10足目 口切めぐると靴下
「「えっ」」
時すでに遅し。ゴッ!という音が聞こえる程に強くお互いの額をぶつけ、尻もちをついてしまう。
「いっっったぁ...!!すいませ――」
100%俺が悪い。すぐに謝ろうと前を見ると、階段に座るように倒れこんだ女子生徒の姿があった。
「だ、大丈夫!?もしもし、聞こえてる?!」
ズキズキと痛む額を押さえながら、肩を揺すって話しかける。気絶とかしてないよな。
「――たい」
よかった、意識はあるみたいだ。
「完全に俺の不注意だ、本当にごめん。立てそうか?」
パシッ。
手が払われる。額を押さえながらこちらを涙目で睨みつけてくる彼女。
「さわらないでよこの変態...!!」
「あ、ごめん!心配でつい」
へ、変態!?たしかに正面から衝突したけど変態呼ばわりされるようなことは何も――
「なにが心配よ、私にその汚らわしい靴下を嗅がせようとしたんじゃないの!?」
「え?」
目線を足元に移す。気がつくと上履きが片方脱げていた。尻餅をついた際に脱げてしまったんだろうか。
でも、何故『嗅がせる』って話が出てきたんだ?もしや――
「君もしかして...」
「は、話しかけないでよ変態!」
昨日の教室での出来事を見ていたのか聞こうとしてみたが、取り付く島もない。
立ち上がろとした彼女だったが、ふらついてまたしゃがみこんでしまう。このまま踊り場に置いていくのは危ないだろう。
「ほんとに悪かった、保健室まで送るから」
「こ、こないでよ!やだ!」
彼女は自身のポケットから何かを出し、こちらに向かって投げつけてきた。
「うわ!なんだ!?」
とっさにキャッチしてしまったが、これは――靴下?ジッパー付きの袋に入れられている。
「あ゛!!」
「なんだ?この靴下?」
まじまじと見てしまう。これ、片方しか入ってないのか。
...靴下が、片方だけ?
俺の中で何かが繋がっていく。
「返してよ変態!」
手を伸ばす彼女だったが、立ち上がれない以上は届かない。
聞きたいことはあるが、今はとりあえず保健室に連れて行こう。
身体を支えるために、投げつけられた袋をポケットへとしまいこむ。
「ほら、肩貸すから。そんな状態じゃ一人で歩けないだろうし。」
差し出した手をじっと睨まれる。逡巡したあと、諦めたようにため息をつき手を取った。
お互い無言のまま階段を降りる。保健室のある1階につくと彼女が不機嫌そうに口を開いた。
「靴下返して」
自分の靴下だという確証はない。だが、
「さっきの...お前の靴下か?なんで袋になんか入れて――」
「...詮索しないでくれる?ほんと最悪」
「ごめん」
ギスギスとした雰囲気のまま保健室の前に到着する。
ドアをノックしてみるが、中からの返事はなかった。
「失礼しまーす」
ガラガラと扉を開けると、机の上には先生不在を知らせる札が立っていた。
「もういいから放して」
「お、おう。ごめん」
フラフラとベッドに向かい、ポスンと座り込んだ彼女がこちらを見て手を伸ばす。
「さぁ、早く返して」
「...分かったよ」
ポケットの中に入れた袋を取り出すと、一緒に何かが出てきて落ちた。
あ。ハンカチ入れっぱなしにしてたの忘れてた。
ひょいっと拾い上げると、それを見ていた彼女が声を上げる。
「あーーー!私のハンカチ!!いたたた...」
自分で出した声が響いたのか、頭を押さえている。
――え?『私の』?
「もしかしてお前なのか?俺の靴下を持っていくストーカーは!」
「はぁ?ストーカー!?私はただ――」
「おーい、保健室で何を騒いでるんだ」
振り返るとキバちゃんが扉から顔を出して冷めた表情でこちらをみていた。
「百束?何してるんだ?その手に持っている靴下は...?」
目を細めてうーむと考えるキバちゃん。
「お前まさかまた女子生徒に!!」
「ち、違います誤解です!失礼しました!!」
「おい百束!待て!」
キバちゃんの横をすり抜けて、制止を振り切り教室へと戻った。つい持ってきてしまった彼女のハンカチを靴下と一緒に再びポケットへとしまいこむ。
教室に戻った俺は授業中だった先生へ、呼び出された旨を説明して席に着く。
つい逃げてきてしまったが、また放課後に呼び出されそうだな...なんと説明すればよいだろうか。
いや、それよりも。あの女子が俺の靴下を取っていた犯人だったんだよな。
でも、ストーカーって感じでもなかった。嫌悪感がダダ漏れだったし。
考えても動機や目的が見えてこない。犯人がわかった以上、本人に聞く他ないだろう。
何から聞くべきか、どうしたらまともに話をしてもらえるだろうかと頭を悩ませているうちに授業が終わった。
「説教結構長かったんだな」
隣の席から甘太郎が話しかけてくる。
「いや、それが昨日の青水に靴下嗅がせてたところを誰かに見られてたみたいなんだよ」
甘太郎以外に聞こえないよう近づいて答える。
...言葉に出すと改めてとんでもないことをしていたんだなという気持ちで恥ずかしくなる。
「マジ?フヘヒッ」
ケラケラと笑い始める甘太郎。他人事じゃないんだけど。
「笑い事じゃないぞ、この後も呼ばれるかもしれない。なんなら甘太郎が呼ばれてもおかしくない」
「ご愁傷様...え?なんで俺まで?」
「お前もおんなじ場所にいたたろう、同罪だ」
「なんでだよ!俺は一応止めようとしたよな?」
「甘太郎、そんなことより。」
「お?」
「犯人が多分見つかった。」
「マジ!?...多分っていうのは?」
「まだ確証が持てないんだよ。ほぼあの子の仕業なんだけど、本人の口から聞いたわけじゃないし。」
「なんだそれ。ハッキリしないな。」
「本人に直接聞いてみるつもりだ」
「直接!?ストーカーだろ?大丈夫なのか?」
「うーん、話した感じあんまりストーカーのようには見えなかったんだよなぁ。どっちかというと嫌悪感丸出しだったし」
「え?じゃあ嫌がらせの線が濃厚だったってことか?」
「それも分からない。話してくれるかは分からないけどまぁ大丈夫だと思う」
「その根拠のない自信はどこから来てるんだよ...相手はどんなやつだったんだ?」
「女子、だったけど。クラスとかは分からん。」
スン、と真顔でこちらをみつめる甘太郎。
「可愛かったか?」
「...まぁ整った顔で可愛い感じではあったかもしれない」
真顔だった顔がシワシワと悔しそうな顔に変わる。
「お約束なガールミーツボーイ...」
「ねえよ。」
ただでさえ靴下とられて変態扱いされてるんだぞ。
その後ホームルームが終わり、クラスメイト達がガヤガヤと動き出す。
さぁ、声がかけられる前に教室を抜けよう...
「モモくん!」
「うお!クララか。」
名前を呼ばれてつい驚いてしまったが、クララは気に留める様子もなく両手で持った本をスッと差し出した。
「ありがとうございまシた!」
「そうだった、返してもらうの忘れるところだったよ。続きについては弟に聞いたら連絡するよ」
「はい!待ってまスね!」
ニコリと笑うと自分の席に戻っていった。今日もこのあとオカ研の活動があるのだろうか。
「モモ、あとは頑張れよ」
そう言って足早に教室を出ていく甘太郎。巻き込まれないよう逃げたな、薄情者め。
教室前方にチラリと目をやると、腕を組んだままジーッとこちらを見ているキバちゃんがいた。
目が合った――のだが、ため息をつくとそのまま何も言わず教室を出ていった。
助かった...のだろうか?ひとまず追及は免れた。
いや、先生もまだ整理がついてないのかもしれない。
カバンを掴み教室を出る。あの子はまだ保健室にいるだろうか。
保健室のドアをノックし、中へと入る。
「失礼します。」
「あら百束くん、こんにちは。園芸部でケガでもした?」
座っていた保健室の先生が顔を上げてこちらを向く。
「いえ、今日は僕じゃなくて...」
そういってベッドの方を見るが誰も使用していないようだ。
「さっきまで頭痛とかふらつきで女子が寝てませんでしたか?」
「あ、口切さんのこと?」
「あの子、口切っていうんですね」
「あら?友達って訳じゃなさそう、訳ありかな?」
「え、ええ。階段でぶつかってしまって...」
「お見舞いに来てくれたのね。でも彼女なら授業終わりに教室へ戻ったわよ。」
「そうでしたか...。あの、クラスとか教えてもらえませんか?あらためて謝りたいと思いまして」
「口切めぐるさん、柿迫さんと同じ1年3組よ。あなたの隣のクラスね。」
え?そんなに近くにいたのか。それなら番長が何か知っているかもしれない。
「ありがとうございました、失礼しました!」
保健室を出る。早速番長に口切さんのことを聞いてみようと部活へと向かった。




