四十三話 現実に思い出を
いつもの場所でキルアさんたちと合流した。
「よう。で、今回は?」
「また同じことをします。でも……」
「ん?指どうしたんだ!」
切り落とした右手の小指を見て、キルアさんが顔をしかめる。
「あ……仕事で怪我を」
咄嗟にそう答えた。
これ以上、心配をかけたくなかった。
ふと気づくと、キルアさんたちの頭上にあるクラン名が、もう『かなり。』になっていた。
私がそれを見ると、キルアさんは肩をすくめて笑う。
「こっちの方が早いしな」
「……喧嘩のくだり、なくても何とかなるかな」
「なるだろ。たぶん」
軽く言い合ってから、私は息を整えた。
「今回を入れて、あと四回だけ、ここに来ます。その後は……」
「そうか。それで、俺たちとも終わりか」
「いえ。必ず、現実に解放します」
「何か考えがあるのか?」
「朧げには。でも、今はまだ言えません」
「気になるけどな」
キルアさんは少し黙って、それから頷いた。
「分かった。信じてみるか」
「ありがとうございます。少し準備してきます」
「おう。その後は、いつも通りか?」
「はい」
あの隠し部屋へ向かった。
そこで全てのスキルをマスターし、レベルを上げ、始まりの館へ戻って転職する。
今回、ストックに入れたのは、華菜が得意げに見せてくれたスキル〈吐血〉だった。
ウィンドウの下に、
ストック[吐血]
と表示されたのを確認してから、私は前回と同じように絶望値を上げ、現実へ戻った。
今回は、最初からキルアさんたちが『かなり。』のメンバーになっていた分、やり方を変えた。
そのせいで、街の被害は前回よりずっと大きくなった。
「また絶望かい? まあ、そうなったのは仕方ないとして……次も絶望にすると、今度は罰があるからね。そろそろ希望を頼むよ」
猫が何か言っていた。
けれど、聞く気はなかった。
次が大事だった。
これで無理なら、ここまで積み上げてきたものが全部泡になる。
「ゲームの世界に、あと三回は行くから」
「大丈夫かい?本当に罰があるよ?」
「どうせ、手足が切断されるだけでしょ?もうどうでもいい!!絶対に死んでやるから見てろ!」
「そうじゃないんだよ。罰は、それとは別の制約だ。やめた方がいいと思うけどね」
「うるさい!!早くしろ!」
叫んだ次の瞬間、始まりの館に立っていた。
「あと三回か。うさぎちゃんに会えなくなると思うと、寂しくなるな」
「大丈夫ですよ」
「だといいがな」
キルアさんはそう言って笑った。
何も言わず、次の準備に入る。
今度選ぶのは、〈マテリアルライズ〉。
ここが重要だった。
この世界と、前回の世界は別の世界のはずだ。
もし全部が同じ世界なら、リンクたちがいないのはおかしい。
キルアさんたちは、世界線に魂が囚われていると言っていた。
なら、ストックに入るのは“別の世界へ持ち出せるスキル”のはずだ。
ストックに〈マテリアルライズ〉を加えた。
視界の端に浮かぶ表示は、
ストック[吐血]
ストック[マテリアルライズ]
となっていた。
それを見て、ほんの少しだけ安心した。
そして今回も、必要なだけ絶望値を上げて現実へ戻る。
吹き飛ぶのは、たぶん左腕だろう。
そう思っていた。
現実に戻った瞬間、案の定、左腕が消し飛んだ。
激痛が走る。
それでも、もうどうでもよかった。
「早く、治療しろ」
「分かっているよ」
猫がそう言うと、血も痛みもすっと引いた。
左腕に刻まれていた時間表示は消え、その数字は左脚へ移っていた。
次は、左脚か。
そう思っただけだった。
あれほど腕を失うのが怖くて仕方なかったのに、もう恐怖すら薄れていた。
左腕を失ったまま、またゲームの世界へ戻る。
キルアさんたちは、私の姿を見た瞬間、言葉を失った。
「……うさぎちゃん」
「隠しても仕方ないので、全部話します」
今起きていることを全部話した。
次に来た時には、左腕と左脚を失っているだろうことも。
キルアさんたちは必死で止めた。
けれど、私は止まるつもりはなかった。
次に選んだのは、〈死んだフリ〉。
ウィンドウには、
ストック[吐血]
ストック[マテリアルライズ]
ストック[死んだフリ]
と表示された。
そして、また現実へ戻る。
予想通り、今度は左脚が吹き飛んだ。
その場に倒れ込む。
猫が傷を塞ぐ。
すぐにもう一度と告げると、猫が珍しく心配そうな声を出した。
「その体で本当に大丈夫かい?」
「大丈夫!早く!」
怒鳴るように言うと、また始まりの館へ転送された。
「お、おい、本当に大丈夫かよ!」
左腕も左脚も失ったまま、床に転がっていた。
起き上がれないので、そのまま話す。
「大丈夫です。これで最後です」
「俺たちが見る最後のうさぎちゃんが、そんな姿なんて……」
キルアさんは、そこで言葉を失った。
その時、ふと思いついた事を伝えてみた。
「それより、その姿で〈復元〉を使ってみたらどうでしょうか?」
「どこも切断されてないけど?」
「魂の存在なんでしょ?屁理屈かもしれないけど、体そのものが欠けてるって考えれば……」
「おお!いけそうな気がしてきた!やってみてくれ」
ヒーラーの人が、キルアさんへ〈復元〉を使う。
見た目には何も変わらなかった。
けれど次の瞬間、キルアさんが私の右腕を掴んだ。
ちゃんと、触れられた。
「おお!!」
「触れた……!」
「マジかよ……!」
周囲が一気にどよめく。
「皆にも〈復元〉を!!」
キルアさんに肩を貸してもらいながら、その光景を見ていた。
次々と、皆が実体を取り戻していく。
泣き出す人。
笑い出す人。
その場で抱き合う人。
誰もが、自分の体を確かめるように触っていた。
そして、うさぎにも復元をしたが復元されなかった。
「でも、私が現実に戻ったら、皆はこの世界に閉じ込められます」
「マジか?」
「はい……。でも、必ず解放させます」
「信じるよ」
キルアさんは、復元された自分の手を握ってから言った。
「まさか、もう一度触れられるようになるなんて思ってなかったしな」
最後にストックへ入れたのは、〈復元〉だった。
ストック[吐血]
ストック[マテリアルライズ]
ストック[死んだフリ]
ストック[復元]
これで、全部揃った。
あとは、死ぬだけだった。
「キルアさん、お別れです。電話番号、覚えてますか?」
「あ……」
キルアさんは慌ててポケットを探る。
「お?あった」
「良かった」
胸の奥で何かが痛むのを感じながら笑った。
それから、いつものように絶望値を上げていく。
もう迷いはなかった。
何をすれば絶望値が上がるのか、嫌というほど知っていた。
全部が終わった時、皆を見渡した。
「皆さん、お別れです。さよなら」
あちこちから、手が振られる。
その中を、キルアさんが前へ出てきて、最後に私を抱きしめた。
「さよならじゃないよ。またな!」
「はい!また!」
笑って頷いた。
その次の瞬間、現実へ引き戻される。
そして、右脚が吹き飛んだ。
次、完結です。




