第8話「終わらない一日」
夕方まで、ジョーは医療班を手伝っていた。全員、快方に向かっている。
「死人が外部の魔物使いだけというのは、医療班のお陰だ。あいつら、お前が持ってきた薬草に感謝してたぞ」
コザックは汗まみれのジョーの肩を叩いた。
「たまたまだ。夜は宴を開くのか?」
「今日は中止だ。昼も少しの間、闘技場は冒険者ギルドに貸すことになった」
冒険者ギルドのランク上げの試験や闘技会に使われるらしい。冒険者としてもコロシアムで優勝すれば名前が売れて、指名依頼も増える。こういう客を入れられる会場は大事だ。
「そうか。あとで貯蔵庫のいい酒を教えてくれ。一本持って行っていいそうだから」
「わかった。とびきりのを教えてやるよ」
コザックは汗だらけの禿げ頭を手拭いで拭った。
「まだ、仕事か?」
「ああ、マンティコアの一件で、コロシアムは町中の笑いものだ。コロシアムの面目は丸つぶれだが、ピンチをチャンスに変えるのが興行師の仕事だろ。俺もここが長いから、一晩中会議だろう」
「そうか」
切り返しが大事なのはどこの業界も同じだ。
「お前はもう帰るのか? ちょっとだけ魔物使いのところに寄ってやれよ。あっちも踏ん張りどころだろう」
魔獣の方は、昼からカスミが対応している。朝よりもかなり落ち着いたようだが、度々鉄格子と金属がぶつかるような音が鳴り響いていた。
「うん、そのつもりだ」
ジョーとコザックは「あとでな」と言って、お互いの現場へと向かった。
カスミはマンティコアが入っている檻の前に座っていた。一人サンドイッチを食べているが、疲れているのが見てわかる。顔じゅうに黒い汗が流れ乾いていた。
「おつかれ」
「あ、ジョー。おつかれ」
「どうだ?」
「ダメね。人間に操られるような魔獣じゃないわ。船に乗せただけでも、死んだ魔物使いは優秀かも」
檻の中で、何本もの槍が刺さったマンティコアが鼾をかいていた。
「眠っているようだな」
「今は薬でどうにかなってるだけよ。いつ起きるかわからないわ。皆手伝ってくれたけど、他の魔物をここから離すだけで精一杯。魔物たちも興奮しているからね」
カスミはそう言って、サンドイッチを食べていた。
「美味しいわね。このサンドイッチ。シズクが持たせてくれたの」
「すぐ食べられるから、短時間での栄養補給にもいいだろ?」
「ええ、長期戦になりそうだから、今のうちに食べておかないと」
「他になにか欲しいものあるか?」
「ある! 誰かに頼もうと思ってたんだけど、ジョーが一番適任だわ」
カスミは布に少しだけ液体を含ませて渡してきた。
「眠り薬に使う花を採ってきてもらいたいの。コルビンにこの布を少し嗅がせて、探してもらって。ジョーならあの子も言うこと聞くから」
「わかった。幻覚剤に使うキノコとかはいいのか? もしくは単純に内臓を攻撃するようなものとか」
「最悪それも考えないといけないわよね」
コロシアムへの被害が甚大なため、このままマンティコアを毒で殺す場合も考えられる。
「でも、無理しないで。触っただけでも指が動かなくなるキノコもあるから」
「わかってる」
「うん、頼むわ。あ、森の西側にある廃墟が山賊のたまり場になっているかもしれないから気を付けてね。浮浪者だと思うんだけど」
「わかった」
ジョーは布をポケットにしまい、コロシアムを出た。
坂を駆け上がり家へといったん戻る。
「おかえりなさい!」
木炭を片付けていたシズクが玄関にすっ飛んできた。
「ただいま。コロシアムで魔獣が暴れたって話は聞いたか?」
「いえ、ただ旦那様が昼に帰って来なかったので、なにかあったのだろうとは……」
シズクは心配そうにジョーを見た。コロシアムの奴隷たちの中には知り合いがいるのだろう。
「コロシアムで死んだのは魔獣を連れてきた魔物使いだけだ。今朝採った薬草が役に立ってな」
「そうですか。よかった」
「遅刻してまで採りに行った甲斐があったよ。あ、それからカスミにサンドイッチ渡してくれたろ?」
「なにも食べてないとおっしゃってたので、勝手に作って渡してしまいました。すみません」
「いいんだ。それでいい。ありがとう」
「いえ、旦那様なら、そうするだろうと思って」
お礼を言われ、シズクは慌てた。
「今から、コルビンと一緒に森に入る」
「わかりました。まだ仕事なんですね?」
「ああ、森から戻ってきてもコロシアムに行かないといけない。夜遅くなると思うから、寝てていいぞ」
「いえ、待ってます! 日が落ちるまで時間がありませんね。籠は持っていきますか?」
「ああ、必要だ。今朝持って行ったものと同じものを用意しておいてくれるか。コルビンと打ち合わせしておくから」
「わかりました!」
シズクは森に入る準備をして、ジョーは地下室に下りた。
寝ていたフィンリルのコルビンはなにかあったのかと、首だけジョーに向けた。
「カスミから仕事を預かってきた。コルビンも協力してくれ。この布の匂いと同じ匂いの花を探したい」
ジョーが布を取り出すと、コルビンは一瞬嗅いで鼻を鳴らした。
「一緒に行ってくれるか?」
コルビンは「仕方ねぇな」とでも言うように、ゆっくりと立ち上がり地下室から飛び出した。
「魔獣ともなると賢いな」
ジョーもコルビンを追う。コルビンは玄関の前で、あくびをしながら待ってくれていた。
玄関ではシズクが籠や洗った麻袋の用意をしている。ジョーも、小分けにするため麻袋や革袋を籠に入れ、軍手を二重に嵌めた。遅くなるかもしれないので、魔石灯も忘れない。採取する花は毒物のため、布をマスク代わりにして準備完了。
「待たせたな。行こう」
ジョーはコルビンと一緒に裏の森へと向かった。
町全体が夕日でオレンジ色に照らされている。
「いってらっしゃい」
シズクの声に、ジョーは片手でコルビンは尻尾を振って答えた。
フィンリルの脚は速く、ジョーも必死で追いかける。朝からの疲れで足がパンパンに張っているが、夜が深くなると危険な魔物も出てくるかもしれないので、できるだけ早く済ませたい。
日が落ち、魔石灯を掲げる。魔石の灯りに吸い寄せられ、蝙蝠の魔物が襲ってきたが、コルビンが蹴散らしていた。
地面の凹凸が激しい道なき道を走る。先にコルビンが走っているため、ジョーはその足跡を踏んでいく。水が流れるような音が聞こえてきた頃、コルビンが急に立ち止まって地面の匂いを嗅ぎ始めた。眠り薬に使う花が近いらしい。
ジョーは周囲を警戒しつつコルビンを追いかけていくと、小さい滝の前に出た。滝が流れている池の周りに白い小さな花が群生していた。近づくとカスミにもらった布と同じ匂いがしている。
「これだな」
魔石灯で照らし確認。眠り薬にどこまで使うかわからないので、根っこまで採取して麻袋に入れていく。マンティコアのサイズを考えると、大量に必要だ。池の周囲をくまなく探索して籠一杯に採りつくした。採取している間はコルビンが周囲を警戒してくれたので、魔物の心配はない。
ついでに見つけた幻覚剤の素材になる卵型のキノコや食べたら消化器系に異常を起こして最悪死に至るキノコなども採取していく。すべて革袋に小分けしていった。
「触るなよ。皮膚がただれる」
ジョーが興味深そうに見ているコルビンに教えてやった。家まで戻ったら、軍手も燃やさないといけない。冒険者時代は戦闘のサポートに回ることが多かったので、毒草や毒キノコの知識はあったが、あまり使ったことはない。使わないと忘れる。今回採取したのも思い出せるものだけだ。
「よし、帰ろう」
時間はかかったが、目的は達成した。
フクロウの鳴き声を聞きながら、コルビンの先導で暗い森を抜けた。
「シズク、水を持ってきてくれ!」
家に着くと、中に声をかけた。ジョーはそのまま裏庭に回り、七輪の木炭に火をつけ、軍手を脱いで放り込んだ。
「旦那様、どこに持っていきますか?」
水瓶を持ったシズクが聞いてきた。
「コルビンに上げてくれ。干し肉があれば出してやって。俺はこのままコロシアムに籠ごと持っていくから」
「わかりました!」
ジョーは玄関先でコルビンに「助かった!」と声をかけて家を出た。空はすっかり暗くなり、水平線の上に月が浮かんでいる。
坂道を下っていると、民家や屋台から魚の焼けるいい匂いがしてきた。ジョーはカプリに来てコロシアムでもらった肉ばかり食べていたため、港町なのに魚料理をあまり食べていない。コロシアムに近づくと居酒屋から酔っ払いの笑い声が聞こえてくる。
「腹減ったぁ」
ジョーは空腹を押し込め、コロシアムに走った。
カスミは魔獣の檻の前で槍の穂先を研いでいた。マンティコアに刺さっていた槍を抜いたようだ。血と汗の臭いが充満している。
「持ってきたぞ」
ジョーはカスミの前に籠を下した。
「助かった。これだけあれば、一週間は保つわね」
「眠り薬用の花と、革袋に危ないキノコがいくつか」
ジョーは魔石灯の下で革袋の口を開けた。カスミは現役で冒険者なので、知っているはずだが、確認のためにも効能を説明する。
「うん、この量で十分だと思うわ」
「マンティコアをどうするかは決まったか?」
「いや、まだみたい。筋書きが決まらなければ、このキノコを使うしかないわ」
ジョーもカスミも、なるべく使いたくないキノコの入った革袋を見た。
「眠り薬の処理だけでもしておきたいんだけど……」
「なにが必要だ?」
「お酒を小さい樽でいいから三つくらい。井戸で洗って風魔法で乾燥させて漬け込んでおけば、朝にはそれなりの眠り薬が出来てるはずよ」
「風魔法なんて使えるようになったのか?」
ジョーと共に旅をしていた頃のカスミは魔法を使えなかった。
「私だって、それなりにレベルアップしてるわ」
「そうか。酒は貯蔵庫に置いてあるって言ってたな。炊事場で聞いてくるよ」
「悪いわね。使いっ走りにして」
「いつものことだろ」
カスミは籠を持って井戸へ、ジョーは炊事場へ向かった。
「すみません。安い酒の樽ってわかりますか?」
炊事場ではちょうど料理人や医療班たちが一息ついて、夕飯を食べていたところだった。
「おう、瓶じゃなくて樽ごと持っていく気か? まぁ、今日のお前の働きなら、別に何を持って行ってもいいと思うぞ」
料理人の一人が答えた。
「いや、マンティコアに使う眠り薬を作るのに使いたいんですよ」
「眠り薬に使う毒草は?」
「白い小さな花です。今、森で採ってきました。魔物使いが今から酒に漬け込めば、明日の朝にはできてるって」
「わかった。度数が高くて安いのでいいんだな。樽でいくつ必要だ?」
「樽で三つ」
料理人は若手に指示を出して貯蔵庫から酒樽を三つ、魔獣の檻の近くに持って行かせた。
「暗い中、森に入ったのか? あそこは山賊の隠れ家もあるしポイズンアナコンダの棲家だろ?」
「使役した魔物と一緒に行ったので、早めに帰ってきました」
「はぁ。朝から働き過ぎだ。飯は食ったのか?」
「いや、まだ。なんか食い物あります?」
「なんでも作ってやる。なにがいい?」
「干し魚があれば、最高なんですけど……」
「わかった」
料理人は笑いながら、干し魚を焼き始めた。
「ハハハ、わかる! 俺たちも今日は肉を食う気がしなくて晩飯は魚だ」
医療班の一人が焼いた魚を見せてきた。
「港町なのに、あんまり魚食べてなくて」
「コロシアムにいるとな。屋台も漁師たち向けに肉の串焼きが多いだろ?」
「ああ、あれは漁師たち向けだったんだ」
「魚は自分たちで獲ってるから、肉を食いたくなるんだよな」
「あの爺だけは肉食ってたけどな……」
医療班はその後、回復術師の爺さんだけは肉を食べて帰っていったと盛り上がっていた。
「そら、できたぞ。干し魚と野菜の煮物だ。魔物使いにも持って行ってやってくれ」
料理人は紙袋にまとめてくれた。
「ありがとうございます!」
ジョーは晩飯を持って、魔獣の檻へと向かう。
カスミは外で白い花を並べて乾燥させていた。
「若い人が酒樽を持ってきてくれたわ」
「うん。ほら、晩飯持ってきたぞ」
「あとで食べる。私の分、ベンチに置いといて」
ジョーはベンチにあったサンドイッチを入れていた包装紙で干し魚を包み、コップに煮物を入れた。
「先に帰ってていいよ。私も眠り薬を漬けたら帰る。明日は朝、家に行くから」
「わかった」
ジョーがコロシアムの門から帰ろうとしたら、コザックに呼び止められた。
「おーい、いい酒見繕ってやったぞ。ちょっと飲むか」
コップも用意している。
「ちょっとだけな。今日は疲れた」
「だろうな。お前が一番働いてるかもしれん」
そう言いながら、コザックはジョーにコップを渡し、酒を注いだ。少し飲んだだけで、食道から胃にかけて熱くなり、じわりと全身に染み渡る。
「美味いなぁ……」
「今日はジョーに助けられたって、皆言ってたぞ。奴隷の大半が死にかけたからな」
「たまたま運が向いてただけだよ」
「これ、ちょっとだけ前払いだ」
コザックはジョーに財布袋に入れた銀貨を渡した。
「いいのか?」
「いい。興行が終わったら、またボーナスを出す。明日から筋トレはしばらく休みだ」
「奴隷たちもちゃんと回復させないとな。再開するときは呼んでくれ」
「ああ。そういや、どうだ? お前んちの奴隷ちゃんは?」
その後、ジョーはコザックと一つのコップで回し飲みしながら、少しだけシズクについて語り合った。
「じゃ、もう行くよ。晩飯持って帰ってやらないといけないしさ」
「ああ」
返事をしたコザックの横を白い馬車が通り過ぎて行った。
「俺はこれからまだ仕事だ。夜の宴に来た貴族たちを帰さないといけない。人気の剣闘士にはパトロンが多いからな。巻き込まれる前に早く帰れ」
「おつかれ」
ジョーはひんやりとした夜風を浴びながら、坂を上った。




