してしまったみたい。礼儀を逸する気はありません。何も言わずに姪たちを連れ帰って良いのなら、私はそうしても良いわ。どう見ても……私の妹の娘は、大事にされていないようだもの」
オルレアンはアマリアに視線を向け、アマリアはそれはそうだとわかりつつも、彼女に親から大事にされていないと知られ恥ずかしく思い目を伏せた。
(仕方ないわ……伯母様の、言う通りだもの)
アマリアが今着用しているデイドレスは、どう贔屓目に見てもまともな貴族の娘が着るような代物ではなかった。
くたくたで使い古された生地に色が違うつぎはぎだらけで、もし、このドレスが古着屋に吊されていたとしても誰も買わないだろう。
母親譲りの長く美しい真っ直ぐな金髪も、申し訳程度にリボンがひとつ結ばれているだけだ。
プラージュ伯爵家は裕福な貴族で、アマリアに新しいドレスを買えないはずはない。豪華な室内装飾を見れば、それはすぐに理解出来ることだった。
だというのに、アマリアはわざわざ、このようなみすぼらしい格好をさせられている……つまりは、そういうことだった。
「そのような事実はございません。白昼堂々、プラージュ伯爵令嬢アマリア様を誘拐されるおつもりですか。プリスコット辺境伯へ厳重注意させていただくことになるでしょう」
バルトナムは涼しい顔をして言い切ったが、黙ったままのアマリアは悔しくなり唇を噛んだ。
(私なんて、皆要らないのに、どうして、逃がしてくれないの……どうして)
義母セレネはアマリアのことを邪魔にしながらも、この邸を出て行くことは許さなかった。何度か脱走を試みても、すぐに連れ戻されてしまう。
そうだ。アマリアはプリスコットへ逃げたかった。伯母ならばきっと、助けてくれるだろうと思っていたからだ。
「まあ……伯母様!? どうなさったのです?」
とても聞き覚えのある声が聞こえて、アマリアは心臓が痛くなり胸を押さえた。そして、背中に何かが触れたと思えば、さっき紹介されたネージュが寄り添い彼の大きな手があった。
(……何かしら? あ、私がさっき倒れそうになったから?)
アマリアはネージュの行動を不思議に思ったものの、伯母と寄り添ってくれた彼の存在が心強いことには変わりはない。
今までずっと……長い長い間母が亡くなってから、アマリアはたった一人で戦ってきたのだから。




