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兎と猫  作者: 藤原 智
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六話 クラン

 クランに入る前に、私はまずウィンドウの使い方を教えてもらった。


 この世界に来てからずっと、視界の左端には白い丸いボタンみたいなものが浮かんでいた。

 ずっと気になっていたし、正直かなり邪魔だった。


「それ押せば、メニュー開くよ」


 そう言われて、私は恐る恐るその白い丸を押した。

 すると、ぶわっと目の前いっぱいに半透明のウィンドウが広がる。

 そこにはいくつもの項目が並んでいて、どうやらここから色々な操作をするらしい。


 いや、ほんとに何これ。

 現実感がなさすぎる。

 本当に、あの猫が作った世界なんだろうか?

 そんなことを考えていると、リンクさんが私に向かって言った。


「今、クラン招待送ったから。承諾して」


 クラン招待。

 そう言われても、最初は何のことかわからなかった。

 でも、ウィンドウの中央あたりでビックリマークが点滅しているのに気づく。

 

「それそれ。押してみ」


 言われるまま指で触れると、文字が浮かび上がった。


『クラン〈かなり。〉より、入会のお誘いが来ています。入会しますか?』

 承諾

 拒否


 私は迷わず、承諾を押した。


「ようこそ。かなり。へ」


 リンクさんが、ちょっと芝居がかった感じで両手を広げる。

 それに合わせて、華菜さんと直哉さんも笑った。 


「よろしくねー」

「よろしく」


 そのとき、華菜さんが私の頭の上を指差した。


「ほら、見て」


 言われて上を見る。

 頭の上には、もともと自分の名前。

 詩兎・ウタウサギ

 が浮かんでいた。

 そのさらに上に、新しく文字が増えている。


 かなり。


 どうやら、これがクラン名らしい。

 なんか、ゲームっぽい。

 いや、ゲームの中なんだから当たり前なんだけど。


「じゃ、早速行こうか」


 華菜さんが操作を教えてくれる。

 ウィンドウを開いて、クランの項目を押す。すると、〈かなり。の基地へ行く〉という表示が出てきた。

 それを押した瞬間。

 ふっと景色が切り替わった。


「えっ」


 思わず声が漏れる。

 次の瞬間には、私はまた知らない部屋の中に立っていた。

 どうやら、ここがクランの本拠地らしい。

 そして、まず気づいた。

 電気がついている。


 電気?

 いや、え?

 どういう仕組み?


 部屋はやっぱり木造だった。

 中央には大きなテーブルがあって、その周りを囲むようにソファが置かれている。


 壁際にはカウンターがあり、その上にはウィンドウみたいな光の板が浮かんでいて、淡い青い光を放っていた。別の壁際には棚がずらりと並び、何か色々収納されているみたいだ。さらに反対側には炊事場まである。


 しかも。

 IHだった。

 IHて。


 なんで異世界っぽいのに、そこだけ妙に現代的なんだろう。

 しかも、奥には下へ続く階段まである。


「あー、部屋増えてんじゃない?」


 華菜さんが階段の方を見ながら言った。

 部屋が増える?

 どういうこと?


「お、そうだな」

「歓迎会は後だな。先にうさぎさんの部屋、見に行こう」

「うさぎさん、こっちこっち」


 三人は慣れた様子で階段を下りていく。

 私は少しだけ身構えながら、そのあとを追った。


 階段の先は、真っ直ぐ伸びる廊下になっていた。

 ホテルみたいな造りだ。

 少し進んだ先に、扉が三つ並んでいる。

 たぶん、あれがそれぞれの部屋なんだろう。

 さらに、その少し手前にも扉が一つあった。

 三人はそこで立ち止まる。


「やっぱ増えてるじゃん」

「だろ?」


 なぜかリンクさんがちょっと得意げだった。

 いや、あなたが増やしたわけじゃないよね?

 直哉さんが扉を開ける。


「どうぞ」


 促されるまま、中に入った。

 最初に見えたのは短い廊下。

 左側にはシンクとIHコンロ。

 その奥には二つの扉。

 さらに突き当たりには、カーテンが掛かっていた。


 その瞬間。

 私は、息を止めた。

 見覚えがある。

 今までずっと、この世界のものはどこか作り物みたいで、現実味が薄かった。


 なのに、ここだけは違った。

 急に、現実の空気が入り込んできたみたいだった。

 私は奥手前の扉を開ける。

 そこは、トイレだった。

 しかも普通の水洗トイレ。

 トイレットペーパーまでちゃんと付いている。


「ちなみにこれ、無限だから」

「はい?」


 思わず振り返ると、華菜さんが真顔で頷いた。


「トイレットペーパー。減らないの」

「確かに減らないな」

「仕組み解明できたらノーベル賞いけるよね」

「いけるな」


 何そのどうでもいい雑学。

 いや、どうでもよくはないか。

 むしろ生活に直結する大事な情報かもしれない。


 でも今は、そこじゃない。

 私はトイレの扉を閉めて、もう一つの扉を開けた。

 やっぱり、風呂場だった。

 そしてそのまま、廊下の突き当たりへ向かう。

 仕切り代わりのカーテンの前で、足が止まった。


 その柄に、覚えがあった。


「うさぎさん? どうかした?」

「いや……」


 私はそっとカーテンを開ける。

 中を見た瞬間、確信した。


 やっぱり。

 そこにあったのは、私の部屋だった。

 見慣れた配置。

 見慣れた空気。

 ここだけ、明らかに私の知っている“部屋”だった。


「みんなの部屋も、こんな感じなんですか?」


 振り返って聞くと、三人とも普通に頷いた。


「同じだよ」

「ベースは一緒」

「細かく変えたりはできるけどな」


 私は少しだけ黙る。

 もしかして。

 あの猫にとって、“人間の住む場所”って、私の部屋と、思っているのだろうか?


 三人が不思議そうに私を見る。


「どうしたの?」

「いや、その……」


 本当のことを言うのは、なんとなくやめた。


「部屋だけ、すごく現実っぽいなって思って」


 そう言うと、三人は「あー、わかる」と軽く笑った。

 私は曖昧に笑い返す。


 それからみんなで上に戻り、ソファに腰を下ろして、改めて色々と話をすることになった。

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