第七章 祭壇の門③
「……おお、これは素晴らしいですな」
石神家の屋敷にて、大樹が感嘆の声を零した。
「姫さまは無論ですが、御門家の姫君もです」
「ふむ、そうじゃな」
あごを擦りながら、喜寿郎も言う。
「よもやこれほどとは。御門め。なかなか仕込んでおるわ」
「……確かに」
手離しで賞賛する二人に対し、仙石は少しばかり不満そうだ。
心酔する沙夜と渡り合うのが、気に食わない。その感情が隠しきれていなかった。
「御門家の姫君は、相当な実力者のようです」
ただ、一人の鬼狩りとして御門家の姫君の実力を否定することはなかった。
不満で相手を過小評価するような愚者が、沙夜の許嫁に選ばれることはない。
「瞬時による武具の変化。ずば抜けた霊感応です。戦況を観る目もあり、何よりも基礎的な修練の徹底が窺える武芸。あの技は一朝一夕で到達できるモノではありません」
とりあえず感情はよそに置き、冷静な観点からそう判断する。
「私も同意見です」大樹が頷いて、瞳を細めた。
「いやはや同じ六大家の一角とは言え、まさか同世代で姫さまと渡り合えるとは。ただ、私としてはもう一つ嬉しいことがありますな」
「……ほう。それはなんじゃ?」
喜寿郎が興味深そうに大樹に目をやった。
すると、大樹はとても優しそうな顔を見せた。
「姫さまがとても嬉しそうなところです。ここ二年半ほど、あの方があまり見せなかった表情でした。正直、姫さまがあの表情をされただけでも編入した価値はありますな」
「ふむ、そうじゃな……」
喜寿郎も改めてモニターの孫娘の姿を見やる。
「二年半か。沙夜の《星銀の髪》が光を失った頃からか」
孫娘は元々あまり表情を変えない娘だった。
しかし、それでも幼少期はもう少し変化を見せていたはずだった。
その明確な原因は、誰にも分からなかった。
「…………」
仙石は無言のまま、再び内心で不満を抱いていた。
ただ、今回は姫さまの騎士を自認しながら、未だその原因の欠片さえも突き止められないでいる自身のへの苛立ちだった。
「祖父としてはそれも気にはかけておる」喜寿郎が率直に言う。
「その点においても、あの学校は沙夜に良き影響を与えるやもしれんな」
六大家の一角、石神家の当主として常に狡猾さを持つ喜寿郎だが、この時ばかりは優しき祖父の顔になった。
「まあ、それはともあれじゃ」
祖父の顔から当主の顔に戻して、喜寿郎は話を戻した。
「己としては御門に負けたくはない。あやつとは若き日から因縁も多々あるかなら。この最初の一戦、沙夜には勝利して欲しいものじゃな」
「はい。その通りです。ご当主さま」
少し食い気味に仙石は言う。
「姫さまは最強です。確かに相手も手強くはありますが、それだけは揺るぎません」
そんな仙石に、大樹は内心で苦笑を浮かべた。
分家の者としては仙石の忠誠心は間違っていない。いささか以上に信仰じみてはいるが、否定する気はなかった。彼が姫さまを裏切ることは絶対にないからだ。
しかし、許嫁としてはどうかと少し心配を抱く。
(私の妻など、私が悪いと思ったら容赦なくダメだししてくるからな。夫婦とは対等でなければならいないと思うのだが……)
老婆心ながら、大樹はそう考える。
ただ、姫さまはまだ学生であり、仙石も二十代と若い世代だ。二人の関係はよい方向へと徐々になっていけばよいとは思うのだが……。
と、その時った。
「………む」
不意に喜寿郎が眉をひそめた。仙石もだ。
大樹が少し考え込んだ間に、何か変化があったようだ。
大樹もモニターに目をやった。そして眉をひそめる。
見物人だった白髪の少女が、フェンスの上で立ち上がっていたのだ。
何やら御門家の姫君に話しかけているようだ。
白髪の少女は険しい表情だった。そして御門家の姫君も表情を変化させた。
困惑した表情から、緊迫した表情へと変えたのだ。そうして、まず白髪の少女がその場から地上へと跳躍し、御門の姫君もまた少し遅れてその後を追った。
あまりの速さにドローンも追跡できないほどだ。
「……なんじゃ?」流石に喜寿郎が眉をしかめた。
「これは何が起きておる?」
そう呟いた。
◆
時間は少しだけ遡る。
改めて、翔子と沙夜が対峙した頃だ。
(なかなかどうして)
由良はフェンスの上で足を組んで二人の戦いを見物していた。
(やはり六大家の血は侮れんのう)
どちらも強い。
それぞれの間合いまで近づかれたら、由良でも勝てない可能性がある。
(奇しくも近接、中距離、遠距離を得意とする三人か)
何ともバランスの良いことだ。もしも、これで諜報や遊撃を得意とする娘でもいたのなら、完全な戦闘チームになる。
(妾も気を引き締めんとな)
うかうかすると、悠樹の正妻の座を奪取されかねない娘たちだ。
まあ、戦闘力で決まる話ではないが。
(ともあれ、果たしてどちらに軍配が上がるか)
由良は腕を組み、双眸を細めた。
実力的には五分と五分。互いに得意な間合いに持ち込めるかが勝敗の鍵になりそうだが、二人の得意分野は被っている。
最終的は技のレパートリーの差か、体力勝負にもつれ込む可能性もあった。
(どちらであっても見応えはありそうじゃな)
この戦い自体はレクリエーションの一環に過ぎないが、やはり手の内を知れるのは相当なメリットだ。二人とも悠樹の側室として味方に抱き込む予定なので、神槍奪取の競争相手にはならないかもしれないが、手の内は知っておいた方がいい。
(同格同士の戦い。存分に丸裸になってもらおうか)
由良がそう考えた時だった。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
不意に、鐘の音が世界に響く。
(―――――な)
由良は愕然として、頭上を見上げた。
(なんじゃと!? このタイミングでか!?)
由良と悠樹にしか聞こえない鐘の音だ。奴らの出現の合図である。
由良は即座に周囲を見やる。
景色は変わっていない。眼下には変わらず翔子と沙夜の対峙する姿がある。
(妾ではない! 狙いは悠樹の方か!)
由良はフェンスの上に立ち上がった。
意識を集中し、当事者にしか分からない空間の歪みを感じとる。
そして、
「――翔子ッ!」
翔子の名を叫んだ。翔子は「え?」と呟き、由良に目をやった。沙夜の方も何事かと由良の方に顔を向けた。
「火急の用じゃ! 妾はここから離脱する!」
「え? 何を――」翔子は困惑した。
(火急の用? 離脱する?)
用事を思い出してレクリエーションから離れるという話なら、それをこんな緊迫した表情でどうして敵チームである自分に告げるのか――。
「妾と悠樹の客人が訪ねて来おった!」
続けて告げられた由良の言葉に、翔子はハッとした。
「此度の用は悠樹の方じゃ! 妾は出迎えねばならん!」
それだけを言って、由良はフェンスの上から跳躍した。
校内にいるはずの悠樹の元ではなく、裏山の森の方に向かって、だ。
翔子も顔色を変えた。妖鬼と対峙した時のような緊迫した表情だ。
彼女もまた跳躍した。由良の後を追ってだ。
(《七天祭器》の眷属――翼を持つ異形の騎士!)
悠樹の客人。さらに由良の表情を見ればそうとしか考えられない。
悠樹と由良の命を狙う敵が現れたということだ。そして、それは今、悠樹が異界――《生贄の祭壇》に閉じ込められたということだった。
由良が森に向かったということは、恐らくそこに入り口を感じたのだろう。
(生贄でない私には介入できないと聞きました。ですが!)
かつて由良が第七階位にも匹敵すると評したほどの敵に悠樹が襲われているのだ。
大人しく待っていることなんて出来なかった。
翔子は地面に着地すると、そのまま由良の後を追って駆け出した。
「ん。待って」
すると、その隣に沙夜が並んでついてきた。
「石神さん。申し訳ないのですが――」
「緊急事態なのでしょう。二人の様子で分かる」
沙夜は事情も聞かずにそう返した。
「しかも悠樹くんが関わってる。違う?」
「――石神さん」
「だったら私も行く。事情も勝負も後回しでいい」
「ありがとうございます。石神さん」
何も聞かずに協力を申し出てくれた沙夜に、翔子は心から感謝する。
戦力としてはこの上なく頼もしい。
しかし、自分同様に果たして異界に介入が出来るのか。
(考えても仕方がありません。まず試してみなければ)
いずれにせよ、悠樹と由良の危機に駆け付けないという選択肢はない。
――ザザザザッ!
二人の姫君は森の中を疾走するのであった。




