11足目 ロッカーと靴下
更衣室で着替えを済ませ、ポケットに靴下をねじ込む。
犯人(?)の顔バレもしているが、念の為持ち歩こう。
数日前種まきをしたのとは別の畑にいた番長にかける。
こちらの畑は既に野菜の丈も伸び始め、収穫に向けた準備が着々と進んでいる。
「よう。おつかれ番長。」
「よ。もう昼飯食ったのか?」
ハサミを持ったまま手を上げて返してくれる番長。どうやら葉かきをしていたようだ。余計に増えた葉っぱを切ることで野菜が健康に育ってくれるらしい。
「いや、家帰ったら弟と食う予定。俺も一緒にやるよ。」
「ありがたいけどいいのか?弟さん待たせちゃって」
「大丈夫だって。せっかくの半日なんだし、番長も早く帰りたいだろ?」
「お、おう...じゃあお願いしようかな。」
すまん小春。にいちゃんの靴下の為なんだ。
お腹すいたよ〜とすすり泣く小春のイメージを頭から追い出し、番長の近くで作業を始める。
「なぁ番長、口切さんってクラスにいると思うんだけど...どんな人?」
「口切?ほとんど話したことないんだよなぁ。可愛いんだけど男女問わずあたりが強いんだ」
「ふ〜ん」
自分だけに当たりが強い訳ではないということだろうか?
「入学したての頃はみんな話しかけてたんだけどね...特に男子」
「そうなんだな...」
ハッとした顔で番長がこちらを向く番長。
「――モモ、お前まさか口切のこと!?」
「え?違う違う。なんでそうなる。」
手を振って否定する。
とはいえ、番長に靴下の件を話すわけにもいかない。
「実は今日階段でぶつかっちゃってさ。謝ろうと思ったんだけど、まともに取り合ってくれなくて」
「ぶつかった、って身体は大丈夫なのか?」
驚いていたと思ったら今度は心配そうに尋ねてくる番長。表情がコロコロ変わって面白い。
「未だにズキズキするけど多分大丈夫かな?どうなってる?」
前髪を持ち上げて額を見せる。
「うわ!痛くないのかそれ!」
「え?何その反応」
あわあわとポーチから折り畳みの鏡を取り出し、早く見ろと言わんばかりに差し出す番長。
それを受け取り覗き込むと、立派なたんこぶになっていた。
「マジか。道理で痛いわけだよ」
「見てるだけで痛いから早く髪をおろしてくれ...」
言われた通りに前髪を下ろし、番長に鏡を返す。
「ここはいいから保健室で湿布貼ってもらってこいよ|
シッシッと手で追い払われる。
「すまん、いってくる。」
「あら、まだなにか用事?」
「今度は湿布を貰いに来ました。」
前髪を上げて額を見せる。
「あらあら、おでことおでこでぶつかっちゃったのね」
クスクスと笑う先生。どうやら口切もおでこに湿布を貼ったようだ。
湿布を貰い、鏡を見ながら自分で貼る。
「あ〜冷たい」
「もっと早く言ってくれればよかったのに。」
「さっきはたんこぶができてるなんて思ってなかったので...」
ハハハ、と乾いた笑いを返す。
「そういえば口切さん、まだ校内に居たわよ。さっき部活棟の方へ向かっていったのを見たわ。」
「ホントですか!もし見かけたら声かけてみます!」
ありがとうございました、と保健室を後にする。
畑に戻ると既に番長は作業を終え、片付けも終わりかけ、というところだった。
「ただいま、ほとんど手伝えなくてごめん!」
「いいっていいって。弟さんも早く帰ってきてほしいだろうし」
「先輩たちは?」
「今日は花壇と畑をサッとみて帰ったよ。」
「そっか、もうほとんど仕事なしか。」
「今のところはね。またそれまでゆっくり様子見だ」
園芸部の活動はその日による。草むしりや害虫駆除といった細かい作業が済んでいれば、ほとんど何もせず解散ということもままあることらしい。
「さて、今日は用事もあるし帰るぜ!」
腕を上げ、身体をグーッと伸ばしながら言う番長。
「次は週明けかな?」
「多分な。何かあれば園芸部のグループKINEで話が飛んでくるよ」
「それもそうだなぁ。んじゃまたな」
「またな〜」
更衣室へ入りロッカーを開ける。
小春の胃を待たせてるだろうから早く帰らないと。
ポケットに入れておいた靴下を取り出し、長椅子へと両足分を並べた。...両足分?
「おお?今日はポケットに入れておいても無事だった!」
5日目にして初めてのことだ。当たり前のことなのだが妙に嬉しい。
恐らく犯人であろう口切も、流石にバレた当日には事を起こしたりはしないか。そもそもどうやって奪われてるかも分からないままなんだが。
今日はお祝いに赤飯でも炊くか?そんなアホなことを考えながら鼻歌交じりに着替えを始める。
履いていた靴下を脱ぐと、少し屈んで汚れもの袋に入れた。
バタン。
ロッカーの閉まる音がした。隣室で誰かが着替えているのだろうか。中途半端な時間だし、運動部にしては珍しいな。
元の靴下を履くべく、長椅子の上に目を移すと――わざわざ並べておいたはずの靴下が片方しか乗っていなかった。
「は?」
靴下から目を離してから1分と経っていない。落ちてしまったんだろう。
そうは思いつつも、もしやという気持ちが拭えない。
おそるおそる長椅子の下を覗き込むが――靴下はなかった。
「俺の靴下が...。片方...ない。」
なんで?今の今まであったのに消える?どこかに口切が隠れてるのか?
「おい口切、いるのはわかってるんだぞ。今すぐ返せ。」
...
そう言ってはみたものの、返ってきたのは静寂。
いるわけないか。まぁ疑いが強いってだけで犯人と決まったわけじゃないし。
「そもそも男子更衣室に入ってきて靴下取っていくやつの方が変態かってね、ははは!」
ガン!ゴン!
その時、すぐ近くのロッカーから何かがぶつかったような鈍い物音がした。
「うぉっビックリした」
「...ぃ〜〜〜〜...」
なんだ?何か聞こえたような。
まさか本当にいるのか?
音の聞こえた気がするロッカーの前に立つ。このロッカー鍵が挿さりっぱなしだ。持ち主には悪いが少し中を見せてもらおう...。
意を決して扉を開けると、口切が額を押さえてうずくまっていた。
「マジでいることあるんだ...」
思ったことがつい口に出てしまった。
「こ、の...!」
「ごめ――」
立ち上がる口切。
また罵られるのか!と見構える。
が、立ち上がった口切は足元のカバンで体勢を崩し、そのままこちらに倒れ込んできた。
何が起きたんだ?ロッカーを開けたら口切が飛び出してきて、俺に向かって倒れてきて...いい匂いがして――。
何か頬をペチベチと叩かれているような...ん?ビターチョコのようで花のような、品のある落ち着いた甘い香りがする。
「はっ!?」
「あっ!?」
気を失っていたのだろうか。目を開けると、口切が驚いたような表情で俺の顔を覗きこんでいた。
目が合うとバッと離れる口切。キレイに結われたボルドーのツインテールがさらりと流れた。
どうやら倒れた拍子に長椅子で後頭部を打ってしまったようだ。後頭部が少し痛む。
「お、おはよう。」
「...起きたわね。私はもう行くから」
そういってカバンを掴み、更衣室を出ていこうとする。
「ちょっとまて、聞きたいことが...っいててて!」
「私は暇じゃないの。また協力してね、変態さん。」
更衣室の扉が閉まる。
諦めてむくりと身体を起こし、靴下を確認する。
ない。今日履いていた片靴下と取り返した筈の片靴下。
加えてハンカチも持って帰ったらしい。
「はぁ、まさか強奪されるとは思わなかったな。」
だが犯人はこれで決まりだ。
「見とけよ変態。お前の悪事を暴いて取られた靴下を全部弁償してもらうからな...!!」
俺はスペアで持ってきておいた靴下を履きながら、口切めぐるに対しての闘争心を燃やすのであった。




