第9話「くず日和」
ジョーは朝から、機嫌が良さそうだ。昨夜の干し魚の残りを食べ、ずっとなにかの作業をしている。今日はコロシアムの仕事が休みと言っていたが、なにをするのかシズクは聞いていない。
「私は仕事なのに……。いってきます」
カスミはコルビンを預けて、いつもより早めに出勤していった。
「旦那様、そろそろ何をするのか教えていただけませんか?」
「え? ああ、いろいろまだ準備はあるんだけど、ようやく開店できるかなと思ってさ」
「ここでお店を開くんですか?」
シズクは家の中を見回した。完全に住居として使っているし、なにか商品を並べる棚などもなく、そもそも何を売るのかわからない。
「屑屋だよ。割れた皿、折れた箒みたいな捨てられるものを修理して歩くのさ。だから、別に店舗はいらない」
「なるほど、お客さんの家に行って、御用を聞くんですね?」
「そうだ。ほら、看板『く・ず・屋』な」
ジョーは朝から、木の板に『くず屋』と彫っていたらしい。
「七輪持って練り歩くんだ」
「そんなことしたら手が焼けちゃいませんか?」
「大丈夫、天秤で持っていくさ。本当の屑屋は古紙を集めたりするんだけど、紙を再生させるなんて技術ないし、古物屋とか、修理屋っていうほどなんでも扱えるわけじゃないから、この名前にしたんだ。あとは、俺が冒険者崩れだからかな。ははは」
ジョーは照れ臭そうに自嘲した。
「夢破れた冒険者が仕事もしないで『俺は昔、魔獣と対決して……』なんて言ってたら、世間からゴミ屑扱いだろ? そうなっちゃいけないってことを忘れないためにさ」
ジョーにとっては、看板をどんなにバカにされようと、ちゃんと働くという決意だった。
「私も手伝います!」
シズクも自分を剣闘士崩れで、他の事はなにもできない奴隷だと思っていた。
「よし、一緒に買い物に行くか? シズク用の服も必要だし……」
「あ、いや……」
シズクは一瞬、口籠った。剣闘士として街ではそこそこの有名人だ。そんな自分が街中を歩いて大丈夫だろうか。ジョーがバカにされたりしないか不安もある。
「あ、無理か。コルビンがいるからな。服は店員さんに聞いたりしてみる」
「そんな、私の服なんか……」
「いいんだよ。昨日、コザックから臨時収入もらったから」
ジョーは買い物リストを紙に書きながら、出かける準備をした。
「七輪と炭、それから、皿の見本と箒を出しておいてくれるか?」
鞄を肩にかけて、ジョーがシズクに指示を出した。
「わかりました。やっておきます」
「じゃ、いってきます。すぐ帰ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
ジョーが坂道を下っていくのを、シズクは玄関先まで出て見送った。ふと誰かに見られた気がしたが、周囲には誰もいない。「そんなに気にしてないか」と自意識過剰気味の自分を笑って家に入った。
「ガラスくずに木の板、籠か。あぁ、道具屋に行くなら薬草も採ってくればよかったな」
ジョーはメモを確認しながら、冒険者ギルドの側にある道具屋に入った。
「こんにちは」
「あら、早いわね。まだ品出し中だけど、見てって」
「ありがとうございます」
棚に置いてある木の板を選び、大きめの籠を探した。
「そういえば、コロシアムで騒ぎがあったって?」
「そうなんですよ。それで今日は休暇で。あ、すみません、ここに持ってくる薬草もコロシアムで全部使っちゃって」
「そうなの!? また、頼むわね。冒険者ギルドにも依頼を出してるんだけど、なかなか受けてくれないのよ。報酬上げなきゃダメかしらね」
そう言いながら、道具屋の女将さんは毒消しの薬を手前に並べた。
「さて、今日は何が必要なの?」
「板はこれで。あと大きめの籠とガラスくずってあります?」
「大きめの籠はあるわ。ガラスくずはないわね。市場に行ってみたら?」
「わかりました」
籠と板の代金を払い、籠を背負って道具屋を出た。
ガラスくずはコロシアムでも手に入りそうだが、今は冒険者の試合をやっているはずだ。それに夜の宴がないのでゴミもまだ出ていないだろう。
ジョーは港近くの市場を探し回ったが、ガラス細工職人の店でも、ガラスを使っている魔石灯の明かり屋でも、ガラスくずは売ってなかった。
「酒屋に行って、割れた空き瓶もらった方が早いんじゃないか?」
明かり屋に言われ、酒屋に行ってみることに。
「割れた瓶!? その辺にゴミと一緒に置いてあるけど危ないぞ」
酒屋は突然割れた瓶を欲しがるジョーを怪しんだ。
「軍手は持ってきました!」
酒屋の裏手に廃品として割れた瓶が埃まみれになっているらしい。そのうち、ガラス細工職人が取りに来るか、もしくは燃やして捨ててしまうという。
「少しだけもらっても構いませんか?」
「そりゃあ、いいけどよ。お前さん、何者だ?」
「くず屋です。皿とか陶器を直すのに、ガラスを使うんですよ。もちろん、代金は払いますから」
ジョーは正直に言った。
「そうなのか。だったら、持ってってくれ。どうせゴミだから」
わずかな金で籠一杯のガラスが手に入った。
「それから、シズクの服だな」
近くの古着屋の店頭で女性物のワンピースを見たが、よくわからなかった。
「どんなものをお探しですか?」
店員に話しかけられると、ジョーは一気に汗が噴き出した。派手な化粧に色鮮やかな服を着た女性を見ると、あまり関わったことがない人種だからか緊張してしまう。
「流行りのものじゃなくていいんだ。ただ丈夫で目立たないものがあれば……」
籠を置いて、しどろもどろに説明する。
「そんなものを女性に贈るつもりですか?」
「いや、ボロばかり着ている奴隷が、外に出るときに可哀そうで……」
「あ、なるほど。貴族のお宅の奴隷ですと、こんな感じ……。もしくは田舎くさくてもいいのなら、こんなのもありますけど」
ジョーは田舎臭いと言われた薄茶色のエプロンが付いたワンピースを頼み、代金を払ってそそくさと古着屋を出た。
「服屋は苦手だ」
額にかいた汗を拭いながら、ワンピースの入った紙袋を抱え坂道を上る。冒険者時代は武具屋があったし、インナーも消耗品として道具屋で揃えていた。服屋にはめったに行かなかったし、行ったとしてもパーティメンバーとだけ。
「大丈夫か、俺は」
これから客商売をするつもりなのに、こんなに緊張していて不安になってきた。
「すまん、シズク!」
ジョーは家に帰り、開口一番シズクに謝った。
「おかえりなさい。どうしました?」
シズクも慌てて玄関まで行くと、汗をだらだらとかいたジョーが膝をついて落ち込んでいる。
「今の俺にはこれしか買えなかった。申し訳ない。力不足だ」
ジョーはそう言って、紙袋を渡した。
「いやいや、そんな私の服なんて無理してまで買わなくてもよかったんですよ。でも、ありがとうございます!」
「俺は化粧の濃い女性が苦手なんだ。圧を感じる。とても怖い」
「わかりました。わかりましたから落ちついて、井戸で顔を洗ってくるといいですよ」
「そ、そうだな。そうする。シズク、すまんな」
「いえ、全然、大丈夫ですから」
ジョーは籠を置いて、井戸で顔と上半身を洗った。シズクは「もし似合わなかったらどうしよう」というプレッシャーを感じながら紙袋を開け、エプロン付きのワンピースに着替えた。
「どう、ですかね?」
上半身を拭いながら母屋に戻ってきたジョーに、シズクが着替えた自分の姿を見せた。
「まるで貴族の家にいそう、だな」
ジョーが必死に頭をフル回転して褒めようとした結果、そう言った。
「そう、ですか?」
シズクはそもそも貴族の家がわからない。
「いや、違うか。なんというか……強そう! ほら、膝の動きが見えないから、対人戦で動きを悟られない感じだ。武術の達人と見まがうほどの……」
しどろもどろになっているジョーの頭を、ちょうど帰ってきたカスミがパコンと叩いた。
「バカじゃない!? 素直にかわいいって言えばいいのよ! シズク、買ってもらったの? 素敵よ」
「お、カスミ!」
「カスミ様、ありがとうございます」
シズクはカスミに深々と頭を下げ、お礼を言った。
「そうか、シズク、かわいい。かわいいぞ!」
「旦那様、十分ですから」
その後、ジョーは自分が昼飯を買ってくるのを忘れたことに気がついた。
「あ、やべ! 昼飯買ってきてなかった。すまん、今すぐ買ってくるから」
「私がコロシアムからヤギのもも肉とパンをもらってきてあげたわよ」
カスミが紙袋から肉とパンを取り出した。
「じゃあ、それを焼こう。野菜はあったな。スープでも作るか」
昼飯はヤギ肉サンドと野菜スープ。ジョーが手早く作った。
「今日は早上がりなんだな?」
ジョーが深皿に野菜スープを盛りつけながら、カスミに聞いた。
「うん、予定が決まったみたいだから薬の量も調節できるでしょ。それに私ばっかりマンティコアを見ててもしょうがないから、午後は他の人に任せてきたの」
「そうか。目途が立ったんだな」
「ええ。私も今回の仕事でお金が入ったから、次の定期船で魔大陸に行くわ」
「おお、言ってたもんな」
「冒険者は根無し草だからね。ひとところにはいれないわ。コルビンもいるしね」
「そうだな。コルビンは広い場所で駆け回ってる方が似合う」
「でも、いつか私もジョーみたいに居場所を見つけるつもり。カプリに来てそう思えた」
「俺の場合は居場所というか、人のお陰だけどな。知り合い頼って、その知り合いがまた知り合いを紹介してくれて、どうにかやってるだけだ」
「でも、なにか見つけたんでしょ。自分の仕事」
「これからだ。『くず屋』さ」
ジョーは看板を見せた。
「なにする仕事なの?」
「割れた皿をくっつけて、箒直して回るんだ」
「儲からなさそうね」
「だろうな」
ジョーは笑った。
「ゴミ屑でもさ、もう一回、直したら使えるんだよ。俺も冒険者辞めちゃったけど、もう一回やり直してみようと思ってさ。ちょうどいい仕事だろ?」
「シズクが苦労するわね」
「私は、そんな……」
急に振られ、シズクが慌てた。
「魔物に殺される心配はないし、剣闘士として死闘を繰り広げることもない。刺激はないけど、危険もない。ちょっとだけ人の役に立つ。それが今の俺には悪くないんだ」
「そうね……」
カスミはそう言って、遠く窓の外を見た。冒険者としてどうするのか決断の時が迫っているのかもしれない。
昼飯を食べて、カスミがコルビンを連れて森の野営地に帰っていった。
ジョーは仕事道具を籠に入れて天秤にぶら下げ、担いだ。宣伝として直した皿を数枚、居酒屋や屋台に配るつもりだ。
「くずーい……くずー! 割れた皿、折れた箒はござらんか~!」
カプリの町にジョーの声が響いた。
風はベタ凪。空には雲一つない。
焼き付け屋の『くず屋』が開業した。




