最終話 私の希望
右脚が、消失した。
四肢で残されたのは、右腕のみになった。
何も感じなかった。
もう、とっくに狂っていたのかもしれない。
けれど、全てのスキルは揃った……。
腹の底から、笑いが込み上げてきて、どうしても止まらなかった。
「あははははははははははははははははははははは!!」
甲高い笑い声が部屋に響く。
ロイが、訝しげにこちらを見下ろしていた。
「大丈夫かい?すぐに血は止めてあげるよ」
その声すら、もう耳に入らない。
視線は、ただひたすら、目の前に浮かぶスキルへと向けられていた。
〈マテリアルライズ〉
リンクと初めてハイタッチをしたスキル。
〈復元〉
華菜の腕を取り戻した、大切なスキル。
〈吐血〉と〈死んだフリ〉
皆で笑い合った、かけがえのない思い出のスキル。
スキルを眺めているだけで、リンクと、華菜と、直哉と過ごした時間が、次々と脳裏を巡っていく。
今、笑っているのだろうか?
それとも、泣いているのだろうか?
自分でも分からない。
一瞬だけ、私はロイを睨みつけた。
「次は、どうするのかな?」
面白がるように問いかけてくる。
そんなもの、決まっていた。
残った右手を動かし、〈吐血〉のスキルをなぞる。
「うえええ……」
仰向けのまま、口から血が溢れ、頬を伝い、床へと流れ落ちていく。
続けて、〈マテリアルライズ〉をなぞり、ロイへ向けて放つ。
「だから言っただろう?僕を実体化させたところで無駄だって。少しは学ばないと駄目だよ?」
「やっと!!死ねる!!」
フッと笑う。
「これが私の浪漫だ!!」
そして、そのまま最後に〈死んだフリ〉をなぞる。
次の瞬間、意識が途切れる寸前に、直哉とハイタッチした気がした。
「は?」
ロイの声が、間抜けに止まる。
「君……どうしたんだ?」
ロイはその場で固まっていた。
まるで思考そのものが止まってしまったみたいに、微動だにせず、倒れた私を見つめている。
やがて、時間が戻ったように声を荒げた。
「死ぬのは許さない!生きろ!お前が死んだら僕は!!」
初めて、はっきりと焦りを見せた。
私の胸へ飛び乗り、顔を押し当て鼓動を確かめる。
「そ、そんな……君が死ぬと、僕は永遠に……」
声が震えていた。
「死なないでくれ。お願いだよ……!」
狼狽えたまま胸の上から飛び降り、再びテーブルへ飛び移る。
どうすればいいのかわからないまま、必死に何かを考えているようだった。
その時だった。
「ゴホッ! ゴホッ!」
わざとらしく大きく咳き込みながら、目を開けた。
ロイが振り返る。
その顔には、隠しようのない安堵が浮かんでいた。
「良かった。本当に良かった!もし、君に死なれたら……。本当に君は……僕の希望だ!」
その瞬間、ロイの身体が、白く光っていた。
「あ……希望の光」
右手を上げ、ロイの身体を指差した。
そして、初めて猫を見下ろすように笑った。
頭の中で叫んだ。
自分自身でも喰ってろ!
ロイは自分の身体を見下ろし、希望の光が灯っているのを見た瞬間だった。
ニタァと笑い、あの時と同じように甲高い声で鳴いた。
「ナァァァァゴ!!」
次の瞬間。
ロイの口が大きく裂けた。
いや、違う。
口の内側から、べろりと裏返るように肉がめくれ上がり、そのまま自分の身体を包み込んでいく。
骨も皮も形も意味を失い、ぐずぐずとした肉塊のようなものへ変わりながら、猫という形そのものが崩れていく。
ゴクンッ。
何かを飲み込むような不気味な音が、静かな部屋に響いた。
次の瞬間、ロイの身体は粒子へと砕けた。
無数の細かな光となって宙に舞う。
同時に、床へ転がっていた、いくつもの“絶望“のガラス玉も、ぱきん、と音を立てて砕け、同じように光の粒子へ変わった。
ロイの光と、ガラス玉の光が混ざり合う。
残された最後のスキル、〈復元〉をなぞろうとして、小指にあった契約の印が消えていることに気づいた。
やっと終わった。
そう思った瞬間、〈復元〉を発動する。
失われていた部分が、一瞬で肉体へと戻ってくる。
床に転がっていた、腕、脚、小指が消滅した。
光の粒子はそのまま窓の外へと飛び出し、夜空へ昇っていく。
やがて空の一点で弾けた。
世界が、一瞬だけ昼のように白く染まる。
そして光は、四方八方へ散っていった。
まるで、閉じ込められていた何かが、ようやく解き放たれたみたいに。
夜の闇が戻ると確信した。
皆、解放されたのだと。
リンクも。
華菜も。
直哉も。
キルアさん達も。
あの世界に囚われた全員。
復元された手足を確かめ、ゆっくりと立ち上がる。
それから、テーブルに片足を乗せた。
一人しかいないはずの部屋なのに、そこにはリンクと華菜と直哉がいる気がした。
いつものノリで、皆で並んでテーブルへ足を乗せ、笑い合っている気がした。
夜空へ向かって中指を立てる。
そして叫んだ。
「ざまあみやがれ!!」
その瞬間、ベッドの上に放り出されていた携帯が、小さく震えていた。
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