第四章 特待生、来たる③
そして放課後。
「……はぁ、そなたは……」
ソファーに足を組んで座る由良は、深々と溜息をついた。
彼女の前には、フローリングで正座をさせられた悠樹がいる。
ここは二人の拠点。おんぼろマンションのリビングだ。
今日はお客さまもいる。由良の隣に座る翔子だ。
由良と並ぶと、彼女は本当に対照的だ。白と黒の美少女たち。
なお三人とも制服姿だった。
「何故そうなるのか……」
由良は額に片手を当てた。それから小さな声で、
「妾も確かにそなたとあの娘は話をすべきだとは思っておったが……」
そう呟きつつ、
「しかし、監視下とはなんじゃ。そもそもそなたの相棒は妾であろうが」
「う、ご、ごめん」
悠樹としては謝るしか出来なかった。
「ですが、気になりますね」
そこで翔子が口を開く。
「石神さんは、少々積極的過ぎはしませんか? 彼女からしてみれば悠樹さんは出会ってまだ三日ほどだというのに」
「妾からしてみれば、そなたも相当に積極的じゃったと思うのだが」
ジト目で翔子を見やりつつ、由良はあごに手をやった。
「確かにのう。断片的にわずかでも記憶が残っておるのか。それは経験上、あり得ぬとは思うのじゃが……」
一拍おいて、由良は悠樹に目をやった。
「悠樹よ。そなたから見てどうなのじゃ? そなたの幼馴染に、かつての記憶は残っていそうなのか?」
「……いや、それは多分ないよ」
少し視線を伏せて、悠樹は言う。
「沙夜ちゃんとはもう何度も会話しているから流石に分かるよ。それに、もし記憶が残っているのなら、絶対に大和のことは聞いてくるはずだし」
「……そうか」
由良は瞳を細めた。
「ただ、昔の習慣は残ってるみたいだよ。口元が汚れた時にナプキンを渡そうとしたら、いつもみたいに拭いてほしいって感じで顔を僕の方に向けてたし」
「……そうですか」
由良に加えて、翔子も双眸を細めた。
ただ二人とも少し怖い感じの細め方だが。
「(あの娘、キスしようとしたら当然のように唇を差し出してきそうじゃな)」
「(そうですね。恐らく相手が悠樹さんだからこそなのでしょうけど)」
と、小声で会話をする由良と翔子。
「(しかし、幼馴染に口元を拭いてもらうというのは何なのじゃ? しかも話の雰囲気からすると中学時代までやってた感じじゃ。それは一般的な幼馴染ムーブなのか?)」
「(どうでしょうか。私には幼馴染はいませんが、仮にいても異性にそれは躊躇います。少なくとも相手に対して相当に強い好意でもない限りは……)」
「(やはりそなたもそう思うよな)」
由良は嘆息した。
ますますもって許嫁だった可能性が高そうだ。しかも悠樹の方はともかく、沙耶の方には自覚があったような風にも感じる。
その感情の欠片が残っていて、大胆な行動に繋がっているような気もする。
(これはどうしたものか)
由良は眉をひそめて悩む。
確かに悠樹は沙夜と話をすべきだと思っていた。
新たな絆を築くのもいい。翔子にも告げたが、最終的は『四遠』家の妻の一人に迎えるのもやぶさかではない。
(いずれ悠樹の――《魔皇》の実力を周囲に示して、神宮寺家、御門家、石神家から直系の娘たちを娶る。一族を興すには悪くない初手とは思うが、しかし)
さらに眉をしかめた。
(今の段階で石神家の娘の方からここまで積極的に動いてくるとは想定外じゃ。これでは石神家が動き出してもおかしくない)
そうなると非常に面倒だ。
実のところ、御門家も同じような状況にあるのだが、それは翔子が誤魔化してくれていた。ただ、翔子の話では、由良にしても悠樹にしても、かなり際どいところまで素性に探りを入れられていたようだ。やはり大家は侮れない。
(石神家も同格じゃ。どうすべきか……)
由良は腕を組んで呻いた。
そしてちらりと翔子を見やる。視線の重なった彼女は小首を傾げた。
(あの娘を突き放すのは悪手じゃ。そもそも監視と明言しておる相手じゃしな。出来るはずもない。やはりここはこの手しかないか)
由良は嘆息した。
そうして改めて悠樹を見据えて、
「悠樹よ」
「え、う、うん。なに?」
悠樹は緊張した面持ちで由良を見つめた。
「あの娘を落とせ。早急にじゃ」
「え?」
悠樹は目を瞬かせた。由良は不満そうながらも言葉を続ける。
「石神家に出張られては厄介じゃ。妾たちの経歴は不審点だらけじゃしのう。その前にあの娘をこちら側に付けるのじゃ」
ただし、と入れて、
「その、ちゅーとか、えっちとかはなしじゃからな。絶対にじゃ。それ以外の方法であの娘の心を落とすのじゃ」
「え? ゆ、由良ッ!? なに言ってるの!?」
悠樹が愕然とした眼差しを向けた。
翔子も口元を押さえつつ、目を見開いて由良を凝視している。
「う、うむ。その、ど、どうしても、その手段を取りたいのなら……」
そこで由良は真っ赤な顔で両腕を広げた。
「まずはすべきことをせよ。この部屋は妾たちしかおらぬ。妾たちしか知らぬ場所じゃ。その、まずは妾からじゃ。えっと、その後なら翔子の方も構わぬ……」
「お、鳳さん!?」翔子がギョッとする。
「……由良で構わん」
由良が顔をだけ一瞬翔子に向けて言う。
「妾の目的は話したはずじゃ。あれは本心じゃ。そしてここにいる以上、そなたも心のどこかでは望んでいることであろう?」
「そ、それは……」
翔子はうなじまで赤くして俯いた。膝の上で両手を握りしめ、長い髪で視線を隠しつつ、ちらちらと悠樹の様子を窺っていた。
ただ、悠樹の方と言えば、
「え? どういうこと? すべきことって?」
キョトンとしていた。
それに対し、一拍以上の間を空けて、由良も翔子も溜息をついた。
まあ、少しばかり安堵も混じった溜息ではあったが。
「……そなたには直球を投げても、まず雰囲気を作らねば通じんようじゃな」
由良はそう呟きつつ、腕を下した。
「要はあの娘――石神沙夜を完全な味方にせよという話じゃ。信頼を勝ち得よ。翔子に対してのようにな。さすれば石神家の動きもある程度抑えられよう」
「あ、なるほど」
悠樹はポンと手を打った。同時に由良と翔子は深い溜息をついた。
「そなたへのミッションじゃ。悠樹よ」
ともあれ、由良は悠樹を真剣な眼差しで見据える。
そして、
「そなたは何としても石神沙夜を味方にするのじゃ」
そう告げるのであった。




