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第16話:激突のコンクリート、そろばんの破壊

「お前ら、まとめて認知症の強制隔離措置(出荷)にしてやる!」


九条が金切り声を上げると同時に、白いガウンの男たちが防護服の擦れる無機質な音を立てて突進した。その手にあるシリンジの針が、ボイル室の蛍光灯を浴びて冷酷にきらめく。


「させるかよッ!」


先頭を切って飛び出したのは拓也だった。手にした重いステンレス製の点滴スタンドを、容赦なくガウンの男の脳門めがけて振り下ろす。

ガキィン! という鈍い金属音が響き、衝撃でシリンジが床へ転がり落ち、黒いアンプルがコンクリートの上で粉々に砕け散った。高濃度のアミロイドβ液体が、塩素消毒液の澱んだ水溜まりへとドロドロと混ざり合っていく。


「う、動くな! 動くと全員、公務執行妨害と夜間建造物侵入で、法的に――」


渡辺が涙目でタブレットを掲げ、震える声で叫んだ。だが、その画面はすでに彼の手を離れ、異常な速度でスクロールを始めていた。


『国保連バックボーン:ミラーリング完了率100%』

『暗号化パケット、全国2万5千のノードへ分散完了』


「渡辺、もう遅いんだよ」


燈馬は、吐き出されるブレードサーバーの排熱を浴びながら、中古PCのエンターキーをもう一度、血の滲んだ指で深く押し込んだ。


「俺たちが25年間、あの狂った介護保険の法改正のたびに、山のような書類と出来高の点数計算に追われながら作ってきたデータベースを、ただの行政のゴミアーカイブだと思うな。

お前らが綺麗にシュレッダーにかけたはずの『一億総出荷』の裏帳簿は今、この国のすべての現場のケアマネ、介護士、そしてお前ら役人の末端の端末へ、直接『ファクト』として逆流を始めた」


ピピッ、ピピッ、ピピッ。


その言葉と同時に、渡辺が抱えていた役所支給のタブレット、そして九条のポケットにある最高級のスマートフォンが、狂ったような警告音を一斉に鳴らし始めた。


『システム警告:外部からの大規模なデータリークを検出。厚労省コアサーバーとの同期を強制遮断します』


「な、なんだこれ……! 嘘だろ、俺の、俺の『終末期サブスク』の株価が……!」


九条が血相を変えてスマホの画面を凝視する。画面の中で、彼の会社『ハイパー・ライフケア』の株価チャートが、まるで燈馬の見た代謝シミュレーションの折れ線グラフのように、直角に近い角度で急降下を始めていた。

それだけではない。SNSのタイムラインの底、かつて「2いいね」で埋もれていたはずの美咲の悲鳴、そして黒木の遺言が、燈馬の放流した本物の投与データ(治験書)という「重石」を得て、タイムラインの濁流を一気に駆け上がっていた。


加工されたAIの笑顔ディープフェイクの裏側で、本物の老人がどんな姿でベッドに縛り付けられていたか。その生々しい写真と動画が、ハッキング検閲システムの処理速度を完全にオーバーフローさせ、一億人のスマートフォンの画面へと直接突き刺さっていく。


「が、は……、あ……」


その時、ボイラーの影でずっと立ち尽くしていた佐藤清が、胸を押さえて激しく咳き込んだ。

薬物の毒素が、その老いた肉体を内側からじわじわと蝕んでいるのは明白だった。だが、佐藤は白濁した目をしっかりと九条へと向け、震える手でくしゃくしゃの承諾書を九条の顔面に叩きつけた。


「私はね……、お国のために、家畜になって死ぬために……生きてきたんじゃないんだよ……!」


老人の掠れた、だが怒りに満ちた声が、冷え切った地下室の壁に重く反響した。


「佐藤のじいさん、もういい。帰るぞ、惣菜屋のポテトサラダが待ってる」


燈馬はノートPCを乱暴に引き抜き、ビジネスバッグに押し込むと、拓也たちの肩を借りてよろめく佐藤の身体を、その逞しい右腕でがっしりと支えた。


「燈馬さん、上流の防護班が来る! ここを引き払うぞ!」

拓也が叫び、破られた鉄扉の向こう、豪雨の音が響く通路へと、老人と仲間たちを誘導していく。


「待て! 待てよ燈馬! これを止めたら、この国の財政はどうなるんだよ!」


暗闇のボイラー室に取り残された渡辺が、壊れたタブレットを抱えたまま、狂ったように叫んだ。


「数年でパンクするんだ! 僕たちの世代の未来は、誰が、どうやって担保してくれるんだよ! このシステムは『必要悪』だったんだ!」


燈馬は、通路へと消える直前、一度だけ振り返り、地下の冷気の中で立ち尽くす若い公務員を、憐れみの混ざった目で見つめた。


「渡辺。数字の辻褄を合わせるために、生身の人間を蝋人形に変えるような国ならな……」


燈馬は激しい豪雨が吹き込んでくる階段を見上げた。


「そんな国は、一度綺麗にパンクしちまえばいいんだよ。俺たちはその泥水の中で、また泥塗れになって、一人ずつ人間を看取るだけだ」

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