第七章 祭壇の門①
校舎内三階の廊下。
そこで悠樹と緋雨は対峙していた。
悠樹は刀を自然体で下ろし、緋雨は重心を低く、苦無と小太刀を構えている。
(本当は急がないといけないんだけど……)
悠樹は内心で少し困っていた。
自分たちが足止めされているということは、翔子は一人で由良と沙夜の二人を相手するということだ。翔子であっても明らかに厳しい状況だった。
すぐに翔子を助けに行かなければならない。
それは分っているのだが……。
(ダメだ。ちょっと僕、ワクワクしている)
なにせ、本物の忍者なのである。少年心が抑えきれない。
どうせなら少し手合わせをしてみたいと思ってしまっていた。
すると、
「……別にいいんじゃないか?」
悠樹の表情から心情を察したか、緋雨がそう告げてきた。
「結局のところ、ただのレクリエーションだ。クラス全体の勝ち負けも多少の話題になるだけで尾を引くこともないだろう」
「う~ん……」
悠樹は少し迷ったが、「そうだね」と告げて刀を薙いだ。
「じゃあ見せてもらおうかな。忍者の技をさ」
「……いや。確かに私は忍びだが、そもそも鬼狩りなのだがな」
と言って、苦笑を浮かべる緋雨。
いずれにせよ、足止めは出来そうだ。
「まあ、いいだろう」
重心をさらに低くして、緋雨は前傾に構える。
そして、
――フオン。
ほぼ音もなく加速した。
「凄いっ!」
悠樹が瞳を輝かせた。いかにも忍者らしい加速だ。
ギンッと刀と小太刀が交差する。緋雨は鍔迫り合いをしない。すぐさま後方に跳躍し、壁を駆け上って天井へ。そこから苦無を放つ!
悠樹は刀を薙いでそれを防いだ。
「本当に忍者みたいだ。それだけ動いてるのに音が全くしないなんて」
「いや。だから忍びだと言っているだろう」
やはり音もなく緋雨は着地した。
「しかし、簡単に凌いでくれるな。体術だけでは厳しいか」
そう言って、左手の人差し指を立てた。
「――忍法を使うの!」
悠樹が再び目を輝かせる。緋雨は一瞬だけ何とも言えない表情を見せたが、
「忍法、影法師」
そう呟いた。直後、緋雨の影の中から人影が飛び出してきた。
それは緋雨本人だった。容姿も武装もそっくりの人間だ。だが、それだけではない。次々と影は飛び出してきて、数秒後には五人の緋雨がそこにいた。
「――かっ」悠樹は瞠目した。「影分身の術だっ!」
「……いや、影法師だぞ。違うからな」
影を呼び出した本体の緋雨が一応告げておく。
そして影法師たちは一斉に小太刀を構えた。
「では行くぞ」
本体がそう告げて、五人の緋雨が駆け出した。だが、同じようにではない。天井や壁、影法師さえも意志を持つように別々のルートで悠樹に迫っていく。
悠樹は感動していたが、流石に五人同時に相手をするのは厳しい。
標的を一人に絞って悠樹もまた駆け出した。
緋雨の一人と刃を交差させる。彼女は影法師の一体だと考えていたのだが、その小太刀には確かな衝撃があった。実体を持つ分身のようだ。
「本当に影分身だ!」
「だからそれを言うな」
後ろから本体の緋雨が斬りかかってくる。悠樹は前方に高く跳躍し、対峙する影法師の緋雨の肩に触れ、彼女を乗り越えて着地する。そこに他の影法師たちが襲撃を加えるが、悠樹は最小限の動きで三本の刃をかわした。
(――こいつ!)
まるで流れるようなその体さばきに、緋雨は目を見張った。
ふざけているような態度――と言うより興奮気味なのか――ではあるが、尋常な技量ではない。同世代でこの領域に立っている者とは初めて対峙した。
(なるほど。やはりこいつも只者じゃないな)
そう確信する。
だが、緋雨が悠樹の技量を知るのはこの後のことだった。
「うん。楽しかった。本当はもっと戦ってみたいんだけど」
体さばきだけで五人分の斬撃をかわしながら、悠樹は少し残念そうに告げた。
「やっぱり御門さんのことが気になるよ。彼女は真面目な人だから、けっこう無茶をしてるかもしれないから。だから」
悠樹は緋雨の後ろに目をやった。
「ここは任せてもいいかな? ザックさん」
「おうよ」
背後からの声に緋雨はハッとする。それは退場させた玉城の声だった。
廊下の奥。大鎚を肩に戦線復帰した玉城はニカっと笑った。
「最初からそういう話だったしな。先に行きな。悠樹」
「うん、分かった」
悠樹が頷く。直後、四条の銀閃が奔った。
――パァンッ!
破裂音。一瞬で四体の影法師が消えた。
「―――なッ」
緋雨は目を見開いた。
「一瞬でだと!? 私だけ残して!?」
愕然とするが、どうして本体が分かったのかと疑問も抱く。
それが顔に出ていたのか、悠樹は苦笑を浮かべた。
「凄い忍法だった。けど、多分風船みたいなゴムにワイヤーか何かを通して操ってたんじゃないかな。体重が少ないから君に比べて他の四人は斬撃が軽かったんだ」
「そ、それでも影法師は私の分身なんだぞ! 力量もそう劣るものでは――」
そこまで叫んだところで、緋雨はハッとして気付く。
それは、すなわち瞬殺されるほどの実力差があるということだった。
「お、お前は……」
緋雨は茫然として悠樹の顔を見つめていた。
悠樹はすまなそうに笑うと、
「じゃあ先に行くね。白藤さん。また戦えたらいいな」
廊下の窓を開けて、逆上がりのようにくるりと上階へと移動した。
緋雨はまだ茫然としていた。
すると、
「悠樹の奴は特別だからな」
玉城が緋雨に近づいてきて告げた。
「で、ここを引き受けたのはいいがどうするよ? 悠樹の奴、意図してねえだろうが、お前さんの心を折ってから行っちまったようだが」
「…………」
緋雨は無言で玉城に目をやった。ややあって深々と溜息をつき、
「私の負けだ。あいつがその気になれば私自身も瞬殺されていただろうしな」
「そっか。けど、不戦勝で悠樹たちに加勢すんのはゲームとしては興覚めだな」
玉城は「俺は残り時間、裏山の方にでも行くよ」と言って去っていった。
一人残された緋雨は腕を組んで嘆息した。
……無念ではある。
だが、一瞬でああも実力差を見せつけられてはぐうの音も出ない。
(……お屋形さま)
緋雨はキュッと強く唇を噛んだ。
(申し訳ありません。緋雨はまだまだ未熟者のようです)
すでに出会っていることにも気づかず、未来の主君にお詫びするのであった。




