第一話 頑張れ、私
私は、深く溜息をつく。何回目かな。十……二十回は超えているかも。そういえば……溜息をつくと、幸せが逃げるって誰かから聞いたことある。
うん。この状況と関係ない話だな。
今、私が分かることは2つ。
ここは異世界だということ。そして、乙女ゲームの世界に転生したこと。
……2つしかわからない。情報が、非常に足りない。
ボンッと私はゴージャスなベッドに寝っ転がる。いや〜、このベッド、標準サイズの布団の4倍以上だよ。しかも異常なほどふかふか。気持ちいい〜!
ふかふか、か。この身体の持ち主は、お金持ちやな。
私は天井に向けて左手を伸ばす。小さい指と指の間から日光が漏れる。一応、カーテンは開けました。
天井の色は、真っ白。……真っ白?何故かな。引っかかる。……そういえば。私は誰に転生した?
そうだ!私が、知っている限り、私室の天井が真っ白の登場人物はいない。と、すると……
「お嬢様、入りますよ」
「ヒョ……っ!」
いかにも清楚系女子が入ってくる。
え、えぇ?!だ、誰ですか?てかお嬢さんって……
「おはようございます。……あれ。お嬢様、珍しく早起きですね。……どうかされましたか?」
わぁ、可愛いメイド服だ。つまり、私が「お嬢様」でこの人はメイドさん(仮)、ということかな。
メイド(仮)さんは、私を奇異の目で見る。
くすぐったいような、視線が痛いような…。
「にゃ、にゃんでもないよ!」
噛んだ。何故か噛んだ。とても状況が掴めない。知識が詰め込まれているはずの脳味噌が使えない。そりゃそっか。ゲームで脳味噌を使っていたからね……。噛んだ責任は脳味噌に押し付けるとしよう。
この、その。記憶がバババーって、頭に流れてほしい。ごめん、そこのメイド(仮)さん。名前がわかんない。
「……いや、その。変なことだと思うんだけど……。私って誰?貴女も誰だっけ?」
「お、お嬢様……!」
手を頬に当てた、メイド(仮)さんは何故か嬉しそうな顔をした。
我ながら変なことを聞いたと思う。質問をする前に前置きしておいてよかったです。
メイドさん——ミヤさんによると、私は「ネリー・ミリアント」。ミリアント男爵令嬢らしい。年は十歳らしい。好きなものはないらしい。……全部、らしいになる。ま、これからは私がネリーだからね。他人ごとにはないんだけど。
ミヤさんはそれ以外も教えてくれた。
「——ということで、ミリアント男爵家は学問で名を馳せるようになったのです!」
ほう。成程?……歴史を語られています。この家の。
いつか、使うときがくる知識なのかな。
「そうなのね。えっと、男爵家にしては立派な屋敷よね」
「ええ、そうなんです。ただ、正直に申しますと、屋敷よりお嬢様にお金をかけたほうが良いと思います!」
え、どうしてでしょうか。
「だって、だって!お嬢様にもっと手をかけたら、とても可愛くなりますのに!」
おっと。このメイド、危ない。セクハラをしようとしてきたぞ。
「ミヤさん。先程、私の。……お父様?の決定に反抗しましたよね?あと、セクハラをしようとしてきましたわよね?」
「は、はい!」
「解雇はいつでもできますよ」
「すみませんでした。許してください」
そんな真顔で言われても……。それより、喋り方はこれでいいのかな?なんにも言われていないから、いっか!
ネリーという少女は、このメイドとどうやったら、こんな関係になったのかなぁ。とりあえず。
「手を離してください!」
身体がギュッとされる。くぅ……!結構痛い。
さて。私の記憶によると、「ネリー・ミリアント」という令嬢はゲームに登場していなかった。ということはモブ令嬢に転生した、でよろしいのかな。……何故かな、興奮してきた。私の推しのあの子もいる、ということだしね。
モブは、意外と大変らしい。なんでだろう、何故か記憶にある。……前世では、要らない知識が多いことが自慢だったような。不思議。
「……ミヤさん」
私は、ミヤさんが入れてくれた紅茶を口につける。わぁ、美味しい!
「さん、は、いりませんよ、お嬢様。昨日までさん付けなんてしていなかったのに、どうして……」
ミヤさん……いいえ、ミヤは頭を抱えて絶叫する。そんなに?
「ボーとしているかも、今日」
「お嬢様には珍しいですね。あ、もしかして私の前髪が短くなったことに気が付いたんですか?」
「そ、そうなの?」
ごめん、ミヤ。私が容姿の変化に気づくことは今日は絶対にありえないよ。
「その。ちなみに、どのくらい切ったの?」
ちなみにですが、一応聞いておこう。
そして、謎のデジャブを感じる。
「零点一㎜です、お嬢様!」
「へー、そうな……え?」
ミヤは、首を傾げる。どうしたのですか?お嬢様。と顔が語っている。
「は、測ったの?」
「勿論であります。お嬢様の教えにはしっかりとやらせていただきました!」
ネリーよ。貴女は一体、このメイドに何をしたの?
零点一㎜って……どのくらいだ?
「それより、お嬢様!朝食はどうしますか?」
そう、ですね。食べていないことに今、気がつく。お腹はそこまで減っていないけど。
「どうしますか、ってどういうこと」
「食卓に向かいますか?それとも、お部屋で召し上がりますか?ということですが」
ふと、壁にかけてある時計を見る。八時だった。
私から見ると、アンティークな感じだけど、この世界ではコレが当たり前なんだろうな。
「えっと……。食卓で?」
私が適当に答えると、ミヤはにんわりと笑った。
「では、お着替えタイムですね!私、ミヤがお嬢様を素敵にしてみせます!」
「……」
ちょ、あ。まって!そ、そこ?あ、いやあああぁぁぁああーーー!!
私は、偉い。ちゃんと心の中で喚いたからね。
誤解がないように言っておくと、可愛いものは好き。けど、身体を触れられるのは辛い。……メイドがいる時点で、諦めるべき思考だとは思うけど。
「はい!出来ました!」
え、もう?早いね、ミヤ。
わちゃわちゃ、と身体を触られた感覚しかないんだが。
そういえば、自分の姿、見ていないな。どんなかんじなのかな——
「……え」
謎に大きい鏡を見る。背後でミヤが、変なことを言っているが、その声が遠く聞こえる。
私……
なんてキュートなの!
成程。これが自画自賛というやつね。……いや、違うかな。「可愛い」という言葉を使わなかったから、自画自賛の一歩手前になる。ということで、セーフです。ええ、セーフ。
もし私が男だったら、嫁にもらいます、お嬢様!という変人メイドからの歓声がどうしても誇らしい。どうしましょう、ミヤに洗脳される可能性がある。清楚系女子でもなんでもなかった。見た目詐欺め!
「素敵ですよ、お嬢様」
うん。今だけ私もそう思える気がするよ。
ゴージャスな窓から優美なシルエットのカーテンが舞う。いつもと違う風の匂いがして、目を見張ってしまう。この匂いに慣れる日がいつか来るのだろう。
目の前の鏡に映る紫眼の少女は、小さく顔を綻ばせた。
「次は、お髪ですね。ミヤ、気合い入れちゃいます!」
え。
私の爽快感が。
消えた。
亜麻色の髪をどうするか。ミヤと交渉した結果。私の希望のポニーテールになった。
私は満足。ミヤは、たいそう悔しがっていた。
とにかく、ポニーテールが一番ですよ!
私もポニーテールが一番です。




