第三章 今日からあなたは③
――《影門館》。
それは主にはぐれの鬼狩りたちが利用する諜報機関のことだ。
全国各地にあるその施設は、主に引退したはぐれの鬼狩りたちが運営しており、妖鬼と思しき人物の身元調査や討伐の斡旋、戦闘の修繕などと、多岐に渡ってはぐれ鬼狩りたちをサポートしてくれるのである。
「どうして石神さんが《影門館》に?」
とあるビルの地下。沙夜と共に歩く悠樹が尋ねる。
沙夜は「……ん」と頷き、
「前から興味があった。私は使ったことがないから」
「まあ、石神家直系の君が使うはずもないか」
悠樹は苦笑を零した。
実のところ、《影門館》は家の所属する鬼狩りも利用することが多い。宝角の換金もしてくれるからだ。要は家に黙って仕事をするのに丁度いいということだ。
しかし、石神家の秘蔵の姫君が、そんなことに縁があるはずもない。
そうこうしている内に地下通路の奥。行き止まりの壁に到着した。悠樹が壁に触れると木製の扉が現れた。霊力を注ぐことで現れる入口だ。
中に入ると、ざわざわと騒がしかった。
受付があり、奥の方には仕事の検索機が並んでいる。様々な人間が行きかっていた。イメージとしてはそれこそハローワークだろうか。
「あそこが換金受付。あっちが相談受付だよ。それとあっちが――」
悠樹はとある受付を指差した。
「施設の貸し出しをしてるよ。訓練所とか」
「……ん。分かった」
沙夜は頷くと、そのままその受付に向かった。
悠樹は「え?」と困惑しつつも彼女の後を追った。
受付には人は並んでおらず、すんなりと通った。そして彼女は言う。
「二名。訓練所を借りたい」
「おう。いいぜ」
受付の男性が答える。そしてタブレットを彼女に見せた。
「一時間単位のコースから一日単位もある。部屋のタイプも選べるぞ。トレーニング器機なんかはオプションだ。中にはVRもある」
「……ん」沙夜は指先でタブレットを操作し始めた。
「え? 石神さん?」
一方、悠樹は目を丸くしていた。
まさかいきなり施設を借り出すと思っていなかったのだ。
「……ん。これでいい」
「お。そっか」
受付の男性は沙夜からタブレットを受けとって、少し眉をひそめた。
「オプションはなしか。しかし、かなり広い部屋を借りたな。模擬戦をするにも二人じゃあ広すぎないか?」
「これぐらいの広さがいい。ところで少し壊すかもしれないけどいい?」
「ああ、構わねえよ」受付の男性は頷いた。
「うちには腕のいい修繕師がいるからな。どれだけ壊しても五分で完全復元だ」
一拍おいて、
「それも含めてのこのレンタル料金だ。あと模擬専用の武具も常備してるが、獣殻を使ってもいいぞ。治癒術のエキスパートも常勤しているからな。死なねえ程度になら気にせずに暴れてくれても大丈夫さ」
「……ん。ありがとう」
沙夜は礼を告げる。
「え? ちょっと待って。石神さん?」
それに対し、悠樹は動揺していた。
「まさかこれから訓練するの? もしかして僕と?」
「……ん。そう」
悠樹の幼馴染は振り返って首肯した。
「あなたに事情があるのは分かった。けど、私はまだ確かめていない」
一拍おいて、
「あなたの本質を。それは刃を重ねて確かめてみる」
「えええ……」
悠樹は思わず目を瞬かせるが、すぐに思い出す。
そうだった。彼女はこういう脳筋的な思考をすることが多かった。
(とりあえず刃を交えて相手を知ろうとしてたっけ)
まさしく生粋の武門の令嬢だった。
そして彼女は常勝不敗でもある。
石神家の分家の中には、そんな彼女に心酔する者もいるほどだ。
(そういえば、仙石さんとかもそうだっけ)
比較的に年齢が近かった同じ分家筋の男性を思い出す。あまり親しくはなかったが、沙夜と一緒にいると、いつも凄い目で睨まれていた記憶があった。
そんな感じでつい昔を懐かしんでいる間にも、
「時間は一時間でOKか?」
「……ん。それでいい」
沙夜は黙々とレンタルのやり取りを進めていた。
悠樹は少し困っていたが、
(けど、これもいいかな)
そう考える。
結局のところ、ただの模擬戦なのだ。そこまで大層に構える必要はない。
(今の沙夜ちゃんの実力も気になるし)
あれから二年半。
自ら望んだことではないが、幾度となく死線は潜り抜けてきた。
すべてを失ったあの日から、自分はただの一度たりとて負けていない。
敗北の先に待つものは死だったからだ。
大和が生かしてくれたこの命だ。絶対に奪わせてなるものか。
何より自分が負けてしまえば、由良の命まで危うくなってしまう。
(だから、僕は誰にも負けてはいけないんだ)
心にそう誓っていた。
そして今、記憶の中にある最強の少女が目の前にいる。あの頃の悠樹はまだ霊獣と契約していなかったとはいえ、結局、彼女には一度も勝つことは出来なかった。
果たして、自分はどこまで彼女に近づけたのだろうか。
それを確かめてみたいとも思った。
(よし)
悠樹は心を決めた。
「レンタルできた。行こう」
と、沙夜が告げる。悠樹は頷いた。
二人は歩き出す。沙夜は教えられた壁に手を触れて霊力を流した。
再び扉が現れる。訓練場に直に通じる扉だ。
その奥は全方位をコンクリートで覆われた殺風景な部屋だった。しかし広さや高さは相当にある。学園の体育館並みの広さだ。
「霊獣は使う。刃引きはするから。あなたも使って」
そう告げて沙夜は歩きながら、獣殻を纏った。両足に灰色の東洋具足。両手には手斧を握っている。沙夜の契約霊獣。大熊の霊獣・《兜》の力を顕現したのだ。
(……霊獣か)
悠樹は一瞬だけ躊躇った。
悠樹の霊獣は《大和》だ。すなわち沙夜の実の兄である。
部分顕現だが、その姿はすでに一度見られている。けれど、まさかこんな場所で改めて三人が揃うとは思ってもいなかった。
(……大和。沙夜ちゃんと再会したよ)
悠樹は心の中で親友に語り掛けつつ、右腕に黒い獣殻の籠手を纏った。その手には一振りの刀が握られている。
「僕も刃引きしたよ。これで霊塵を突破することはないはずだ」
悠樹はゆっくりと訓練場の中央に歩き出す。
「始めよう。石神さん」
「……ん。分かった」
彼女も中央へと進み、足を止めて振り返った。
「全力で来て。それと始める前に言っておく」
「……? 何を?」
眉根を寄せる悠樹に、沙夜はこんなことを告げるのであった。
「あなたは私の空洞を埋められる? もしもそれが出来たのなら、あなたに私のすべてを上げてもいい」




