九話 実体化
毎日、毎日、四六時中みんなと一緒にいるわけじゃない。
お互いに、自分の時間もちゃんと大切にしていた。
街の鐘が時を告げると、クランホームの中にも鐘の音が響く。
朝、鐘が七回鳴れば、四人はそれぞれの部屋から出てきて、ホームのテーブルで朝食を取る。
食料は、ホームのカウンターの上にあるデバイスで注文すると、それぞれに割り当てられた棚へ現れる仕組みになっている。
どういう原理なのかは、いまだによくわからない。
鐘が七回鳴り、私がホームに出ると、華菜と直哉がソファに座っていた。
どうやら、二人はもう先に朝食を食べ始めているらしい。
「おはよー」
「おはー」
「おはよう」
挨拶を交わすと、華菜がいつもの調子で聞いてきた。
「うさぎ、何食べる?」
「うーん・・・パンとコーヒー」
「了解」
「リンクは?」
「まだ寝てる」
「ふーん。直哉、この前、新しいスキル覚えてなかった?」
「うん。あとでお披露目する。すげーからさ」
「わかった」
「うさぎ、出たよ」
「ありー」
華菜がパンとコーヒーをテーブルまで運んできてくれる。
毎朝こうして、みんなの分を運んでくれるあたり、本当によくできた子だと思う。
「ふっふっふっ」
なぜか華菜が得意げに笑った。
「どうしたの?」
「私も、新しいスキル習得した」
「おお。じゃあ、あとで直哉と一緒にお披露目だね」
「びっくりするよ」
「楽しみー」
直哉と華菜は、いつも一緒にいる。
たぶん、そういうことなんだろうなとは思っているけれど、二人とも何も言わないから、私もあえて聞かないことにしている。
「おは・・・」
間の抜けた声と一緒に、このクランのリーダーが欠伸をしながら姿を見せた。
「おはよー」
「おはー」
「おはよう」
リンクはふらふらした足取りのまま私の隣に腰を下ろす。
「リンク、何食べる?」
「あー・・・うさぎと一緒でいいや」
「おっけー」
「華菜と直哉が、スキル覚えたから、後でお披露目会だよ」
「お、いいじゃないか」
「リンク出た」
華菜が食事を運びながら、いたずらっぽく笑った。
「リンク、ビビるよ?」
「ほう? そりゃ楽しみにしとくか」
そんなやり取りをしながら、私たちは朝食を食べつつ、今日の予定を話し合った。
そして昼から、華菜と直哉が新しく覚えたスキルを披露することになった。
朝食を終えると、華菜と直哉は連れ立って街へ出ていく。
リンクと私は、スキルポイントを稼ぐため、いつもの場所へ虫を狩りに向かった。
しばらくリンクと狩りをしていた時だった。
「あれは?」
「リンク、何?」
木陰から、この辺りでは見たことのないモンスターが姿を現した。
空中をふわりと浮かびながら、すうっとこちらへ近づいてくる。
全身は白い霧に包まれたようにぼやけていて、顔立ちだけは人間に似ていた。けれど、足はない。下半身は煙のように揺らめいていた。
「うさぎ、気をつけろ」
「う、うん」
二本のナイフを構え、攻撃態勢を取る。
そして左手の中指に登録してあるスキル、瞬歩を発動した。
「うさぎ、待て! あいつは・・・」
リンクが何か言いかけた。
けれど、その時にはもう遅かった。
私は瞬歩で一気に間合いを詰めると、そのままモンスターの懐へ飛び込み、ナイフを突き立てた。
はずだった。
だが、手応えがない。
「え?」
刃はモンスターの身体を、まるで空気でも切ったかのように、何の抵抗もなくすり抜けた。
思わず目を見開き、反射的に後ずさる。
その瞬間、モンスターの手がゆっくりと持ち上がった。
「うさぎ!! 逃げろ!!」
リンクの叫びが響く。
その声に弾かれるように後方へ飛び退こうとした、その時だった。
バチッ!!
鋭い音と同時に、身体にビリッと痛みが走る。
「痛っ!」
まるで感電したみたいだった。
けれど、動けなくなるほどではない。私はすぐに後ろへ飛びのき、リンクのいる場所まで下がった。
「あれは……霊体だな」
「霊体?」
「ああ。あいつを倒すには、実体化させるしかない」
「どうやって?」
モンスターは変わらない速度で、ゆっくりとこちらへ迫ってくる。
急いでいるようには見えないのに、不気味な圧があった。
「ヒーラーのスキル、マテリアライズ、を使う。まあ、見てな」
リンクはヒーラーだ。
図体は大きいし、どう見ても前衛っぽい体格なのに、未だにそこは少し不思議に思う。
リンクは右手の人差し指に登録しているスキルに触れるように、左手を添えた。
すると、その手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がる。
そのまま、まっすぐモンスターへ手を向けた。
「マテリアライズ!」
魔法陣から白い光が放たれ、モンスターへと突き刺さる。
次の瞬間、白くぼやけていた身体が黒く染まり、その輪郭がはっきりと浮かび上がった。
「うさぎ!」
「任せて!」
私は地面を蹴った。
一気に間合いを詰め、そのまま喉元へナイフを走らせる。
今度は違った。確かな手応えと共に、刃が肉を裂く感触が伝わってくる。
モンスターは低く呻くような声を漏らし、そのまま形を崩すように消滅していった。
消える直前、その身体から青い光がふわりと抜け出し、私とリンクのウィンドウへ吸い込まれていく。
経験値とスキルポイントを獲得した合図だった。
「どうだ?」
「やるじゃん」
私とリンクは顔を見合わせ、パチンとハイタッチを交わした。




