第6話「人つなぎ」
午後から、ジョーとカスミはコロシアムに向かう。
「いってらっしゃい!」
シズクが外まで見送った。
「いってきます」
「いってきまーす!」
ジョーとカスミは、食後の眠気と戦いながら、坂を下りて行った。
シズクは二人が見えなくなってから家の中に入る。食べ終わった皿と油で汚れたテーブルがあった。
「よし!」
シズクは気合を入れて掃除を始めた。竈の鉄板も冷めていたので、軽く水洗い。油で汚れているので、しっかりタワシで磨くつもりだ。
「先に、皿か」
ふと見た縁側の石鹸の下にジョーのメモが挟まっていた。
『せっけん、買ってくる。もっと使っていい』
ジョーに行動を見透かされているような気がした。確かに、たくさん石鹸を使い過ぎるのはもったいないと思っていた。コロシアムで攻撃を見透かされるのとは、真逆でなんだかにやけてしまう。シズクは何度か文字をなぞってから、掃除に戻る。
コロシアムの入り口でカスミと分かれ、ジョーは倉庫に向かう。重い扉を開けると、汗と埃の臭いがした。
さび付いて曲がった鉄の剣や鎧、骨と一緒に転がっている脛当て、割れた壺に、燃えたスクロール。コロシアムから出たゴミが、無造作に山と積まれていた。
ジョーは扉を開け放ち、マスクと軍手をして、ゴミの山から直せば使えそうなものを拾っていった。柄が折れた槍などは取り換えればそのまま使えそうだし、錆びた鉄の武具も錆びを落として溶かせば再利用できそうだ。
「錆びを落として、使えるかどうか武器屋に聞いてみるか」
さすがに燃えたり汚れたスクロールは使い道がわからなかったが、割れた壺とガラスのコップなんかは何かに使えるかもしれない。落ちていた麻袋を拾い、外で埃を払ってから使えそうなものを入れていく。
「なんかいいものはあったか?」
コザックが様子を見に来てくれた。
「錆を落とせば使えるかな?」
ジョーは錆びた曲がった剣を見せた。
「そこまで曲がると無理だろう。武器屋にいってもタダ同然で引き取ってくれるかどうか」
「やっぱり無理か」
そう言いながら、ジョーは錆びた剣を麻袋の中に戻した。
「自分で使うっていうなら、余計なことは言わねぇが……」
「うん、漆を取りに行くとき、刃先が曲がったナイフが欲しいからさ。やすりで削って作ってみるよ」
「そうか。なら、いいけどよ。割れたガラスのコップなんて何に使うんだ?」
「砕いて使うんだよ」
ジョーは軍手で割れたガラスの表面を拭きながら麻袋に入れた。
「そんなもん使えるのか?」
「たぶんな」
「貴族が良く割るんだ。もっと欲しければ、掃除夫に言って取っといてもらおうか?」
「頼む」
「わかった。明日には用意しておいてやるよ」
「助かる」
「帰るときは、しっかり扉を閉めてってくれよ。最近は変な奴が多いから」
コザックはそう言って、自分の仕事に戻っていった。
「助けられてばっかりだな」
ジョーはコザックに今度一杯奢ろうと決めた。まだまだめぼしいものはあったが麻袋がいっぱいになったので、口を紐で縛って持って帰る。
港では大型の定期船が来たようで、人が集まっていた。コロシアムに出る新しい魔物も来たかもしれない。ジョーは花火の音やカスミの活躍する姿を思い描いた。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったですね」
シズクが石鹸で泡だらけになった手をボロ布で拭きながら、ジョーを出迎えた。
「うん、すぐまた出かける。船が来たみたいで、港の方に人が集まってる。荷物が大きいから、置きに来た」
ジョーは麻袋を置いて、代わりに冒険者時代に使っていた肩掛け革の鞄を戸棚から取り出した。ついでに戸に隠していたへそくりも財布袋に補充しておく。
「いいものは見つかりましたか?」
「ああ、いろいろな。石鹸以外、なにか必要なものはあったか?」
「いえ、今のところは」
「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ジョーは走って坂を下って行った。
冒険者ギルドの側にある道具屋でジョーはフノリを買った。海藻由来の糊。粉末状になっていて水で戻して使う。海に近いので、あるだろうと思っていたが、やはりあった。
「膠の方が接着力はあるけどいいのかい?」
道具屋のおばさんが聞いてきた。
「いいんです。それから七輪とか木炭ってありますか?」
「七輪はないけど、木炭はあるよ。たくさん欲しければ、燃料屋に行くことだね」
燃料屋というのは魔石や木炭、硫黄を塗った発火燃料などを売ってる店だ。
「ありがとう」
「あんた冒険者じゃないのかい?」
おばさんはジョーの鞄を見てそう思ったらしい。
「冒険者は辞めましたよ。なんか依頼でもあるんですか?」
「薬草が足りないんだよ。回復薬は薬屋の方が上質なのが売ってるんだけど、初心者たちには高いだろ?」
「じゃあ、森に入った時にでも見ておきますよ」
「そんなに質が良くなくても買い取るから、覚えておいておくれ」
「わかりました!」
小遣い稼ぎ程度だが、お客さんになってくれるかもしれないと思うと、なるべく繋がりは持っておきたい。フノリもまけてくれた。
燃料屋で木炭を買う。硫黄も取り扱っているので、花火屋とも知り合いらしく、店員はジョーのことを知っていた。カプリは大きい町だが、世間は狭い。
「冒険者辞めて、コロシアムで働いてるんだって?」
「日雇いですよ。奴隷に筋トレを教えてるだけで」
「そうかい。荷運びはやるのか? スタンから体力があるって聞いたけど」
スタンとも知り合いらしい。
「手伝いますか?」
ジョーは徐々に顔を広めておく。
「ああ、森の小屋で親父が木炭を作ってるんだけど、あそこら辺は坂道が多いし、道も悪いから馬車が使えないんだ。毎回、背負子で、ここまで持ってくるから、忙しいときは人手が足りなくなる時があってなぁ」
冒険者ギルドで初心者冒険に依頼を出せばいいのだろうけど、冒険者は近場の荷運びをやりたがらないからな。ジョーは自分が冒険者だったころを思い出した。
「午前中はコロシアムにいますから、用があるときは誰かに言っておいてください」
「わかった」
燃料屋の店員は発火燃料をおまけしてくれた。
「大きめの七輪ってどこかに売ってませんかね?」
「雑貨屋にあるかもしれないが、どうだろうな。七輪なんて何に使うんだ?」
「ちょっと、仕事で使おうかと」
「今なら港の方で市場をやってるから見に行ってみるといい」
「ありがとうございます!」
ジョーは「また」と言い残して、燃料屋から出て港へ向かう。
港では月に二度の市場が立っていて、人でごった返していた。陸路では道幅によって馬車の大きさも決まっていて、それほど大きい荷物の取引が難しいが、定期船なら大型の魔物でも運べるし、行商人も大勢乗ってくるのだという。陶磁器やガラス、石鹸にヘチマなどを売る雑貨屋も多い。
ジョーは木炭が入った紙袋を片手で抱えながら、人込みを縫うように雑貨屋を探した。
「七輪って売ってませんかね?」
見つけた雑貨屋で聞いて回ったが、なかなか見つからない。
「七輪買いたいなら、竈屋に行ってみな。ガラス細工師とかの技術屋たちの方さ」
いい花の匂いがする石鹸を買ったら、雑貨屋の獣人娘が教えてくれた。
「ありがとうございます」
市場ではすみ分けがされているらしく、商品を取り扱っているところと、自分の技術を売る場所が分かれている。技術屋たちは吟遊詩人から屋根の修理屋まで幅広い職種がいる。
そんななか、七輪を売っている店があった。
「かまどー、かまどやー!」
「すみません、七輪を売ってもらえませんか?」
「いらっしゃい。どれにする?」
「大きめのを」
「これがいいか。それにしても兄ちゃん、荷物が多いな」
「木炭です」
ジョーは木炭が入った紙袋を叩いて答えた。
「そりゃあ、準備がいいや。家の竈が壊れたんなら、うちに言ってくれ。すぐに直すからよ。最近じゃ魔道具の過熱器も取り扱ってるんだ。どうだい?」
「いえ、七輪だけでいいです」
「そうか。まいど。壊したら直すから、市場が立った時は来てくれよな」
代金を払ってジョーは大きめの七輪を受け取った。その上に木炭の紙袋を置いて、両手で運ぶ。結局、大荷物で人込みの中をかき分けながら、市場を後にした。
夕日が沈み始めた頃、ようやく坂の上にある家にたどり着いた。七輪は思いのほか重量があり、ジョーの腕はパンパンに張っていた。
「おかえりなさい。どうしたんですか?」
シズクは慌てて家から出てきて、鞄を受け取った。
「ただいま。いろいろ買ってきた」
そのまま裏庭まで持っていき、七輪を下ろしたところで、ジョーは大きく息を吐いた。
「お疲れさまでした」
「うん、カスミはまだ帰ってきてない?」
「ええ、まだです」
「あ、夕飯を買ってこないとな」
「大丈夫ですよ。お昼はあんなにステーキを食べましたし、肉と野菜の残りが戸棚にあります」
「あ、そうだった! 肉を燻製にしよう!」
ジョーは急いで庭に二つ穴を掘り、地中でつなげて通路を作る。
「何をしているか、わかりませんが、手伝えることがあれば教えてください」
先ほどまで疲れていたジョーとは思えないほどの勢いで掘っていたため、シズクが狼狽した。
「竹串を何本か作っておいてくれ。この前、箒作った時に余りが出たはずなんだ」
「わかりました!」
シズクはまとめていた竹を持ってきて、ジョーが指示する通りに穴より少し大きめの長さに切りそろえていった。
竹串で、片方の穴に網を作り、塩を塗りこんだ肉の切れ端を並べていく。その上に大きい葉っぱと枝などで蓋をする。
「上手い、ちょうどいいな」
ジョーは手が汚いので、肉の処理は全てシズクがやっている。拙いながらも必死に指示を聞くシズクをジョーは褒めた。
「よし、余った肉も塩漬けにして乾燥させておこう」
「……は、はい」
「どうかしたか?」
「いや、料理がこんなに大変だとは思わなかったです」
「美味しく食べたいだろ?」
「はい」
使っていない穴に薪を入れ、火をつける。ここでは匂いがキツいので硫黄の発火燃料は使わない。煙が地中で繋げた通路を通り、竹網の上にある肉を燻していく。
「これで、しばらく待つ。あぁ、ちょっと疲れたな」
ジョーは井戸で体を拭き、新しい石鹸で腕まで洗った。
「シズク、市場で良い匂いの石鹸を買ったから、使ってくれ」
「はい」
シズクは返事をして、乾いた布と着替えをジョーに手渡した。
「ありがとう」
「旦那様、あれは何に使うんですか?」
シズクが七輪を指しながら聞いた。
「皿を直すのに使うんだ。あとでやってみよう。漆よりも早く仕上がるはずだ。」
「そうなんですね」
「成功したら、商売になるかもしれない」
「それは何よりです」
夕飯は、玉ねぎのスープも作り、燻製肉と一緒に食べた。
「やっぱりちょっと塩気が足りなかったな。それに中までちゃんと火を通せばよかった」
燻製肉はあまりうまくいかなかったが、まだ燃えている焚火で串焼きにしていった。
「すみません!」
手伝ったシズクが頭を下げた。
「いや、失敗が成功の第一歩だからいいんだ。俺も慌てたからさ、もうちょっとうまく穴を掘るんだったよ」
ジョーが笑っていたら、カスミが帰ってきた。
「この町の貴族たちは頭がおかしいわ! なにが不満なんだか、まったく……」
夜の宴にも参加したらしく、機嫌が悪い。
「串焼き、食うか?」
「いい、嫌というほど食べてきたから」
腹も鞄も膨れている。突然、カスミは何かの匂いを嗅ぎ取ったのか、鼻を鳴らした。
「ジョーの手から良い匂いする?」
「ああ、市場で石鹸を買ったんだ」
「市場ね! それでかな? 夜の宴は随分と騒がしかったの。あと最近、奴隷が逃げたりしてない?」
「いや、聞いてないけど」
「じゃあ、武器かなんかが盗まれたみたい。『槍』がどうとか言ってたから」
「え!?」
もしかしたら倉庫から持ってきたがらくたの中にお宝が眠っていたのかもしれない。槍もあったはずだ。急にジョーが青ざめた。
「なんか心当たりあるの?」
「いや、ない。今日、コロシアムのゴミを片付けていただけだ。でも、なんかあったら報告するよ」
「うん。それじゃ、コルビン! 行くよ!」
地下室からコルビンが飛び出してきて、カスミに抱き着いた。
「おおっ、元気だなぁ。お腹すいた? たくさん宴で出たのを持ってきたよ」
カスミはコルビンと話しながら、森の野営地に帰っていった。
「槍? この槍は折れてて使い物にならないしなぁ」
麻袋の中を漁っているジョーの後ろで、シズクは目をつぶって頭を横に振っていた。まるで、なにも思い出したくないかのように。




