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叛天サクリファイス ~鬼狩り裏譚~【第2部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第2部

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幕間二 見物者たち

 その時。

 一人の青年が長い廊下を歩いていた。

 広大な武家屋敷の廊下だ。横には庭園が広がっていた。

 石神家の本邸である。

 その廊下を紳士服姿の青年――仙石六郎が進んでいた。

 向かう先は当主の私室だ。この時間に呼び出されていた。

 仙石は黙々と進む。と、


「……おお、仙石殿か」


 丁度、当主の部屋の前に立った時のことだった。

 廊下の向こう側から、別の人間が姿を現して声を掛けてきた。

 年齢は仙石より二回りほど上。四十代の紳士服姿の男性だ。


「……都築殿」


 仙石は男性の方に体を向けて一礼する。


「お久しぶりです」


「ああ。そうだな」


 都築と呼ばれた男性が頷く。


「会うのは仙石殿が姫さまの許嫁に選ばれた日以来か」


「………は」仙石は恭しい声で答える。


「私ごとき若輩には身に余る栄誉です」


「何を言うか。実力で分家筆頭を勝ち取った男が」


 男性は破顔すると、仙石に近づき、その肩を叩いた。

 とても親し気な趣だが、内心では分からない。


(……都築(つづき)大樹(たいじゅ)


 石神家分家次席、都築家の現当主である。

 かつて分家最強と呼ばれていた男だ。

 その実力は現在の分家最強である仙石と互角か、それ以上だろう。

 一年前、次期当主である沙夜の許嫁を決める戦いがあった。

 その際、当時最有力と言われていた大樹はその戦いを辞退していた。

 大樹は既婚者ではあったが、鬼狩りの名家において妻を複数人娶るのはさほどおかしな話ではない。熟練の優れた鬼狩りが若き女を娶ることもだ。


 しかし、大樹は頑なに参戦を拒んだ。

 都築家が分家筆頭の座から陥落することも厭わずにだ。

 石神家において分家筆頭の座は分家最強の者を有するかで決定する。大樹は辞退したことによって最強の座も失ったということだ。

 当主もまた、大樹の辞退についてはとても残念な様子だった。


(……何故そこまでして?)


 その件については、今も仙石の中では疑問として残っていた。

 主家の沙夜を娶れば、現在の妻は側室になる。愛妻家で知られる大樹はそれを嫌がったという話もあるが、それだけではないような気がする。


「ところで今日は仙石殿もご当主さまに呼ばれたのか?」


「はい。その通りです」


 大樹の問いかけに、仙石は頷いた。


「恐らくは新城学園の件かと」


「ああ、あの学校か」大樹は瞳を細めた。


「姫さまも通われたそうだな。あの方にもよき経験となればよいが」


「さて。それはどうでしょうか」仙石はかぶりを振った。


「姫さまにとっては未熟者ばかりの学校です。ヒヨコの群れに獅子が紛れるようなもの。姫さまも気遣いでお疲れになられるやもしれません」


「はは、姫さまはお優しい方だからな」


 大樹は再び破顔した。


「さて。ご当主さまをお待たせしては申し訳が立たん。筆頭殿。ご挨拶を」


「……は」


 自分を立ててくる大樹に、仙石は頷いた。

 そして仙石が襖越しに部屋の中に声を掛けた。


『おう。入れ』


 中からは当主である喜寿郎の声が返ってきた。

 二人は「「失礼します」」と返答し、部屋の中へと入った。

 そこは広い和室だった。上座には喜寿郎が座っている。


「よく来たのう。六郎、大樹よ」


 胡坐をかく喜寿郎が二人を歓迎した。

 二人は室内を進み、喜寿郎の前で膝を曲げて腰を降ろした。


「ご当主さま」


 仙石が口を開いた。


「この度はいかなるご用件でしょうか?」


「そう気を張るな」


 喜寿郎は苦笑を浮かべて仙石を見やる。


「実力はあるが、お前はどうにも堅苦しいぞ」


 一拍おいて、


「いずれ沙夜の夫になるのだからな。そう格式ばるな」


「いえ。お言葉ですがご当主さま」


 仙石は頭を垂れて反論する。


「姫さまの伴侶という名誉を抱くからこそ、格式を重視したく」


「……やれやれじゃな」


 喜寿郎は肘をついて嘆息する。


「その様子ではいつまでも沙夜はおんしに心を開かんぞ。良くも悪くも、それは他人行儀でもあるのじゃからな」


 そう告げつつ、喜寿郎は大樹に目をやった。


「その点、おんしは申し分ないのじゃがな。大樹よ」


「お戯れを。ご当主さま」


 大樹は頭を下げた。


「仙石殿は実直なだけであります。むしろ好ましき姿勢かと。そもそもまだ若き二人です。いずれは心も通じ合いましょう」


「……ふん、そうか」


 喜寿郎は少し不満げな様子で視線を逸らした。


「まあ、よい。ともあれ、おんしらを呼んだのは他でもない」


 そう告げて、手元に置いてあったリモコンを手に取った。

 それを横に向けると、大きなスクリーンが天井から降りてきた。

 仙石と大樹もそちらに目を向けた。


「知っておるか? 今日は新城学園で模擬戦があるそうじゃ」


「……模擬戦でありますか?」


 大樹が当主の言葉を反芻する。


「かの学園は鬼狩りの育成校。模擬戦ならば日々あるのでは?」


「ふむ。そうじゃな」喜寿郎は興味深そうに瞳を細めた。「だが、今日は細やかではあるがイベントのようなものと聞く」


「……レクリエーションですな」


 沙夜に関わることだ。事前に把握していた仙石が言う。


「姫さまも参加されます。編入生を歓迎する模擬戦だと聞き及んでいます」


「よく知っておる」


 喜寿郎は仙石を見やり、苦笑いを浮かべた。


「まあ、所詮はお遊びじゃな。しかし、今回はいささか興味深い」


 言って、リモコンをさらに操作した。

 すると、スクリーンに映像が映し出された。

 幾つかに分割された映像だ。

 そこには新城学園の生徒たちの姿が映し出されていた。

 ドローンによるリアルタイムの映像だった。

 その一つに校舎の屋上が映っている。そこには沙夜の姿があった。


「このレクリエーション。クラス対抗戦なのじゃが……」


 喜寿郎はふっと笑みを零した。


「沙夜のクラスの相手。そこのクラスには御門の孫娘もいるそうじゃ」


「……ほう。かの御門家の《瑠璃光姫》がですか」


 大樹も興味深そうにスクリーンの映像に目をやった。


「名声においては姫さまにも並ぶ若き鬼狩りですな。その実力は十五にしてすでに一流以上だと聞きます。確かにこれは興味深い」


 そう呟きつつ、大樹が御門家の姫君の姿を探した時、


(――ッ!)


 微かに目を見開く。

 姫君も見つけたのだが、その隣にいる少年の姿の方に驚いたのだ。

 やや線の細い黒髪の少年だった。


(あの少年は確か……)


 見覚えがあった。

 あれは二年半ほど前のことだった。

 唐突にあの少年は都築家に訪ねてきた。当時、不可解な言動をしていたため、その場では追い返したのだが、何故かずっと気懸かりにもなっていた少年だった。


「うむ。その通りじゃな」


 一方、大樹の微かな動揺には気付かず、喜寿郎は首肯した。

 そうして、


「奇しくも二人の初対決という訳じゃ。気になるであろう?」


 楽し気にそう告げた。








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