七話 ゲーム内のお話
「元々、このクランって、私とリンクで作ったんだよね」
ソファに腰掛けながら、華菜さんがそんなふうに言った。
話によると、現実からこの世界に来た直後、みんな街の中央に集められるように現れたらしい。
しかも、かなりの人数が一気に。
そりゃ、パニックにもなると思う。
私だって、いきなりこんな場所に放り出されたら混乱する。
華菜さんとリンクさんは、そのときたまたま隣同士にいたらしい。
それで一緒に行動するようになって、そのあと一人で彷徨っていた直哉さんを見つけて、三人で動くようになったのだという。
そして、三人はすでにこの世界で十か月近く過ごしているらしかった。
十か月。
その言葉に、私は思わず自分の左腕へ目を向けた。
あの猫は、この世界と現実では時間の流れが違うと言っていた。
けれど、腕に表示されている時間は、ほとんど減っていない。
というか、見ている限りでは一秒たりとも減っているように見えなかった。
この世界の時間は、いったいどれだけ速いんだろう。
「うさぎさんが始まりの館に現れたとき、不思議じゃなかった?」
華菜さんがそう言って、私を見る。
「不思議?」
「うん。だって、私たちがここに来たときって、みんな最初は街の中央だったんだよ」
「そうそう。なのに、うさぎさんは始まりの館に現れたからな」
リンクさんがそう続けた。
でも、それがどういう意味を持つのかまでは、まだよくわからない。
私が首をかしげていると、直哉さんが少し表情を引き締めて、話題を変えた。
「それより、近頃ちょっと治安が悪くなってきててさ」
「だよね。私、普通に怖いもん」
「俺も、あんまり夜は出歩きたくねえな」
三人の空気が、さっきまでとは少し変わった。
冗談ではなく、本気で言っている。
そのことが、表情を見るだけでわかった。
治安?
私は小さく首を傾げる。
ここって、ゲームみたいな世界なんじゃないの?
治安が悪いって、どういう意味なんだろう。
「治安って……?」
「うさぎさんも気をつけた方がいいよ」
華菜さんが真面目な声で言う。
「街の中では、スキルとか魔法は使えないんだけどさ、剣とかナイフみたいな武器は、普通に使えるからさ」
「え?」
「近頃はそれで揉め事が増えてる。特に人が集まる場所はな」
リンクさんの言葉に、背筋が少し冷える。
魔法が使えないなら安全、なんて単純な話じゃないらしい。
現実と同じで、刃物があれば人は簡単に傷つく。
「この前なんて、街の居酒屋で喧嘩があってさ」
直哉さんが、低い声で言った。
「一人、殺された」
その一言に、私は息を呑んだ。
私は、すぐには声が出なかった。
直哉さんが、そんな私の様子を見ながら続きを口にする。
「街の外でもさ、モンスターじゃなくて人を狙ってる奴がいるって話もさ」
「だねぇ。私たちはまだ実際に遭ったことないけど」
「でも、そういう話聞くと外に出るの緊張するよな」
「うん、怖いよねぇ」
三人とも、冗談ではなく本気で言っていた。
そのことが、余計に怖かった。
ここはゲームみたいな世界のはずなのに。
聞けば聞くほど、現実よりも質の悪い場所に思えてくる。
私は少しためらってから、口を開いた。
「あの、その、殺した人は、どうなったんですか?」
その瞬間、三人とも黙り込んだ。
まずいことを聞いてしまったんだろうか。
そんな不安が胸をよぎる。
しばらくの沈黙のあと、直哉さんが低い声で言った。
「処刑されたよ」
「え?」
一瞬、意味がわからなかった。
処刑。
今、この人はそう言ったのか。
「しょ、処刑・・・?」
「そう」
答えたのは華菜さんだった。
けれど、その声もいつもの軽さはない。
「その場に、警察官だった人が四人いたらしくてね。その四人が、殺した犯人を取り押さえたみたいなんだけど・・・」
リンクさんは腕を組んだまま、目を閉じていた。
思い出したくない話なのかもしれない。
直哉さんが続ける。
「そいつを街の中央まで連れて行ってさ。で、その四人が大声で叫んだんだ。“殺人犯の裁判をする”って」
「・・・」
「でも、もう最初から裁判なんかじゃなかったさ」
私は息を呑む。
「弁護士をやってたって人が、弁護すると言って前に出たらしいんだけどさ」
「その四人、自分たちで話を進めちゃってね。弁護なんて認めなかったんだよ」
華菜さんの声は静かだった。
けれど、その静かさが逆に怖かった。
「そのまま“処刑しろ”って煽り始めて、周りもそれに乗ってね」
直哉さんが言う。
「最初はざわついてただけだったらしい。でも、誰かが叫び始めたら、あっという間だった。気づけば、みんなが“処刑しろ”って叫んでた」
私は、喉の奥がひゅっと狭くなるのを感じた。
犯人にも言い分はあったらしい。
でも、誰もそれを聞こうとしなかった。
ただ、“人を殺した”という事実だけで、そこで全部が決められてしまった。
「それで、処刑が決まった」
「すぐ、その場で剣で刺されたさ」
頭の中で、その光景を想像してしまう。
してはいけないのに、浮かんでしまった。
群衆。
叫び声。
取り押さえられた人。
そして、何度も振り下ろされる刃。
気分が悪くなりそうだった。
「で、その四人が中心になって、今は自警団を作ってさ」
「人数もかなり増えてるよ。六百人くらいだっけ?」
「それくらい。今じゃ完全にでかい組織だな」
リンクさんが、苦い顔で言った。
「街の中を我が物顔で歩いてるし、少しでも気に入らないことがあると、すぐ捕まえようとしてくる」
「え?」
「正義感っていうより、もう権力に酔ってる感じかな」
華菜さんが小さくため息をついた。
それだけじゃないらしい。
この街を出て、別の街へ移った人たちの中には、そこを自分たちの縄張りにして、「ここは自分たちの国だ」なんて言い出す集団まで現れているという。
しかも、そういう連中同士で縄張り争いまで起こしているらしい。
さらに別の話では、宗教のようなものを作って、人を勧誘している集団まで出てきているという。
もう、わけがわからなかった。
ここは、ゲームみたいな世界なんじゃなかったの?
なのに起きていることは、ちっともゲームなんかじゃない。
人が集まれば、争いが起きる。
力を持てば、支配しようとする。
正義を掲げた人間が、別の誰かを平気で裁こうとする。
まるで、現実の話を聞いているみたいだった。




