18足目 地底人と靴下
「地底人?」
突然出てきた言葉に困惑する。
「ええ。馴染みがないかもしれないけれど。」
馴染みがあってたまるか。
だが最近地底人について書かれていた本を読んだばかりだし、冗談交じりに質問でもしてみよう。
「もしかして...地底人エナトスって呼ばれてたりする?」
「!? その通りだけど...何故知っているのかしら。世間一般的に認知されてないハズよ?」
訝しむような視線を浴びる。
こいつ本気で言ってるんだよな?
「本?絵本みたいなので読んだんだけど...」
「本!?地上への持ち込みは禁止されてるんだけど!いや、そもそも地上に持ち出されたからと言って読めやしないはず...」
「日本語で書いてあったけど」
「なによそれ!じゃあ誰かが翻訳したって言うの?」
「めぐるちゃん、どうどう」
いつの間にか傍に来ていた店長さんが口切をなだめる。
「私は馬じゃありません!...すみません取り乱しました。」
「誰かが翻訳したか、それとも地上に来ているエナトスが書いてしまったか、でしょうね〜。」
口切の様子からすると一大事のようだが、店長さんはいつも通りだ。
「ちなみに百束くん、その本はどちらで読まれたんですか〜?」
「小春が小学校で借りてきて...」
「小学校に所蔵されていたということでしょうか〜?」
「多分。そのあたりは小春に聞いてみないとよく分かりません。」
「そっか〜、じゃあまた今度小春ちゃんとお話させてほしいな〜。」
「わかりました。」
「店長、そんなに悠長にしてていいんですか?もし地上に拡散されてしまったら...」
「大丈夫、こっちには作り話がたくさんあるから。その一部として片付けられて、話題にもならないと思うわ〜。」
「えっ?そういうものですか...?」
「そうよ〜。それよりも、今は百束くんとお話してる最中でしょう?」
ニコリと笑うと、店長さんはまたテーブルを離れていってしまった。
それを見送ったあと、バツの悪そうな顔でこちらを見る口切。
「悪かったわね。でも地底人についての本を読んだってことは、他のことも知ってるんじゃないの?」
知っていることか...。
頭をひねって読んだものを思い出す。
「あと知ってる事と言えば、地球が空洞で、神様が眠ってて、大きな木があることくらいか」
「...そう...。」
少し葛藤する様子を見せたが、頭を振って再びこちらを見る。
「今、地底ではその大きな木、テリコプロトスのことで問題が起きているの。」
まさかとは思うが枯れかけてるとか言うんじゃないだろうな。
「問題って?」
「枯れかけているの。」
当たってしまった。確かテリコプロトスが枯れた時、世界も滅ぶって書いてあったような気がするんだが...。
「そうなのか...」
「テリコプロトスの元気がなくなるなんて、私達の歴史が始まって以来一度もなかった。そこで私達はあの木の調査に踏み切った。」
「そうしたら」
「そうしたら?」
「木全体から、とある粒子を放出していることが分かったわ。ピストスって名付けられたそれは、地底ではテリコプロトスからしか採取できなかった。」
「そこで私達はテリコプロトスを元に戻すため、その手がかりを得るために地上へ上がってきたのよ」
「それが俺の靴下とどういう関係があるんだ?」
「...あなたの靴下からピストスが検出されたの、こっちとしても不本意だけど。」
鞄から何かを取り出す口切。手のひらサイズのそれは、キレイな四角錐に見える。頂点の近くには眼があるようだ。
「小さいピラミッドか?クララが以前見せてくれたオーパーツ図鑑にも似たような物があった気がする。」
「オーパーツって呼ばれてるのはただのレプリカ達よ。地上に上がったエナトスが模倣したんじゃないかって地底内で事件になったらしいわ。」
今聞いたことを伝えたらクララは大混乱するんだろうなぁ。
できないけど。
ピラミッドを撫でていた口切がそのまま頂点をグッと押しこむと、何やら全体が青白く光り始めた。
やがて眼の部分に集まった光が直線となり、俺の足元へと伸びてきた。
「うわ!なにこれ!」
「昔、地底で採掘に使われていた機械をアレンジしたもの、だそうよ。分かりやすく言えばピストス探知機ね。」
「つまり、今この足に光が当たってるのはピストスを感知してるからなのか」
「そういうこと。」
地底の技術すごいな。他にも超技術みたいなものが眠っているのだろうか。
「俺の靴下を狙った理由は分かったけど、何で最初から話し合いって方法を取らなかったんだ?」
「それは...」
口ごもってしまった。ピラミッドから伸びていた光も小さく消えていく様は口切の感情と連動しているように見えた。
「ラフタラ、つまりあなたたち地上人のことが嫌いなの」
やっぱりというべきか。そんな気はしていた。
学校でクラスの人間と距離を取っていた、というのもそれが理由だろう。
「なにか嫌いな理由があるのか?」
「靴下なんていう蒸れるばかりで不衛生なものを好んではくっていうのがまず1つ...いえ、この話は今必要ないわね。」
「とにかく。現状あなたからしかピストスが採取できないの。」
「靴下以外にやり方はないのか?」
「あるにはあるわよ。私達のために研究材料として地底へ来てくれれば――」
「却下!」
地底人のモルモットにされるってことだよな?命まで取られかねない、恐ろしすぎる。
「店長にも同じことを言われたわ。まぁ私もラフタラを直接地底に入れたくないし、しょうがないわよね。」
ありがとう店長さん...まともな人でよかった。
「それで?協力してくれるのかしら?」
「条件次第かな。」
「なによ?1つくらいなら聞いてあげる。」
「俺の許可無く靴下を持ち去ったりしないでくれ。あと渡した分の靴下はちゃんと支給してくれ。」
「1つって言ったのに...まぁいいわ、それで使命を果たせるなら。」
「使命ね。ちなみに絵本には『木が枯れたら地球が滅ぶ』って書いてあったけど...」
「エナトスの伝承と同じね。あなたも滅びたくなかったらちゃんと協力しないとね」
貼り付けた笑顔。世迷言だと思いたいが冗談で言っているわけでもなさそうだ。
「わかった、これからよろしくな。」
「案外あっさり承諾するわね。そもそも地底人なんて言ってすぐ信用しちゃうの?」
「信じるしかないだろ、疑ってる部分も確かにあるけど。」
トラブルをこれ以上増やしたくないんですよ。言うこと聞いてた方がまだ円滑に話が進むと思ったまでだ。
「ふ〜ん。ま、それじゃあよろしくね」
握手をしようと手を出す。
「...しないわよ?それよりも」
悲しいなぁ、と思いながら手を引っ込める。
「...なんだ?」
「今日の分の靴下置いてって?」
早速かよ。慈悲もない。
ジロジロと見られながら靴下を脱ぐのが恥ずかしい。
「あんまり見つめないでもらえると助かる...」
「はぁ?見つめてなんかないわよ!」
そういって顔をそらす口切。やっぱり見てたんじゃないか。
「ほら、脱いだぞ」
「ありがと」
そういって口切りはトングと袋を鞄から取り出した。
「そんなに汚物扱いしなくてもよくない?」
「汚物は汚物よ、そんなもの触ったり嗅いだりするのは物好きくらいね。」
そういってトングで俺の靴下をつまみ、袋へと入れる。
「まぁ、でもあなたも災難よね。あんな物好きの変態につきまとわれて」
「ん?誰のことだ?」
「あの青水って変態、あなたの靴下を嗅いで興奮してるんでしょ?聞いちゃった。」
「何でそんなこと知ってるんだ...。お前やっぱり尾行とかしてたんじゃないだろうな?」
「たまたまよ!たまたま通りがかったら聞こえてきちゃったのよね〜!」
白々しいなこいつ。
でも俺の容疑は晴れたのか?だから変態呼ばわりも無くなったのか。
「頼むからあんなやつに靴下取られないでよね。下手したら地球が滅んじゃうんだから。」
「めぐるちゃん、そろそろいいかしら?」
店長さんが姿を見せる。
「はい店長、ありがとうございました。なんとか協力を取り付けることに成功しました。」
姿勢を正した口切が報告口調で答えた。
「そう、よかった。百束くんもありがとう。一緒に地球を守りましょうね〜。」
地球を守る、か。そう言われるとなんだか不思議な気分だ。
「はい。やっぱり店長さんもエナトス...なんですか?」
「馬鹿!この方は――」
「めぐるちゃん、いいんですよ〜。」
口をふさがれた口切がムームーと抗議しているが店長さんはおかまいなしだ。
「私もエナトスです。地球を守るため、地上に拠点を立てて活動し始めてみたんですよ〜。」
「そうだったんですね...」
「はい〜。さて、じゃあ早速ですが先程いただいた靴下を頂戴しますね〜。」
「どうぞ」
そういって靴下の入った袋を差し出す口切。それを店長さんがそっと受け取った。
「これからこの靴下を地底へと転送します。もしよければご覧になりますか?」
「店長〜〜?!」
口切は不満タラタラのようだが、店長さんが良いと言っている以上強く出れないらしい。
「お願いします。」
せっかくだから自分の靴下がどうなってしまうのかを見届けよう。
案内されてカウンターの中へ入ると、店長さんが何やらスイッチを押したらしい。ニュインという機械音とともに、地下へと続く階段があらわれた。
ここを降りていたから店長さんがカウンターへ沈んでいくように見えたんだなぁとしみじみ思う。
「こちらです〜」
店長さんの後を追って緩やかな螺旋階段を降りていくと、教室1つ分程度の割と広い部屋にたどり着いた。
おびただしい数のコードやモニターが部屋中に設置されている。冷蔵庫やベッドなどの家具が設置されているところを見るに、寝泊まりもできるようだ。
だが、何より目を引くのが部屋の片隅に鎮座している大きい機械。
「あれは...?」
「目ざといですね〜。アレが百束くんの靴下を地底へと転送する自慢の装置なんです〜。」




