17足目 青水と靴下
今こいつは何故靴を嗅いでいる?誰の靴だ?洗面所?
目の前の出来事に脳が追いつかない。
「言ったはずよミスター、あなたの靴下を研究させてもらいたいと」
「冗談だと思うだろ普通は!」
「冗談も言うけど、本当のことしか言わないわ。あなたの靴下が消える理由を探したいといったのも半分は本当よ」
「...じゃあまずその手を降ろしてくれ、嗅ぐのをやめろ」
「ふぅ、しょうがないわね」
手を降ろす青水。
「それで?何が聞きたいのかしら」
「何をしていたのか、混乱した頭でも分かるよう簡単に説明してくれ。」
「ミスターの靴を嗅いでいただけよ」
「嗅ぐ必要があったのか?」
「ええ...といっても分からないわね。話してあげましょう、あの時何が起こったかを」
あの時ってなんだよ。と突っ込みたくなる気持ちを抑え込む。
そのまま黙っていると、青水は遠い目をして話し始めた。
「あれは教室でミスターの靴下、もとい足を嗅いだ瞬間のことよ」
あまり思い出したくなかった事を本人に掘り返された。だが、そのおかげで少し平常心が戻ってきた。
「目一杯息を吸ったあの直後、私は感じたことのない高揚感と言いようのない胸の締めつけを感じたわ」
「やっぱりお前はただの変態だったってことか?」
「話は最後まで聞きなさいミスター。私はあの時確かに恋をしていた。そう――」
「――クララちゃんに!」
「はぁ。」
本当に何を言ってるんだこいつは。
「保健室でクララちゃんに甘えて過ごしていた間、私の心と身体は幸福感に包まれ文字通りとろけそうだった」
「でもその幸福感にも終わりが来たわ」
「高ぶりや興奮が突然消えて、一気に恥ずかしさが込み上げてきたわ」
「それで逃げたのか?」
「ええ。体力で勝てるはずがないからすぐ隠れたわ」
「そうか...俺の靴下を研究したいって言ってたのは?」
「あの興奮は一体なんだったのか知りたかったの。もう一度味わえるかも、と思って靴を嗅いでみたけど何ともないわね」
「ろくでもない理由だな、何よりその現象を信じられないし。」
「やっぱり靴下じゃないとダメなのかしら?」
聞いていないし反省もゼロだ。
第一、口切という犯人が出てきている時点で研究も何もない。
「もうやめていいぞ。研究なんてしなくていい。」
「じゃあ、あの気持ちの昂りと靴下の紛失が結びついているとしたら?」
「え?」
「もしかしたらあなたの足に、何か秘密があるんじゃないかしら」
俺の靴下だから持っていく。俺の靴下は何に使われている?
いまいち信用ならないが、少しぐらいならこいつの話を聞いてもいいか。
「その話――」
――リビングの扉が勢いよく開いた。
「にいちゃん!あおみー!ゲームやらないの?」
「ふふ、遊びましょうか」
「もう準備できてるよ!」
タイミングが悪すぎる。もう少しこの変態に話を聞きたかったがしょうがないだろう。
「おあずけね、ミスター」
そういうと靴を置き、リビングに戻っていく青水。その後ろをついていく。
「ひなちゃんどこ行ってたんでスか?」
「ちょっと野暮用よ」
「「「そっかぁ」」」
誤魔化し方が適当すぎるだろ。3人もそれで納得するな。
その後は皆でボードゲームを楽しんだのだが、あまり集中できず惨敗に終わってしまった。
「また来てね〜!」
「おう!またすぐ遊びに来るぜ」
「またお邪魔しまスね!あと3巻についても聞いておいてもらえると嬉しいデす!」
「うん、ぬんちゃんに聞いてみるね!」
「私はそのぬんちゃんという子に会ってみたいわ」
「うーーーん?」
横を向いて考え込んでしまう小春。
「そのうちね!」
「楽しみにしてるわ」
小春との話が終わったあと、顔を寄せてくる青水。
「ミスター、次は靴下もよろしくね」
「嗅がせたりしないからな?」
オカ研2人に早く口切のことを説明しないままだと厄介だ。というより、青水が何をしでかすかわからない。
いち早く説明するため、明日にでも話を聞こうと決心した。
次の日、朝の水やりを終えて教室へ向かう途中で口切を見つけたので駆け寄る。
「口切、おはよう。」
「...説明してあげるわ。店長に言われたから。」
「話が早くて助かる。今日どこかで時間取れるか?」
「放課後、エナトスに行きましょう。そこで話すわ。」
「わかった。」
俺が返事をするとふいっと先へ行ってしまう。
ひとまず約束は取りつけた。
エナトスで話すなら、店長さんもいるし暴れたりはしないだろう。
放課後が待ち遠しい。そう思いながら自分の教室へと向かった。
昼休み。俺はキバちゃんに呼び出されていた。
「で?靴下はどうなった?」
「あ〜、その。解決しました。」
「どういうことだ?見つかったのか?」
「靴下は見つかっていないんですが、犯人が見つかったというか。」
「犯人?やっぱり嫌がらせ...だったのか?」
「あ、そういう類ではないみたいなんですが」
「まるで意味がわからんぞ。生徒の名前は出せないのか?」
どう説明したものか。そもそも今日話を聞く予定だったので、またしてもタイミングが悪い。
「えーっと、和解しました!なので通報みたいなこともしなくていいかな〜〜。ということでどうでしょう...?」
それを聞いてフッと表情を緩めるキバちゃん。
これはわかってもらえたか?
「...百束、そいつに脅されてたりとかしないか?話していいんだぞ、先生はお前の味方だ」
キ、キバちゃん...!なんて優しい顔をするんだ。
「先生、本当に大丈夫です。」
キバちゃんには言えないが、もう強奪されるようなこともないだろうからな。
「そうか、ならいい。」
先程までの優しい表情はどこへやら。いつもの気だるげな顔に戻ってしまった。
「犯人のこと、本当に話さなくていいのか?教師としては知っておきたいし、警戒も指導もできるんだが。」
「はい。大丈夫です、ありがとうございます。」
「なら今日の話は終わりだ。今回の一件でまた何かあったら言うんだぞ?」
「わかりました!」
生徒指導室を出ると、廊下の角を曲がっていく口切の背中が見えた。
この階に用事でもあったんだろうか。
ふと、昨日番長の言っていた言葉が頭をよぎる。
...外から話を聞いていたのか?これまでもああやって俺をつけ回していた?まさかなぁ!
鳥肌が立ってきたので考えるのをやめ、念のため別の階段を上がって教室へと戻った。
放課後、隣のクラスに顔を出すが既に口切の姿が見えなかった。
「どうしたモモ?」
教室を見渡していると、鞄を持った番長から声をかけられる。
先日口切の事を聞いた手前、探してると言うのも少し抵抗があるな...。
「番長元気かなぁと思って顔見に来た」
「な!何言ってる!元気だ元気!」
「なんか顔赤くない?」
「余計なお世話だ!じゃあな!」
ズカズカと足早に去って行ってしまった。大丈夫かな。
気を取り直してエナトスへ向かおう。そう意気込み校門を出ると口切が立っていた。
「遅いわね、はやく行きましょ。」
「お、おう。」
先に行ったものだと思っていた。まだ言葉にトゲを感じるが、話はしてくれるみたいで少し安心した。
3.4歩程度離れた後ろに着いて歩いていると、突然振り返る口切。
「...その距離で歩かれると気になるんだけど。」
「すまん。」
どう相手すればいいのか分からない故に、ろくな言葉も返せない。
とりあえず隣に並んでみたが何も言われないということはセーフということなのだろうか?
結局、会話が1つもないままエナトスの前まで到着した。
店内に入ると、珍しく店長さんがカウンターに浮上していた。
「おかえり、めぐるちゃん。百束くんもこんにちは。」
「ただいま戻りました。奥の席借りますね。」
さっさと歩いていく口切。
こんにちは、と返して俺も後に続く。
席につくとこちらの目を真っ直ぐ見る口切。なんとなくたじろいでしまう。
ふう、と息を吐き視線を外された。
「さて、何から話したらいいのかしら。」
スッと2人分のカップがテーブルに置かれる。
「コーヒーでも飲みながら、の方が話しやすいわよ?」
注文の1つもしていなかったが、店長さんが気を利かせて持ってきてくれたようだ。
「ありがとう店長...」
「ありがとうございます」
礼を聞いた店長さんは、ニコリと微笑んでカウンターへと戻っていった。
淹れたてのコーヒーをひと口いただく。以前飲んだ時と同じ香りと味だ。
「美味しいな」
ついポロッと口から出てしまった。
マズかったか?と思い、口切をちらりと見る。どうやら向こうも一口目の余韻を楽しんでいるようだった。
「うん、本当に。」
口切がここまで落ち着いた顔を見せたのは初めてだ。
少し嬉しかったがまだ油断はできない、気持ちを引き締める。
「...じゃあ、まずは自己紹介でもしましょうか。」
「あ、ああ?」
そこからか。まぁ互いに何も知らないのは確かだが、少し拍子抜けだ。
「何よ?まずはここからでしょ?」
「なんでもない、よろしく頼む。」
「...まぁいいわ。私の名前は口切めぐる。あなた達にわかりやすく言うところの『地底人』よ。」




