第三章 今日からあなたは②
店内は空いていた。
元々平日でこそ混む店だった。休日はチェーン店の人気がある。
だからこそ落ち着く店でもあった。
悠樹と沙夜は空いている席に案内されて座った。
悠樹はホットコーヒー。沙夜はチョコレートパフェを注文した。
ややあって注文品は届いた。
悠樹はコーヒーを口にしながら、沙夜を見やる。
(変わらないな。沙夜ちゃんは)
沙夜はチョコレートパフェをスプーンで口に運んでいた。
彼女はあまり大口を開けない。けれど結構な量を食べるのだ。溢れそうな量をひと掬いで口に運び、ずっとモグモグと口を動かし続ける。まるで小動物のようだ。
そうして食べ終わった時は、いつも口元をちょっと汚しているのだ。今もチョコレートクリームが口元についていた。
悠樹は備え付きの紙製ナプキンを手に取って、
「石神さん」
彼女に手渡そうとした。
すると、沙夜は、「……ん」とあごを軽く上げてきた。
悠樹は「仕方がないなぁ」と苦笑を浮かべると、おもむろに腰を上げて、彼女の口元を拭って上げた。柔らかな唇にも触れて、沙夜が小さく声を零す。まるでそれが当然であるかのような流れだった。悠樹にしても沙夜にしてもだ。
事実、かつての頃はいつもこういったやり取りをしていた。しかし、今回はやってから、悠樹は「あ」と呟き、沙夜は微かに頬を赤らめていた。
「……あなたは」ポツリと沙夜が呟く。「面倒見がいい」
「ご、ごめん。つい」
「……つい? 鳳さんにもいつもしてるの?」
「い、いや。由良にこんなことはしたことないよ」
「御門さんには? 彼女もあなたとは親しそうだった」
「いやいや。流石にないよ。彼女は友達だし」
「……そう」沙夜は瞳を細めた。
「私は別にいいけど、他の人にはしない方がいい」
「う、うん。分かった。気を付けるよ」
悠樹は頷いた。沙夜も首肯する。
「……ん。今後は私にだけしたらいい」
「え? あ、うん」これにも悠樹は頷いた。
数秒ほど沈黙が二人の間に降りる。と、
「そろそろ本題に入る」
沙夜はそう切り出した。悠樹は「う、うん。そうだね」と首肯した。
「まずセクハラの件はもういい。それはもう許してる」
「あ、はい。本当にすみませんでした」
悠樹はテーブルに手をついて深々と頭を下げた。
沙夜は「気にしてない」と答えてから、
「問題はあなたが使った技。どうしてあなたが石神家の斧武術を使えたの?」
「えっと、それは……」
悠樹は少し言葉を考えた。
「実は僕、孤児なんだ。僕は両親を知らないんだ」
少しだけ嘘だ。正確には悠樹を両親が知らないだった。
「子供の頃にいなくなってね。だから僕の技はほぼ独学なんだ」
「……そうなの?」沙夜は小首を傾げた。
「基本的な型は完璧に出来てた。とても独学には見えない」
「そこは色んな鬼狩りを見て憶えたんだ。僕は学生だけど、はぐれの鬼狩りでもあるんだ。だから独学というより寄せ集めなのかな」
悠樹はそう語る。これは全くの嘘ではない。
基礎こそ都築家から習ったが、その後は様々な鬼狩から見て学んだ。
由良を筆頭に、それに関してはとても勉強になったと思う。獣殻を使った戦闘を基本としつつ、独自の術式を使うような人もいた。
「あの技は色々と試行錯誤している内に出来るようになったんだ。たぶん、石神さんの技とは似て違うモノだと思うよ」
出来るだけ真剣な表情で嘘をつく。
心が痛むが、真実を話す訳にもいかない。その覚悟もまだ出来ていない。
しかし、沙夜はそんな悠樹を見つめて、
「嘘が八割。本当が二割」
そう言い当てた。悠樹は反射的に「うぐっ!」と呻いた。
「嘘をつく時は本当のことも混ぜて言うのがいいけど、ちょっと嘘の割合が多い」
「え、えっと、それは……」
悠樹は口籠ってしまった。流石は沙夜だ。見抜かれてしまっている。
(昔から沙夜ちゃんを誤魔化せたことなんてないからな……)
手詰まりになって、悠樹は相当に困ってしまった。
すると、
「別にいい」
沙夜がそう告げた。
「あなたが嘘をつくのは理由がある気がする。きっと言えない理由」
「……石神さん」
「なら無理に聞かない。あなたが話してくれる時まで待つ」
幼馴染はそう言ってくれた。
悠樹としては泣き出したい気分だった。
「ありがとう。石神さん」
今はただ、感謝を告げる。
いつ話せるようになるかはまだ分からない。
けれど、いつかはきっと、彼女にはすべてを話そうと心に決めた。
大和のことを。自分のことを。
話しても信じてもらえないかもしれない。
それでも、かつて彼女にはお兄さんがいたこと。そして、彼は今も悠樹の傍に寄り添い、共に戦ってくれていることを伝えようと思った。
(そのためにも、僕はこれからも生き延びるんだ)
テーブルの下で悠樹は拳を強く固めた。
幼馴染の前で、改めて《七天祭器》の奪取を決意した。
そして、必ず今の運命を切り開く覚悟を決めた。
と、その時だった。
「……だけど」
沙夜は悠樹を見つめて呟く。
「代わりにあなたにお願いしたいことがある」
「うん。いいよ。何かな?」
これもごく自然に悠樹は受け答えしていた。もはや条件反射レベルでお願いを聞く姿勢だ。思い出の有無も関係なく、悠樹は沙夜に甘々だった。
一方、沙夜は「……ん」と頷き、
「これから連れて行って欲しい場所がある」
そう告げた。悠樹は「うん。いいよ」と応えた。
「どこに行きたいの? 石神さん」
「……ん。私は」
一拍おいて、彼女はこう願う。
「これから《影門館》に行きたい」




