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兎と猫  作者: 藤原 智


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三十八話 街襲撃イベント

「詩韻兎様、ようこそお越しくださいました」


 カウンターの向こうで、いつもの女性が微笑んだ。


「クラン『かなり。』のメンバー全員に、モンスターが従うようにできますか?」


 心の中で祈っていた。

 私に都合のいい世界なんでしょ。

 だったら、お願い。


「承りました」


 その返事を聞いた瞬間、張っていた息が少しだけ抜けた。


「設定を完了いたしました」

「ありがとうございます」


 それだけ言うと、私は急いでホームへ戻った。

 中に入ると、キルアさんがすぐにこちらを見る。


「準備、終わったのか?」

「はい。今から説明します」

「おう」


 これからの流れを話した。

 かなり。のメンバー全員に、モンスターが従うようになったこと。

 この世界中のボスや、強いモンスターたちを始まりの街の外、森の中に転移し、身を隠すように命じてほしいこと。


 それから、ヒーラーの人たちには復元のスキルを取りに行ってもらいたいこと。

 話し終えると、キルアさんが頷いた。


「分かった。じゃあ皆、仕事だ。始めるぞ」

「おお!」


 低く、けれど揃った声が返る。

 皆は一斉にホームを出ていった。

 残ったのは、私とキルアさんだけだった。


「うさぎちゃん、俺たちはどうする?」

「街の外の様子を見に行きます」

「了解」


 ホームを出て、始まりの街を抜けた。

 街の人たちの視線が、あちこちから刺さるように集まってくる。

 あの茶番は、思っていた以上に効いていたらしい。

 少しだけ、口元が緩んだ。


 森の中へ入ると、空気が変わった。

 静かなはずの木々の間に、次々と気配が増えていく。

 低い唸り声。重い足音。枝を揺らす大きな影。

 モンスターたちが、どんどん集まり始めていた。


 かなりの時間はかかったけれど、準備は整った。


「いつ決行する?」

「すぐに」

「了解」


 ホームから森へ直接出られるようにポイントを設定していた。

 全員で森へ移動すると、そこで最後の説明をする。


「モンスター全員に、始まりの街を襲うよう命じてください。ただし、人は殺さないこと。かなり。のメンバーには、攻撃しているふりをしてください。私の攻撃を受けたら、自害するようにも命じてください」


 そこまで言ってから、続けた。


「……それと、他の人たちには、手足の切断までは許します。ヒーラーの人たちは、街で切断された人がいたら、すぐに〈復元〉を使ってください」


 言い終えた瞬間、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


「うさぎちゃん、どうした?」


 キルアさんの声が聞こえた。

 皆が心配そうに見ているのも分かった。

 けれど、すぐには顔を上げられなかった。


 手足の切断までは許す?

 いま何を口にしたんだろう。

 猫が私にしていることと、同じじゃないか。

 そう思った瞬間、頭の中が真っ白になった。


 〈復元〉できるからいい?

 痛みを与えても、元に戻せるから?

 切断された時のあの絶望を、今度は私が他人に与える?

 どうして、そんな考えが浮かんだのだろう。

 心の奥に、黒いものがじわじわと広がっていく気がした。


 けれど、絶望を与えるには恐怖がいる。

 この計画を進めるなら、ここは避けて通れない。

 そう決めた瞬間、心臓を強く握られたみたいに胸が苦しくなった。


「……大丈夫です。ごめんなさい」


 ようやく顔を上げて、言った。


「それから、最初はキルアさんたちがモンスターと戦って、やられたふりをしてください。そのあと、順番にホームへ戻ってください」

「了解。他には?」

「後は、私がやります」

「分かった。皆、やるぞ!」

「おお!」


 ヒーラーの人たちが先に街へ戻る。

 残った皆が、それぞれモンスターへ命令を飛ばしていった。

 数が多いせいで時間はかかったけれど、やがて全てのモンスターが、始まりの街へ向かって動き始めた。


 いったんホームへ戻る。

 そこから、キルアさんたちだけが街へ出て、モンスター相手に茶番を始めた。


 モンスターが襲ってきたことで、街は一気に騒然となった。

 キルアさんたちが先頭に立って応戦し、街の人たちも武器を手にして飛び出していく。

 けれど、相手は強すぎた。

 集めたのは、この世界でも上位のボスや強力なモンスターばかりだ。

 たとえ最高レベルまで育てた人間でも、まともに勝てる相手じゃない。


 次々に悲鳴が上がる。

 腕が飛び、脚が飛ぶ。


 倒れた人のもとへ、ヒーラーが駆け寄って〈復元〉を使う。

 街のあちこちで、泣き声と怒号が混ざり合っていた。

 その混乱の中で、かなり。のメンバーは一人ずつ、やられたふりをしてホームへ戻ってくる。

 そして最後に、キルアさんが帰ってきた。


「今、街の外壁を攻撃してる」

「分かりました。キルアさん、ありがとうございます。行ってきます」


「気をつけてなってのも、ちょっと違うか」


 ふっと笑った。


「行ってきます」


 ホームを出ると、街の中はまだ混乱の最中だった。


「ウタウサギさんだ!」

「おっ、姉ちゃん来てくれたのか!」

「もう、あんたしか頼れねえ!」


 あちこちからそんな声が飛んでくる。

 それを真っすぐ受け止めて、叫んだ。


「私に任せて!!」


 〈神速〉を使い、街の外へ飛ぶように駆けた。

 ここで時間をかけるつもりはなかった。

 あくまで、簡単に圧倒してみせる。

 それが目的だった。


 街の外へ出ると、そこには夥しい数のモンスターがいた。

 城壁を囲むように、びっしりと。

 よくもまあ、ここまで集めたものだと、少しだけ笑ってしまう。


 すぐに〈ナイフ乱舞〉を使った。

 数十体のモンスターが、ほぼ同時に崩れ落ちる。

 斬られたものも、自害命令に従って倒れたものもいた。

 ナイフ乱舞を重ねるたびに、外壁の前にいたモンスターの群れがみるみる減っていく。

 あっという間に、モンスターはいなくなった。


 息を整えてから、街へ戻ると、拍手喝采が沸き起こる。


「すげえ……」

「助かった!」

「やっぱりウタウサギさんしかいねえ!」


 皆が口々に私を称えている。

 手を上げて応えながら、そのままホームへ戻った。

 中では、キルアさんたちが待っていた。


「あと二回、同じことをします」

「ただし、一日に一回ずつでお願いするぜ。準備が大変だ」

「はい」


 そう返事をすると、皆は静かに頷いた。


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