八話 スキル
そんな話を聞いて、私は不安になった。
この世界は、ゲームみたいな見た目をしているのに、中身はちっともゲームなんかじゃない。
人がいて、争いがあって、怖いことも普通に起きる。
本当なら、もっと気を引き締めるべきだったのかもしれない。
だからといって、私たちはすぐに「魔王攻略のために頑張ろう!」みたいな空気にはならなかった。
クエストはした。
レベル上げもした。
でも、それ以上に。
遊んでいた。
気がつけば、この世界の時間で一か月くらいが経っていた。
その頃には、私はもうみんなのことを自然に呼び捨てで呼ぶようになっていた。
じゃあ、その間なにをしていたのかというと・・・
かなり。
に入って、二週間くらい経った頃。
「やったー! スキルポイント、やっと貯まったー!」
あの、前に見た巨大な蜘蛛みたいな虫を倒したあと。
ついに私は、新しいスキルを覚えられるだけのポイントを手に入れた。
「うさぎ、おめー!」
「ありー!」
「で、何取るの?」
「えーとね、疾風ってやつ!」
「疾風?」
「説明にはなんて書いてあるんだ?」
「誰よりも速く、だって!」
私は嬉しくなって、すぐにシーフのスキル欄を開いた。
シーフのスキルはたくさんある。
その中で【疾風】は、【盗む】と【瞬歩】を覚えると取得できるスキルだった。
私は迷わず、それを押す。
すると、頭の上にびっくりマークが一瞬だけ浮かんで、すぐに消えた。
どうやら、スキル習得の合図らしい。
「お、覚えたっぽいな」
「うさぎ、使ってみてよ」
「その前に登録じゃない?」
「だな」
「うん!」
私はわくわくしながら、ウィンドウを操作する。
スキル欄から【疾風】を押すと、横にコマンドが表示された。
使用。
登録。
戻す。
私は【登録】を選ぶ。
すると今度は、どこに登録するかの選択肢が出てきた。
右手。
左手。
左手を選ぶと、さらに細かい選択肢が出る。
親指。
人差し指。
中指。
薬指。
小指。
私は左手の人差し指を選んだ。
すると、ウィンドウに【セット完了】の文字が表示される。
次の瞬間、左手の人差し指の爪の上に、小さく【疾風】のマークが浮かび上がった。
「おおー」
なんか、かっこいい。
これでスキル登録は完了らしい。
左右すべての指に登録できて、最大で十個までセット可能とのことだった。
「登録した! いくよー!」
「うさぎ、いけー!」
華菜がそう言ったのを合図に、私は右手の人差し指で、左手の人差し指に浮かんでいる【疾風】のマークをちょんと押した。
すると、視界の端に数字が浮かぶ。
どうやらカウントダウンらしい。
たぶん、これがゼロになったらスキル終了ってことだ。
そのとき、リンクが声を張り上げた。
「うさぎ、走れ!!」
「うん!!」
その瞬間、私は地面を蹴った。
え?
次の瞬間には、身体が前へ弾け飛んでいた。
「はやっ!?」
思った以上どころじゃない。
景色が一気に流れて、全然制御できない。
まずい。
止まれない。
そう思った直後!
目の前に、木が現れた。
「うわっ!」
ゴンッ!!
鈍い音が響いた。
次の瞬間、頭に激痛が走る。
「いたああああああい!!」
私はその場に突っ伏すように倒れ込み、頭を押さえた。
膝をついたまま、お尻だけ上がった格好になってしまう。痛いし、恥ずかしいし、最悪だ。
後ろでは三人が大笑いしていた。
「あはははは!」
「うさぎ、速すぎさ!!」
三人が笑いながら駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫かよ?」
「だいじょばない・・・」
涙目でそう返すと、さらに笑われた。
ひどい。
しかも、そのまま動けずにいたら、華菜が私のお尻を撫で始めた。
「ちょっ・・・」
「うさぎのお尻可愛い。リンク、直哉、揉んどけ、揉んどけ」
「お?いいのか?」
「いいさ」
「ダメに決まってるだろ!」
と、言ったけど、無駄だった。
三人は、私のお尻を撫で回す。
「うさぎのお尻柔らかい」
「うさぎのお尻小さ」
「私より小さいじゃん」
鳥肌が立つ。
そして、腹も立つ。
疾風スキルの残された時間を確認すると
「リンクウウウ!直哉アアア!華菜アアア!」
三人が同時に声を上げる。
「ヤベ!」
「逃げるさ!」
「あははは!!逃げろー!」
三人は、それぞれに蜘蛛の子を散らす様に走って逃げる。
私は、まず、リンクを確認すると、リンクは、真っ直ぐに走り去って行く背中が見える。
リンク覚悟!
「逃がさん!!」
すぐに、立ち上がると、地面を蹴ってリンクに向かって飛んでいく。
「リンクウウウ!!」
リンクは、私の声に反応したのか、後を振り返る。
そのタイミングで空中で回し蹴りをした、私の靴がリンクの頬にめり込む。
「グハァ!」
リンクが倒れると、脇目も振らずに直哉を見る。
リンクを回し蹴りで仕留めて着地した瞬間に、地面を蹴り、直哉に向かって頭から飛んでいく。
「死ねええええ!!!」
そのまま直哉の背中に頭突きをする。
「ぐえ!!」
よし。
残るはあと一人!
「華菜ぁぁぁぁ!!」
辺りを見回すと、華菜がきょろきょろしながら私を探していた。
たぶん、速すぎて見失ったんだろう。
「上だよ!!」
私は思いきり跳び上がると、そのまま華菜の背後へ回り込んだ。
「え、ちょっ・・・」
そして両脇に手を差し入れて、
「おらあああ!!」
くすぐり始める。
華菜は、倒れ身を捩りながら
「あははははははははは!!ごめんなさい!!あはははははは!!ごめんなさい!!」
「もうやらない?」
「やりません!やりません!うさぎ様!!」
私は満足して手を離し、ゆっくり立ち上がった。
それから、ぱんぱん、と両手を払う。
見上げれば、雲ひとつない青い空。
陽の光に照らされた草木がきらきらと揺れている。
近くでは川のせせらぎが聞こえていて、のんびりした午後そのものだった。
そんな穏やかな景色の中で。
私が手を払う音だけが、やけに誇らしげに辺りへ響いた。




