第四章 特待生、来たる②
時間は少しだけ遡る。
「え? そのようなことになっているのですか?」
昼休み。1年2組の教室にて。
悠樹の席の前で立つ翔子は軽く目を瞬かせた。
悠樹の口から、先日の沙夜とのやり取りを聞いたのだ。
席に座る悠樹は「うん」と頷き、
「色々と失敗したと思う。沙夜ちゃんは鋭いのに失言が多すぎたんだ」
大きくため息をついた。
「そのお話は鳳さんには?」
翔子がそう尋ねると、悠樹は「う」と一瞬呻き、
「まだ相棒とか監視下の話までは言い出せなくて……」
「確かにそれは伝えにくいとは思いますが」
翔子は困ったような表情を見せた。
「今日から石神さんも1組に編入されたはずです。早く鳳さんにもお伝えしないと、彼女はとても怒るような気がするのですが……」
ましてや監視下などという危険な状況だ。
由良としてはすぐに連絡して欲しいところだろう。
「確かに由良には怒られるだろうけど、監視下と言っても、きっと沙夜ちゃんは無理に秘密を探るようなことはしないよ」
と、悠樹は言う。
「沙夜ちゃんは本当に優しい子だから。気にはなっていても、相手を気遣って、相手のタイミングで言い出すまで待つってスタンスの子だから」
悠樹の言葉に迷いはない。
幼馴染として、沙夜の性格をよく理解しているからこその確信だった。
「すぐに悠樹さんたちの素性を探られることはないということですか」
翔子は片手を頬に当てた。
「ですが、石神家はそうはいかないのでは? 次期当主と親しくなる人物がいれば、独自に調査をし始めると思います」
「うん。それはあるかもしれない」悠樹は頷いた。
「だから、今日の放課後にも今後のことを由良とも話して――」
と、言いかけた時だった。
「……ん。見つけた」
不意によく知る少女の声が聞こえた。
悠樹が「え?」と声の方に視線を向けると、教室の入り口に沙夜の姿があった。
沙夜は教室に入ると、ひょいと片手を上げて、
「四遠くん。校内を案内して」
そう告げた。
今は昼休みだ。クラスには生徒もたくさん残っている。視線を一気に集めた。
そして「おお」「すげえ美少女」「誰だあれ?」とざわつく。沙夜は由良や翔子にも劣らないほどの美少女だ。その見た目のインパクトを考えれば当然の反応だった。
「さ……石神さん?」
一方、悠樹は目を丸くしていたが、沙夜はトコトコと近づいてきて、
「……む」
傍に立つ翔子のことに気付いたようだ。
翔子は沙夜に頭を下げて、
「ごきげんよう。石神さん」
名家の令嬢らしく、温和かつ礼儀正しく挨拶をする。
対し、沙夜も頭を下げた。
「こんにちは。御門生徒会長。あなたはこのクラスだったの?」
「はい。昨日は言いそびれてしまいましたが、私は悠樹さんのクラスメイトです」
翔子がそう告げると、沙夜は無言になった。
悠樹の方を見やり、
「凄く親しそう」
「え、あ、うん。御門さんには色々とお世話になっているし」
悠樹がそう返すと、沙夜は不機嫌そうに少しだけ頬を膨らませた。
「……それも聞いてない」
沙夜は呟く。
「御門さんに名前で呼ばれてるなんて」
「……え?」
悠樹が困惑していると、沙夜は悠樹の片腕を取って、
「とりあえず校内を案内して欲しい」
「え、あ、うん」
悠樹は引っ張られるまま立ち上がった。
「けど、土曜日に下見に来たんだよね? もう知ってるんじゃ?」
「私はあなたに案内して欲しい。四遠く……」
沙夜はそこで言い直した。
「……悠樹くん」
――トクン、と。
その名を口にすると、少しだけ心音が跳ねた。
しかし、沙夜は普段の無表情で気付かせないように押し通し、
「……ダメ?」
悠樹の両袖を掴み、上目遣いにそう願った。
「ううん! もちろんいいよ!」
悠樹は、にこやかに笑って即答した。
沙夜にこの視線を向けられると悠樹には絶対断れない。
もはや絶対的な条件反射だ。
「うわ」「可愛っ!」「あざと!」
周囲も沙夜の仕草に、さらにざわつく。女生徒からは「あざとい」という指摘もあったが、実は沙夜自身、自分の行動にかなり困惑していた。
微かに耳が赤くなる。
こんな真似をしたのは生まれて初めてのことだった。
(……ううん。違う)
沙夜は少しだけ瞳を細める。
もっと前。
ずっと以前に、誰かに対してだけはこんな風に甘えていたような気がする。
(私が? 誰に?)
沙夜が表情に出さずに内心で混乱していると、
「どこから案内しようか」
悠樹が彼女の手を掴んだ。
沙夜は一瞬目を見開いて掴まれた手を見つめる。
……温かい。とても温かい。
そして懐かしい。
前にも、こんな風に誰かに手を繋いでもらっていたような気がする。
(……やっぱり)
沙夜は確信した。
自分と彼は、ずっと以前に会ったことがある。
それがいつのことなのか。
もっと幼かった頃のことなのか。
(それなら彼が斧武術を修めている理由もつく)
彼が石神家縁の人間なら、自分と出会っていてもおかしくない。
(そこから調べれば、彼の素性も分かるかもしれない)
そう考えるが、
「じゃあ、行こう」
彼の手の温もりに、沙夜はとりあえずどうでもいい気持ちになった。
今はただ、この手を離したくない。
「……ん。行こう。悠樹くん」
沙夜は微笑んだ。
今も昔も悠樹にしか見せない笑みだった。
そうして二人は手を繋いだまま、教室を出ていった。
一方で、
「……………」
無言で二人の姿を見送り、流石に不機嫌になる翔子だった。




