第七章 祭壇の門②
同刻、屋上にて。
翔子と、沙夜は静かに対峙していた。
翔子は十字槍をわずかに下段に構え、沙夜は手斧を自然体で携えていた。
互いに武門の姫君だ。その構えに隙はない。
ただ、全く動く気配もなかった。
(これは千日手になるか?)
見届け人である由良は双眸を細めた。
二人とも武芸の達人ゆえに迂闊に踏み込めないようだ。
恐らくいま二人の脳裏では、幾つもの戦闘が繰り返されているのだろう。
身じろぎもせず、時間だけが過ぎる。
が、おもむろに、
「面白くない」
沙夜がそんな言葉を口にした。
対峙する翔子も、見物する由良も彼女に注目する。
「お互いの手を読むのはそれでいいけど、動けなくなるなら面白くない」
すうっと、片手の斧を翔子に向けた。
「あなたとは純粋な技比べをしてみたい」
「……そうですね」
翔子も少し肩の力を抜いた。
「いささか以上にこの試合を重く思っていましたか。では」
「うん。やろう」
二人の姫君は頷いた。
そして動いたのは意外にも翔子の方からだった。
槍のリーチを生かし、先手を打ったのだ。
閃光のような刺突が繰り出される!
「おお」
対し、沙夜は横に跳躍してかわした。だが、翔子はその程度で逃がしはしない。
――ふ。
小さく呼気を吐くと共にさらに連撃を繰り出した。
まるで速射砲のような刺突だ。沙夜は俊敏に動き続けて回避する。
「流石。けど、そろそろこっちの番」
――ギャリンッ!
片手の斧で十字槍の柄を叩き、沙夜は加速した。
一気に間合いを詰めると、もう片方の手斧を振り下ろす!
狙いは翔子の左肩だった。
しかし、
――ギンッ!
それは翔子の槍で弾かれる。
槍の柄で凌いだのではない。
長い柄を瞬時に短くして短剣のサイズに変えた刃で防いだのだ。
翔子の得意技の一つ。如意槍だ。
「おお」
沙夜は目を瞬かせつつも連撃を繰り出した。
幾度も剣戟音が響く。翔子は短剣で手斧の猛攻を受け続けた。
「凄い剣さばき。御門家は槍の大家なのに」
「槍ばかりが能ではありませんので」
沙夜の賞賛の声に翔子はそう返すと、
――ズドンッ!
柄を伸ばして刃の切っ先を屋上の床に突き立てた。そのまま柄を伸ばし続けて上空へと高く跳躍した。沙夜から間合いを取り直して翔子は着地した。
「便利な技。けど、私も遠距離攻撃なら出来る」
沙夜は手斧を振った。翔子には届かない距離だ。
――石神流斧武術の秘伝技。《飛断》だ。
飛翔する不可視の刃である。殺してしまわないように威力は大幅に落としているが、翔子にとっては初見の技のはずだった。
しかし、翔子は柄を盾にかざして不可視の刃を迎え撃った。
そうして柄に伝わってくる衝撃。翔子は瞳を細めた。
「……やはりですか」
「おお」
一方、沙夜は手斧を振り抜いたまま、三回目の感嘆の声を零す。
「初見で《飛断》を防ぐなんて。どうして分かったの?」
「何もないところで武具を振るえば何かあると考えますよ」
翔子は微かな苦笑を浮かべつつ、十字槍を構え直した。
「では、攻守交替と行きましょうか」
そう告げて、呼吸を整える。
そして、ほぼ同時に五条の光が撃ち出された!
これもまた翔子の得意技。五連突きだった。
必殺の刺突だ。先ほどまでの刺突とは速度がまるで違う。
意趣返しではないが、これは沙夜にとっての初見の技だった。いかに沙夜であっても、すべての刺突を見切るのは難しいだろう。
だが、
――ガギンッ!
翔子の五連突きはすべて防がれてしまった。
しかも、あまりにも想定していない方法でだ。
沙夜の両腕の手斧が、一瞬でとんでもなく巨大化したのである。
柄はまるで丸太のよう。そして刃は巨大な鋼板だった。それを盾にして五条の刺突をすべて防いだのだ。
「武具の大きさを変えられるのは、あなただけの特技じゃない」
沙夜はそう告げると、ブオンと、もう片方の巨大な斧を振り上げた。
太すぎる柄は指だけで掴んでいるようなものだ。さらに刃の部位は百キロを超えるかもしれない大きさだ。だというのに、揺るぎもしない。
「―――く」
翔子は後方に大きく跳んだ。
鋼板のような刃を突いたため、翔子の手の方が痺れていた。受ける訳にはいかない。
直後、巨大な斧が屋上に叩きつけられた!
床に大きな亀裂が奔り、コンクリート片が周囲に散らばった。
下手をすれば、屋上の床が崩れ落ちても不思議ではない威力だった。
(これは、むしろ痺れていたことが幸運でしたね)
指を動かしながら、翔子は思う。
そして、
「……少し意外でした」
改めて間合いを取り直して、翔子は言う。
「あなたはスピードを重視した近接戦闘タイプだと思っていました」
「ん。そっちの方が得意なのは事実。けど、あなたと同じ。私はそれだけじゃない」
巨大な斧を、再び手斧サイズにまで戻して沙夜が答える。
そして、トントンとその場で跳ね始めた。
翔子も十字槍を一度くるりと回してから構え直した。
「一つ感想をいい?」
沙夜が翔子に尋ねる。翔子は「どうぞ」と答えた。
「正直、あなたは私の予想以上だった。一言でいえば楽しいと思ってる」
「ご評価、ありがとうございます。そうですね」
槍を構えながらも翔子は微笑んだ。
「正直に言えば、私も楽しいです」槍の穂先を微かに下げる。
「これまで同世代との試合で相手の技量に敬意を持つことはありましたが、ここまで楽しいと思ったのは初めてです」
「……ん。ありがとう」沙夜も微笑んだ。
「折角だからもう少し楽しみたい。いい?」
「はい。お付き合いいたしましょう」
そうして、二人の姫君は対峙し直した。
ただ、最初ほどの緊迫感はない。
代わりに、どこか楽し気な空気がそこにあった。




