第四章 特待生、来たる④
夕刻。とある場所にて。
誰もいないアーケード街を少年少女が走っていた。
鬼狩りの証である獣殻を右腕に纏う十代後半の二人だ。
二人とも息を切らせて、険しい表情を浮かべている。
「――お嬢さま!」
その時、少年が叫んだ。
「先に逃げてください! 家にさえ辿り着ければご当主さまがおられます! ここは俺が時間を稼ぎますから!」
「そんなの出来るはずが――」
「お願いします! どうかお嬢さまだけでも逃げてください!」
主家である少女に対し、分家である少年はそう願う。
足を止めて振り返り、自身の武具である槍を構えた。
「待って! 戦うなら私も!」
少女も足を止めた。
しかし、そんな彼女に、少年は険しい顔で振り向いた。
「いいから早く逃げろって言ってんだよ!」
敬語も使わない。素の口調で少年は強く叫んだ。
それから、泣き笑いのような顔を見せて、
「いいだろ? これぐらいカッコつけさせてくれよ。な?」
そう告げた後に、少年は彼女の名前を呼んだ。
幼少期以来の呼び方だった。少女は泣きそうに表情を崩した。
少女は強く瞳を閉じてから、少年の頬にキスをした。
そうして振り返らずに走り出した。
残された少年は「はは」と笑って、自分の頬に片手で触れた。
「でっかい力を貰っちまったな。あいつは本当に可愛いや」
そう呟いて、強く槍の柄を握りしめた。
やややって上空に『敵』が現れる。
彼らをずっと追ってくる正体不明の敵だった。
だが、恐ろしく強大な敵でもあった。
「……来いよ」
少年は鋭い眼光を見せて、槍の穂先を敵に向けた。
「こっから先は一歩も通さねえ」
そうして――……。
三十分後。
アスファルトに横たわり、少女は空を見上げていた。
口元は血で汚れ、脇腹は大きく抉られている。致命傷だった。
呼吸さえも、もうままならない。
そんな中、少女は空を見上げていた。
空にいるのは、純白の二翼と大剣を持つ漆黒の鎧の騎士だった。
人の二倍ほどの体躯を持つ異形の巨人である。
だが、彼女が見つめるのは、その騎士ではなかった。
少女は彼だけを見つめていた。
滞空する騎士に片腕を掴まれた少年だ。
袈裟斬りに断ち切られ、上半身のみとなった少年の姿だった。
すでに絶命しているのは明らかだった。
(……ありがとう)
少女は涙を零す。
そして掠れた声で、ずっと傍にいてくれた少年の名前を呟いた。
(あなたたちも、もういいから)
少年は絶命し、少女もすでに手遅れだ。
だが、それでもなお、足掻く者たちがいた。
彼らが契約している霊獣たちだった。少年の霊獣は大蛇だった。巨大な蛇は漆黒の騎士の全身に巻きついて一秒でも長く拘束しようとしている。
そして倒れる少女の前には大きな牡鹿が立っていた。彼女の霊獣である。
本来、霊獣は獣殻の形でなければ物質に干渉はできない。
けれど、彼らは消滅も覚悟の上で霊力を暴走させて顕現していた。
大蛇は、亡き少年の願いを叶えるために。
牡鹿は、まだ息のある少女を守るためにだ。
だがしかし。
――グシャリ。
大蛇の頭は、漆黒の騎士の手によって握りつぶされた。
地に降りて少女に近づく騎士に突進した牡鹿も大剣で両断された。
二体の霊獣は、そのまま消滅してしまった。
ガシャリ、ガシャリと足音を鳴らして漆黒の騎士が少女に近づく。
少女はすでに逃げることも出来ない状態だった。
そんな彼女に、漆黒の騎士は大剣を逆さに構える。切っ先を少女に向けた。トドメを刺すつもりなのだろう。彼女には抗えない。
彼女は死を目前にしても少年の亡骸だけを見つめていた。
(……お願い。神さま)
少女は願う。
(もし来世があるのなら、また彼と一緒に……)
ただただ、そう祈った。
そうして刃は無情にも少女の胸を貫いた。
大きく吐血して、少女の瞳から光が消える。
その直後だった。不思議な現象が起こる。
少女、そして少年の亡骸が光と化していったのだ。光は圧縮されて二つの光球となる。それらは騎士がかざした左手の上で、ゆらゆらと動き続けた。
そこで光球と共に漆黒の騎士の姿が消えた。
途端、何事もなかったかのように街に喧騒が戻った。
場所は移り変わる。
長い石造りの通路だ。光球を手に漆黒の騎士が進む。
ややあって辿り着いたのは巨大な門の前だ。
門はひとりでに重厚な音を立てて開いた。
その先は神殿のような広場だった。円状に添って七つの玉座が設置されている。
そして七つの玉座には、それぞれ翼の枚数が違う騎士たちが座っていた。
しかし、騎士の数は漆黒の騎士も含めて五体だ。椅子の一つは漆黒の騎士のものだとしても二席が空席になっている。
漆黒の騎士は前に進み、その空席の一つに左手をかざした。
二つの光球が玉座に吸い込まれていく。と、玉座から赤い光が溢れ出した。それは徐々に形を造り上げ、メイスを携える六翼の紅騎士の姿となった。
玉座に座った状態で顕現した紅騎士は、ゆっくりと立ち上がった。
入れ替わるように、漆黒の騎士は自身の玉座に腰を降ろす。
紅騎士は言葉を交わすこともなく、歩き始める。
向かう先は巨大な門だ。五体の騎士はその様子に見向きもしない。
だが、いよいよ門をくぐろうとした時。
漆黒の騎士を除く、騎士たちがおもむろに片手を上げた。
それぞれの掌の上に光球が生まれる。
それらは動き出し、紅騎士の背中へと吸い込まれていった。
一瞬、紅騎士の全身が強く輝いた。
しかし、紅騎士は気にした様子もなく、門を通り抜けて去っていった。
門は最初と同じく、ひとりでに閉じた。
騎士たちは沈黙する。
ただ機械的に。
ただ無感情に。
彼らは静寂の中に身を任せるだけだった。




