第2話 失敗作
厳かで、どこか冷たい空気が漂う城内に足を踏み入れる。
外壁と同じ白亜の内装。
艶のある石床には、染みひとつない赤い絨毯。
細やかな彫刻がなされた柱。
煌びやかなシャンデリアが、廊下を照らしている。
やっぱり、ここは居心地が悪い。
通りすがる者たちの視線が、無遠慮に僕を刺す。
誰も言葉にはしない。
ただ、言外に訴えかけてくるのだ。
「ここは、お前の来るところではない」と。
僕は俯き、肩を窄ませながら後をついていく。
晒し者の時間は、談話室にたどり着いてようやく終わった。
父さんが、両開き扉を開く。
部屋の様子が、扉の隙間から見えた。
部屋の中央に置かれた大理石の円卓。
そこには、すでに四人の女性が座っていた。
「まぁ、久しぶりね、フィレン」
優しい雰囲気をした金髪の女性。
義母様だ。
セラフィーナ様は、微笑みながら声をかけてきた。
僕は踵を揃え、深々と頭を下げる。
「セラフィーナ様、お久しぶりでございます」
「もう、フィレンったら、様はいらないといつも言ってるでしょ。でも、ふふ、そういう礼儀正しいところはロキとは大違いね」
セラフィーナ様は、手で口元を隠しながら笑う。
「社交辞令など、必要ないだろ。揃ったのなら、さっさと始めてくれ」
重々しい低い声が、談話室に響く。
目を向けると、紫色の髪をした筋骨隆々の女性。
義母さんだ。
エレオノーラさんは、腕と足を組んで座っている。
「せやなあ。一番最後……しかも時間より遅れて来はって、これ以上ウチの時間を無駄にされるんは堪忍してほしいわぁ」
エレオノーラさんの隣の男装をした銀髪の女性。
義母さんである。
シルヴァさんは、円卓に肘をつき、薄い笑みを浮かべていた。
「しょうがないでしょ。勇者は遅れてやってくるものなのだから。そうでしょ、ゾアンベラ?」
セラフィーナ様の隣、漆黒のドレスを纏った鈍色の髪の女性。
義母さん。
ヴィオラさんは、横目で母さんを見ていた。
「お前らなぁ……。ったく、顔を合わせる度にギスギスしやがって。俺たちは家族なんだぞ?」
父さんが、頭を掻きながら呆れた顔で文句を言う。
僕は、さりげなく母さんの様子を窺う。
母さんは、二の腕を握り締め、僅かに目を伏せていた。
その顔を見た途端、奥底に仕舞っていた嫌な記憶が蘇る。
あの日は、たまたま夜に目が覚めたのだ。
ベッドの上は僕だけだった。
ベビーベッドには、生後間もないノルが眠ってた。
『お母さん……?』
隣の部屋から明かりが漏れているのに気付いた。
僕は、光に釣られ、そして見てしまったのだ。
『もう耐えられない。お願い、もう別れて』
小さな明かりに照らされた母さんの姿を。
髪を振り乱し、涙を流しながら父さんに縋っていた。
後になって調べた。
母さんは僕を生んだ後、陛下から重圧をかけられていたのだ。
原因は他でもない。僕が、魔力を持たない失敗作だったから。
事態を重く受け止めた国王陛下は、父さんと母さんに告げた。
『勇者は人類の希望。決して、血を途絶えさせてはならない』
そして、父さんに四人の妻を娶らせた。
第二子のノルは、強大な魔力こそ受け継いだが病弱だった。
一方で義母さんたちは全員、見事に役目を果たしてみせた。
すべてを知った僕は、素直な息子を演じると心に誓ったのだ。
◇◇◇◇◇
「それでは、この部屋で少々お待ちください」
案内役の臣下はそう言うと、部屋を後にした。
父さんたちは、談話室に残って会議を行う。
会議が終わるまでの間、僕らは別室で待機しなければならない。
「フィレン」
後ろから、硬い口調で名前を呼ばれた。
小さく溜息をした後、振り返る。
「どうした? アルフォンス」
僕を呼んだのは、セラフィーナ様の息子であるアルフォンス。
セラフィーナ様譲りの金髪。
端正な顔立ち。
堂々とした佇まいの青年。
アルフォンスは、険しい表情で僕の正面に立つ。
「君は、いつになったら廃嫡するんだい?」
アルフォンスは、真剣な面持ちで尋ねてくる。
「アルの言う通りだぜ。てめェに期待してるヤツなんざ一人もいねぇぞ。そこの、死にぞこないもな」
「何をッ!」
挑発されたノルが、音を立てて椅子から立ち上がる。
エレオノーラさんの息子であるヴィゴ。
鋭い眼光。
色黒い肌。
二メートルを超える巨体。
青紫色の髪を坊主頭し、常に威圧感を放っている男。
「なぁ、テレサもそう思うだろ?」
ヴィゴが、静かに本を読んでいるテレサに話を振った。
「ええ、そうね。それと、筋肉漢、馴れ馴れしく私に話しかけないでちょうだい」
そう吐き捨てたのは、シルヴァさんの一人娘のテレサ。
切れ長の目。
白磁のように白い肌。
長い銀髪とが相まって、気温が低いような錯覚を覚える。
「相変わらず、冷てぇ女だな。ガッハッハ――」
冷たくあしらわれたヴィゴは、大声を出して笑う。
「はぁ……品のない」
「あ?」
大口を開けて笑っていたヴィゴが、固まる。
数秒後、青筋を浮かべてヴィゴが怒気を放つ。
「リヴ。テメェ、今なんつった?」
「品性の欠片も持ち合わせていない、野蛮人って言ったのよ」
ヴィゴの威嚇を受けても毅然とした態度を崩さない小柄の娘。
ヴィオラさんの娘であるオリヴィアだ。
くすんだ長い金髪。
子どものように華奢な体格。
身にまとった黒いゴシックドレス。
さながら彼女の容姿は、ビスク・ドールのようだ。
「いいぜ、買ってやんよ。ただよぉ、俺様は愛玩人形にゃあ容赦しねぇぞ?」
ヴィゴが、肌を焦がすような殺気を放つ。
それだけでなく、リヴに下卑た笑みを向けた。
「殺す」
リヴも負けじと、黒い靄のような殺気を放つ。
二人の殺気がぶつか合う。
部屋に置かれた調度品が、「ガタガタ」と音を立てて揺れる。
僕は人知れず、奥歯を噛み締めて耐える。
あの殺気は、僕に向けられたものではない。
なのに、肌が粟立ち、指先が冷たくなっていく。
テレサとノルは平然な顔で、他人事のように座っている。
この部屋で、僕だけが怯えているのだ。
「止すんだ、二人とも」
アルフォンスが、臆することなく二人の間に割って入った。
そして、おもむろに顎で扉を指し示す。
意図を理解した二人は、殺気を霧散させた。
直後、部屋の扉が開かれる。
「失礼します。皆様、準備が整いました。会場までお越しください」
扉を開けた案内役の臣下が、恭しく頭を下げる。
「邪魔よ、玉無し」
後ろから、氷のように冷たい言葉を突き刺される。
振り返ると、虫ケラを見るような目をしたテレサが立っていた。
「テ――」
「玉無しの分際で、軽々しく私の名前を口にするな」
凍てつくような吹雪に晒される。
テレサの殺気。
手がかじかみ、小刻みに震え出す。
テレサは避けて進む気は無いのか、じっと僕を見据えている。
自分でも惨めに思ってしまう。
何も言い返せない。
ここで揉めたら、母さんに迷惑がかかる。
――いや、言い訳だ。
立ち向かう気概がないことを、母さんのせいにしている。
戦う前から、僕は負けているのだ。
感情を一緒くたに飲み込み、黙って道を開ける。
「テレサ。君のような女性が、人前でそんな言葉を口にするのは止めた方がいい」
「貧弱男が、気安く私に指図しないで」
「ガッハッハ――、やっぱ、テレサは面白れぇ女だぜ!」
「ほんと、うるさい男……」
「ノルグムジャード様、アルフォンス様、オリヴィア様、ヴィゴ様、テレサ様。ご案内します」
いつものように、僕の名前は呼ばれない。
でも、文句は言わない。
五人の後について行きながら、僕は心構えをしておく。
ここからが、「家族の日」の本番だ。
晴天の大広間には、各地から集った貴族がいる。
「家族の日」とは、ソルオスト家と貴族たちが交流する場。
僕は、大広間の隅で漠然と眺める。
魔力を宿していないと公表される前。
僕にも貴族が大勢群がった。
だが、公表後の変わりようは酷かった。
誰に何も言わず、僕のもとから去っていったのだ。
あの時感じた疎外感は、忘れたくとも忘れられない。
まだ始まったばかりだが、もう気疲れをしている。
「フィレン様」
一瞬、僕の名前だと理解できなかった。
数秒後、遅れて理解が追い付く。
「あ、すみません。何でしょうか?」
「ゾアンベラ様のことでお話がございます」
「母さんの話ですか?」
「はい。ですが、この場でお話しできる内容ではございません。フィレン様、大変恐縮ではございますが、ご足労いただけませんでしょうか?」
正直、渡りに船だと思った。
好奇の目に晒されるのが、嫌になっていたところだった。
それに、この場で話せない母さんのことも気になる。
「あの、ノルグムジャードに声をかけているのでしょうか?」
「はい。ノルグムジャード様にも、別の者がお声がけ致しております」
ノルの方を見た。しかし、貴族たちに囲まれていて姿が見えない。
「そうですか、分かりました。案内してください」
「ありがとうございます」
臣下に連れられ、大広間を退室する。
先ほどまでの喧騒とは打って変わって、物静かな通路を歩く。
「ん?」
歩き出してから数分、背後に微かな気配を感じ取った。
立ち止まって振り返るが、誰もいない。
気のせいかと思い、僕は視線を戻した。
「なッ!?」
目の前に、闇を纏った怪しげな影が数体立っていた。
迂闊だった。
後悔が押し寄せる。
本来、たとえ城内だったとしても一人で行動はしない。
必ず護衛は付ける。
いつどこで、命を狙われるか分からないからだ。
僕は、麻痺していた。
十年間蔑まれ、無視され続けていたのだ。
僕自身が、僕の存在価値を失念してしまっていた。
抵抗する暇もなく、影に囚われる。
そして僕は、人知れず表の世界から姿を消したのだった。




