第八章 その絆は幾度でも①
「――由良さんッ!」
森の中、ようやく追いついた翔子が、由良の背に声をぶつけた。
丁度、由良が薙刀で空間の亀裂を斬り裂いた瞬間だった。そして振り向くこともなく、彼女は大きく開いた空間の亀裂の中に身を投じた。
その背中に全く迷う様子がなかった。
(あそこが入り口!)
瞬時に察した翔子は、さらに加速する。
亀裂が閉じる前に彼女もまたその先に飛び込もうとするが、
――バチンッ!
まるで電撃のような衝撃を受けて、亀裂に弾かれてしまった。
ズザザッと後方に下がる。
「――くッ!」
翔子は十字槍を腰に当てて薙いだ。
渾身の斬撃だった。だが、由良は容易く斬り裂いたというのに、翔子の斬撃は亀裂には全く通じなかった。
ギリと歯を鳴らし、二撃、三撃とさらに斬撃を繰り返す。穂先が触れるたびに亀裂から火花は散るが、通じているようには見えない。
生贄でない翔子には、侵入することが許されていないからだ。
呼気を整えて必殺の五連突きも試してみるが空間の亀裂はまるで揺らがなかった。
それどころか、少しずつ空間の亀裂が閉じようとしていた。
(いけません!)
翔子は焦る。
ここで諦める訳にいかなった。
なにせ、この先では、恩人たちが命の危機に晒されているのだ。
今まではどうにか勝利したと聞いているが、この亀裂の先に待つ敵は、あの凄まじい猛威を振るった第八階位の妖鬼・ザガとたった一つしかランクが変わらない相手だというのだ。
今度こそ、あの二人でも命を奪われてしまう可能性は大いにあった。
(二人だけで戦わせません!)
ここで参戦できないようでは友人ではない。
翔子は改めて決意を固める。
こうなれば、自分の《黄金魄》を使うしかない。
――最大威力を以てこの亀裂をこじ開けてみせる!
そう決断した時だった。
「この亀裂をこじ開ければいいの?」
不意に、声を掛けられた。
翔子がハッとして横へ振り向くと、そこには沙夜がいた。
彼女は静かな眼差しで空間の亀裂を見据えている。彼女にとっても不可解な現象のはずなのだが、それについては詳しく聞いてくることはない。
「なら、私の方がいい。私が《黄金魄》を使う」
淡々とした声で沙夜はそう告げた。翔子は目を見開いた。
「あなたも使えるのですか? 《黄金魄》を」
改めて驚いた。石神家の《砂塵姫》は《黄金魄》を獲得しているという噂は聞いてきたが、沙夜の口ぶりでは本当のようだ。
「うん」沙夜は頷く。「ここなら使っても悠樹くんは怒らないから」
そう呟いた。
それから彼女は右の手斧を構えて、すうっと下げた。
「亀裂から離れて。私の《黄金魄》は規模が大きいから」
「は、はい」
翔子は少し困惑しつつも大きく間合いを取った。
空間の亀裂を見やると、さらに小さくなって完全に閉じようとしていた。
「石神さん! 急いでください!」
「ん。分かった」沙夜は頷く。
そして、
「《黄金魄》招来……」
沙夜がそう呟くと、黄金に輝く勾玉が現れる。それは沙夜の胸元に消えていった。
続けて、沙夜は右の手斧を上空へと放り投げた。
翔子は「え」と呟き、手斧を視線で追った。
「――《泰山斧君》」
沙夜は自身の《黄金魄》の名を告げた。
直後、翔子は大きく目を見張った。
上空にあった手斧が大量の銀霊布で覆われ、いきなり巨大化したのである。
しかも、とんでもない大きさだ。数十メートルサイズの巨人の斧が突然現れたのだ。学校を屋上から一階まで両断できるサイズである。
その巨大すぎる刃はゆっくりと落下すると、空間の亀裂に直撃した!
空間は一瞬だけ抵抗するように火花が散らすが、この馬鹿馬鹿しく感じるほどの超質量の前では無意味だったようだ。亀裂は一気に広がり、巨人な斧は大地さえも両断して停止した。その柄は遠くから見えれば巨大な柱にしか見えないだろう。
巨人斧の威力は、粉塵の嵐と軽い地震を引き起こすほどだった。翔子は唖然としながらも、両腕で目をかばって巻き上がる粉塵をやり過ごした。
(な、なんて出鱈目な!)
流石にこの威力は想定外だった。
まさに威力特化。破壊の規模では翔子の《黄金魄》の比ではない。あまりに大威力すぎて、一体どういう状況ならば使い道があるのか疑問に思うぐらいだ。
とは言えだ。
(恐ろしい《黄金魄》です。ですが!)
翔子は双眸を鋭くする。
おかげで空間の亀裂は、再びこじ開けられた。
人が一人通れそうだった程度の亀裂も、もはやクレバスの様相だ。
先ほどは通り抜けるのを拒絶されたが、ここまで大きく損傷しているのならば、強引に押し通ることも可能かもしれない。
(――よし!)
翔子は頷き、亀裂の先へと駆けだそうとするが、
「ん。じゃあお先に」
その前に、ひょいっと沙夜が空間の亀裂の先に行ってしまった。
一切の抵抗もなくだ。
空間の拒絶はもちろん、心理面での躊躇いさえもなかった。
その行動力に、思わず翔子は呆気にとられたが、
「――私も行きます!」
即座に我に返って駆け出した。
両腕を交差して、空間の亀裂へと飛び込んだ。
かくして、二人の姫君もまた決戦の祭壇へと向かうのであった。




