↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

第2話 帰ってきた

 ソルシア王国は、健在だった。


 メルクール大森林を抜け、王国にたどり着いたのが正午過ぎ。

 この時間帯ならば、正門は開いている。


 俺は、意気揚々と正門へ向かった。


 だが、ここで問題が発生した。

 それは、入国許可証を持っていないということ。

 王国は現在、平時。

 つまり、正式な手続きを踏まなければ入国できないのだ。


「どうしよ……」


 正門の前で、慌てふためく男。

 どう見ても、怪しい。

 俺でも怪しむ。

 案の定、門番が俺に近づいてきた。


「貴様、そこで何をしている!」


 険しい顔をした門番が、大声を張り上げる。

 そして、槍先を俺に向けてきた。

 声を聞きつけ、他の門番たちもぞろぞろと集まってくる。


「あ、あの……実は、俺、フィレン・ソルオストなんですけど……」


 とりあえず、ダメ元で名前を口にしてみた。

 だが、名前を口にした瞬間、門番の表情がさらに険しくなる。


「貴様! 命(・)知(・)ら(・)ず(・)の不届き者か!」

「……え? 命知らず? いや、俺は本人で……」

「黙れ!」


 門番が殺気立つ。


 俺は咄嗟に両手を挙げ、必死に弁明を続ける。


「母さんか、父さんを呼んでください! そうすれば、分かってくれ――」

「もういい! お前たち!」


 門番たちが、俺を取り囲もうとにじり寄ってくる。

 弓兵まで出てきた。


 俺は、慌てて逃げ出す。


 弓の雨を避けながら、平原を疾走する。


 さすがに、門番たちは追っては来なかった。

 岩に腰掛けると、深く項垂れる。


「国に入れない……」


 最初で躓いた。

 いや、スタート地点にすら立ててない。


「どうしよ」


 こうなったら、隣国にいる仲間を頼るか?

 死ぬほど笑われるだろうが、仕方ない。

 背に腹は代えられない状況だ。


「って、みんな国の中じゃん」


 当たり前だが、みんな生活を送っている。

 もちろん、どの国も入国許可証は必要。


「詰んでね……?」


 旅が終わった。


 日が暮れ出す。

 空が茜色に染まり、影が差す地平とのコントラストが美しい。


「綺麗だな〜。お! へぇ~、二十年経っても星(・)は回ってんだな」


 現実逃避しながら、野宿できそうな場所を探す。


 野宿も慣れっこ。

 気を取り直し、最高の野宿をしてやろう。

 平原と森の境を歩き、良さそうなところを探す。


「ん?」


 そうやって、適した場所を探している時だった。

 ふと、ある場所で足が止まる。


「ここ……」


 なぜか、見覚えのある場所だった。

 過去へ渡った際の記憶かとも思ったが、漠然と違う気がした。


 じっと、その場所を見つめる。

 何かが違う。

 もっと、閑散としていたような……。

 一体、いつどこで……。


「あっ」


 思い出した。

 そして同時に、入国できる可能性が出てきた。


「あっぶねぇ」


 これで、笑われずに済む。


 俺は、確かな足取りで森の中を駆け出した。






 もし、山に物を隠すならどうするか?

 小さければ簡単。

 だが、数百人、数千人を収容できる建物なら?

 それこそ山をくり抜くしかないだろう。

 非合法なら、大それた道も作れない。

 じゃあ、客である貴族と商人が自分の足で山道を歩くか?

 絶対にない。

 あいつ等は、必ず馬車に乗ってやってくる。

 人目につかず、馬車で出入りできる箇所。

 ここまで絞れれば、馬車の轍を――出入口を見つけるのは簡単だった。


 空が白み出した頃、ようやく俺はお目当ての人物を見つけた。


 馬車は、出て行こうとしていた。

 俺は並走し、馬車に乗っている男に手を振る。


 男と目が合う。

 しばらくして、馬車が停車した。


「よ、久しぶり」


 俺は片手を挙げ、馬車から出てきた男に挨拶する。


「貴様」


 かつての後援者――アンドレは、低い声を発した。


 せっかく顔立ちはいいのに、相変わらず小太り。

 身なりは良いまま。

 俺がいなくなった後も、落ちぶれてはいないようだ。 


「……どうやって逃げ出した?」

「ん?」


 ……ああ、なるほど。

 俺は本来、魔族の襲撃で山肌が崩落し、たまたま闘技場から抜け出せた。

 ところが、この世界線では魔族の襲撃を受けていない。

 結果、俺はあの部屋から忽然と消えたことになったのだろう。

 アンドレが驚くのも無理もない。

 さすがに俺も、あの部屋から脱出するのは無理だ。


「まあ……頑張った」


 当然、本当のことは話せるわけがない。

 俺は、適当にはぐらかす。


「いや~、それにしても良かった。まだ、ここに通ってたんだな」


 賭けだったが、運が味方してくれた。


「どうやら、私を待っていたようだな。それで、私に何の用だ? 私に復讐でもしにきたか?」

「違う違う。俺は、これっぽちもアンタを恨んでなんかねぇよ」

「ほう」


 アンドレは、どこか面白がるような顔をする。


「変わってねぇな、その顔」


 俺と最初に出会った時も、アンドレはこんな顔をした。


「いや……実はさ、国に入れねぇんだ」


 目線を逸らし、頭を掻きながら俺は正直に白状する。


 想定外だったのか、アンドレは僅かに目を見開き、口をつぐむ。

 沈黙が流れる。


「ふ、ふっはっは! だろうな。で、私に協力して欲しいと?」

「頼む!」


 俺は、顔の前で掌を合わせ、軽く頭を下げる。


「断る。協力するメリットがない」


 そう言うと、アンドレは踵を返し、馬車へ戻ろうとした。

 その背中に、俺は声をかける。


「あるぜ。アンタにも、デカいメリットが」


 アンドレが立ち止まる。

 そして、俺に向き直った。


「ほう? どんなメリットがあるんだ?」


 俺は、何も答えない。

 視線を交わすだけ。

 焦らす。

 これは、アイツに口を酸っぱくして言われたことだ。


『いいか、戦闘馬鹿。交渉するならまず、相手の心構えを崩せ。上手く運ぶなら前のめりに、飲ませるなら一歩引かせろ』

『引かせるって、なんだよ?』

『手っ取り早いのは、脅せばいい』

『脅せって……嫌だねぇ、これだから為政者は』

『貴様も、上に立つ立場の人間だろうが!』


 しばらくして、俺が出まかせを言っていると判断したのか、アンドレが一瞬落胆した。

 このタイミングだ。

 落胆したということは、俺の言葉に耳を傾けていた証拠。

 俺は、笑みを浮かべながら口を開く。


「クノース商会を潰してやるよ」


 さっきとは違い、アンドレは大きく目を見開いた。 


 これは、偶然知ったことだ。

 より正確に言えば、偶然知って、気になって調べた。


「なぜ、貴様がそれを知っている?」


 アンドレは、低い声で尋ねてくる。

 鋭く、強い目。

 重心も、僅かに下がった。

 纏う空気がピリつく。

 この空気――雰囲気を纏う者は、格上だろうが飛びかかる覚悟がある。


「んな、怖い顔すんなって。別に、俺はクノース商会の回し者じゃねぇって」

「ならば、なぜ知っているか言え」

「言っても信用しないと思うぞ? それに、言う気もない。けど、アンタを裏切らないから安心してくれ」

「ふざけるな!」


 アンドレが、声を張り上げた。


 無理もない。

 アンドレは、文字通り『命』を懸けているのだから。

 けど、俺も引かない。


「アンタにも事情があるだろうが、俺にだって事情がある。だから、『フィレン・ソルオスト』の名において誓おう。俺は、アンタを絶対に裏切らない」


 真っすぐアンドレの目を見て、力強く答えた。


 沈黙が流れる。


 虫の音が遠くに聞こえ、風が木々の葉を揺らす。


 視線は外さない。

 身動ぎも、瞬きもしない。

 ただじっと、待った。


「貴様が、貴様の名に誓うのか?」


 僅かに雰囲気を弛緩させたアンドレが、小さな声で尋ねてきた。


「ああ。俺が思ってる以上に、この名には価値があるからな。ま、面倒ごとも多いけど」

「ふん、だろうな。もう一つ、答えろ」

「答えられる、答える気のある質問なら」

「口の減らない小僧め。……入国するだけなら、深入りしなくてもいいはずだ。なぜ、貴様はそこまで手を貸す?」


 アンドレの言いたいことは、すぐに分かった。

 確かに、この件に物見遊山で首を突っ込めば、命を落としかねない。

 ただ、俺は笑ってみせた。


「まあ、強いて言うなら、俺は義理堅いからな」


 ある意味で、アンドレも恩人の一人だ。

 口にする気はないし、伝えようとも思わない。

 だが、助けてもらった恩は返す。


 俺の言葉を聞き、アンドレは纏っていた剣呑な雰囲気を霧散させる。


「いいだろう、交渉成立だ」

「そいつは、良かった。んじゃ、これからもよろしくな」


 俺は満面の笑みを浮かべ、手を差し出す。


「貴様、ずいぶんと変わったな」

「まあな……って、おい、握手は?」


 アンドレは、俺の手を無視して馬車へ向かう。


「それは、対等……もしくは、上の者が下の者へ行う行為だ」

「テメ……けッ、嫌味なヤツ~」

「さっさと乗れ。置いてくぞ?」

「あ? 走っておっかけっぞ?」

「どんな脅しだ?」






 ◇◇◇◇◇






 懐かしい街並み。

 懐かしい道。

 懐かしい匂い。

 懐かしい家。


 侍従が伝えてくれたのか、母さんと親父が玄関の外で待っていた。


 数年ぶりの再会。


 母さんは、少しやつれてる。

 今回は、きっと俺のせいだ。


 親父は、変わってない。 

 相変わらずだ。


 ノルは、いなかった。

 俺が帰って来ても、興味がないのだ。

 アイツらしい。


 心は、思ったよりも平静だった。

 嬉しくないわけではない。

 でも、走って飛びつこうとも思わない。

 二人とも、生きている。

 生きて、俺の前に立ってくれているのだ。

 そのことを、静かに噛み締める。


 心配も、迷惑もかけた。

 でも俺は、毅然とした態度で二人の前に立つ。

 これが、恩返しで、ちょっとばかしの照れ隠し。


 母さんが、涙を流しながら微笑む。

 隣には、破顔した親父。


「おかえりなさい」


 二人へ歩み寄る。


「ただいま」


 俺の過去への旅が、今人知れず幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。