第3話 ただいま
「フィレン、ずいぶんデカくなったな」
上座に座る親父は、快活に笑う。
「遠慮せず、たくさん食べなさいね」
隣に座る母さんは、ずっと俺に気を遣ってくる。
親父の正面には俺。
隣には、仏頂面で、黙々と食事を取るノル。
数年ぶりに、家族四人で囲む食卓。
俺は、記憶を失っていたとみんなに話した。
あの日――『家族の日』の後から、記憶が飛んでると。
あらかじめ考えていた設定だ。
二人には申し訳ないが、ストレスを匂わせた。
深く追求されたら、ボロが出てしまうからだ。
みんなとの話で、色々と分かったこともある。
俺は、二年前の『家族の日』から行方不明になっていたらしい。
そして、二年後に見つかった。
だが、実際は違う。
俺は、三年間過去へ渡っている。
つまり、実年齢が三歳ズレた。
「――……って感じで、ソルシア王国へ向かう馬車に乗っけてもらって帰って来たんだ」
話し終えると、俺はワインで口を湿らす。
テーブルに並ぶ、たくさんのご馳走に目をやる。
どれも美味くて、豪勢だ。
大戦時の質素な食事とは比べものにならない。
肉料理や魚料理、新鮮な野菜や果物など、見てるだけで心が躍る。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「そんな顔して、どしたの? 口に合わなかった?」
母さんが、不安そうに声をかけてくる。
俺は笑顔を浮かべ、首を振った。
「そんなことないよ、全部めちゃめちゃ美味い」
「ふふ、そう。ほら、アップルパイよ。フィレン、好きだったでしょ?」
「ありがと」
切り分けられたアップルパイ。
網目状の天面は、みごとな光沢感。
中には、大きめに切られた林檎がふんだんに詰め込まれていた。
大口を開けて、一気に頬張る。
「ッ!?」
アップルパイを食べて、ようやく違和感の正体に気付いた。
控えている侍女たちへ視線を向ける。
壁際に、横一列で綺麗に並ぶ侍女たち。
その一番端に、見覚えのある彼女はいた。
◇◇◇◇◇
食事を終え、自室に戻る。
「食った~。……こまめに、掃除してくれてたんだな」
掃除が行き届いていて、埃一つ落ちてない部屋。
ソファーに腰掛け、静かに待つ。
五分後、「コンコン」と扉をノックする音が物静かな部屋に響く。
「夜分遅くに失礼致します」
やっぱり来た。
記憶の中より、だいぶ大人びた声だ。
当たり前か。
別れた時、彼女はまだ五歳だった。
俺は扉を開け、来訪者を部屋の中に招き入れる。
「いらっしゃい。んで、ただいま、ソフィア」
暗紅色の髪をした侍女――ソフィア。
彼女は、スカートの端をつまみ、恭しくお辞儀をした。
「おかえりなさいませ、フィレン様。ご帰還なされるこの時を、心よりお待ちしておりました」
彫刻のように綺麗な顔立ち。
手入れされた艶のある長い髪。
滲み一つない透き通った白い肌。
背や手足は長く、でも背筋に一本芯が通った立ち姿。
お世辞抜きに、目を惹かれる。
「綺麗になったな、ソフィア」
本心でそう思う。
だから、そのまま言葉にして伝えた。
「ありがとうございます」
ソフィアは、嬉しそうに微笑んだ。
「料理食ってて、なんか食い慣れた味がしたんだよ。アップルパイ食って、やっと気づいた。あれ、そうだろ?」
「はい。フィレン様がお好きだったので、教えていただきました」
「へぇ~。よく、教えてもらえたな?」
「数年間修行して、やっと教えていただきました」
あの時代、戦争孤児はざらだった。
ソフィアもそうだ。
俺は戦地で、両親の腕の中で泣いているソフィアを見つけた。
両親は、すでに亡くなっていた。
ソフィアの両親は、命掛けで娘を守ったのだ。
保護した後も、虚ろな目でずっと一点を見つめるだけ。
声をかけても、反応はしない。
喋ることも、食事を取ることもしなかった。
俺は、そんなソフィアの傍に居続けた。
喋らないなら、ただ隣にいる。
寝る時も一緒。
出来るだけ、一緒にいた。
目が似てたんだ。
屋敷に一人で過ごしてた時の、絶望してた時の俺と。
真っ黒い目。
置かれてる状況は、全然違う。
彼女の方が、もっと辛い。
それでも俺は、少しだけ痛みが分かる気がした。
世界にたった一人のような孤独感。
だから俺は、ソフィアの居場所になろうとした。
「――……はぁ、スゲぇな。学院を主席で卒業。執事学院も主席。仕事も料理も出来て、おまけに美人。ホント、ヤッベェな」
俺は、素直に賞賛する。
ソフィアは、俺にとって妹みたいなもんだ。
その妹が優秀で、お兄ちゃんとしても鼻が高い。
今度、アイツ等にも自慢しよう。
だが、ソフィアの表情が曇る。
「……いえ、一つだけ、出来ないことがございます」
今までの楽し気な談笑とは打って変わり、深刻な雰囲気。
俺は座り直し、態度を一変させた。
「いきなり、どうした?」
「フィレン様、ご相談に乗っていただいてもよろしいでしょうか?」
「当たり前だろ。何でも言えよ」
「……本当ですか?」
ソフィアは、まだ浮かない顔をする。
まったく、俺を誰だと思ってるんだ。
自慢することでもないが、俺はいくつもの死線を越えてきた。
人生の経験値が違う。
「なんだよ、ソフィア。俺が、相談の一つも乗らないちっちぇ男だと思ってんのか? 俺に出来ることなら、なんでもやってやる!」
俺は、拳で胸を叩いてみせた。
すると、ソフィアはやっと笑った。
「ありがとうございます。その、実はですね……」
「おう!」
「結婚をしたいと思っているんです。私ももう二十五ですし、そろそろ身を固めたいと」
「おう……」
「お慕いしているお方はいるのです。ですが、そのお方は、両手……両足……でも足りませんね。四、五人ほどの両手両足で足りるか足りないかくらい大勢の女性から慕われているのです」
「…………ぉぅ……」
「王侯貴族の女性から、町娘、はては動物からも慕われているのです。そのお方は、どこからか颯爽と現れて、助けてくれる。そして、笑って見返りは求めない。同性からも、頼られ、一目置かれる。どこの世界に、惚れない女がいるのでしょうか? ライバルは多いですが、私も諦める気は毛頭ありません」
隣に座るソフィアが、ぐっと顔を寄せてきた。
「正直、地位や権力は相手が上です。ですが、王侯貴族ということもあり、全員生娘。ライバルに勝つには、そこで差をつけるしかありません。ただ、その、私も経験がありません。ですからフィレン様、練習相手になっていただけませんか?」
潤んだ瞳で、上目遣いをしてくるソフィア。
俺は何も言えず、ちょっと後ろへ下がる。
だが、ソフィアは逃がしてくれなかった。
「フィレン様、さきほど私におっしゃりましたよね? 『俺に出来ることは、何でもやる』、と?」
「言ったな……」
また下がる。
ソフィアは、その倍以上詰め寄ってくる。
「フィレン様、昔私におっしゃりましたよね? 『嘘は吐くな』、と?」
「………言ったな……」
また下がる。
ソフィアは、その倍以上詰め寄ってくる。
端に追いやられた。
前門のソフィア、後門のソファーだ。
って、くだらないことを考えてる場合じゃない!
落ち着け。
考えろ。
俺は、現代へ帰って来て早々に窮地を迎えている。
背中に、嫌な汗をかく。
視線を彷徨わせ、必死にこの窮地を脱する方法を考える。
諦めたら、そこで死ぬ。
だが、何も浮かばない。
頭は、真っ白。
「あら? ちょうどよく、隣にベッドがありますね? まあ、偶然。フィレン様、今から――」
ソフィアが言い切る直前、目の前に置かれていたテーブルの上に、一本の短剣が突き刺さる。
俺とソフィアは、同時に短剣を見つめた。
見覚えのある漆黒の短剣。
ソフィアは俺から離れ、静かに立ち上がる。
「せっかくいいところでしたのに、水を差されてしまいましたね」
残念そうな顔をした後、ソフィアは扉へ向かう。
そんな彼女に、声をかけた。
「ソフィア、今の……」
あの詰め方、覚えがある。
「ふふ、義姉様たちを見て学びましたから」
「やっぱり……」
悪戯っぽく笑うソフィア。
かつての記憶が蘇る。
みんな、あの手この手で既成事実を作ろうとしてきた。
時に、偶然を装い。
時に、大掛かりで。
時に、強引に。
「それは、悪い見本だって」
「フィレン様、お休みなさいませ。あ、それから、フィレン様。一言、お伝えください。テーブルの修理費は、ちゃんと請求すると」
ソフィアはそう言うと、部屋から出て行った。
閉じられた扉をしばらく見つめた後、ガクっと項垂れる。
「……悪影響って、ホントにあるんだな……」
どっと疲れた。
気分転換に、夜風に当たろうとバルコニーに出る。
冷えた風が心地よい。
穏やかな夜。
虫のさざめきがどこからか聞こえ、心が平穏さを取り戻していく。
ふと、背後に気配を感じた。
俺は月を眺めながら、気配に声をかける。
「ただいま、クロ。ずいぶん、腕を上げたな」
「ん。お帰り、主。でも、簡単に気づかれた。クロも、まだまだ」
影の中から、全身黒ずくめの人影――クロが姿をみせた。
クロは音も無く歩き、背後から俺に抱き着く。
「ずいぶん、成長したな?」
「……胸?」
「ちがうわ! 背だよ、背!」
「残念……。せっかく、二人っきりで、チャンスだったのに。その気にさせられなかった」
俺は、ため息を漏らす。
「ったく、ていうか、二人っきりって、めちゃめちゃ俺らを見てる視線があんぞ?」
射抜くような鋭い視線。
間違いなく、ソフィアだ。
「主、ダメ。クロがいるのに、他の女の話はしないで」
「ごめんごめん」
クロは、俺の背中に顔を押し付ける。
そして、「すんすん」と匂いを嗅ぎ出す。
クロは獣人で、昔もよくこうやって匂いを嗅がれた。
「ん。やっぱり、いい匂い」
「そうか?」
「ん。雄雄しい」
「やっぱり、それ、ギリギリだぞ?」
俺は、ギリギリ悪口だと思う。
でも、クロは最高の誉め言葉だと言う。
ひとしきり嗅いだ後、クロは俺から離れた。
「ん。満足。主を補充できた。これでしばらく頑張れる」
「そいつは、良かった」
「主」
クロに呼ばれ、振り返る。
「クロは、主の影。いつでも、頼って」
「おう。その時は、頼むわ」
笑顔を浮かべて俺がそう言うと、クロが影の中へ消えた。




