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兎と猫  作者: 藤原 智


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三十七話 喧嘩上等!

「おい!聞いたか!俺たちヴァルハラに喧嘩を売ってきた馬鹿がいるぞ!街の外で決着つけるって、キルアが言ってる!」


 ヴァルハラのクラン名をつけた人たちが、始まりの街のあちこちで大声を張り上げながら駆け回っていた。

 その声を聞きつけた街の人たちが、何事かとぞろぞろ出入り口の方へ集まってくる。


「え? 一人で?」

「女の子じゃん」

「ヴァルハラ相手に、女一人って……」


 ざわざわと、見物人たちの声が広がっていく。

 私は、街の外に立っていた。


 少し先には、ヴァルハラの皆がずらりと並んでいる。

 その数、八百三十人。

 さすがに圧がすごい。

 後ろでは野次馬たちが面白がって笑っていた。

 それが全部、背中に刺さってくるみたいで、手が震える。

 緊張している。


 すると、前に立っていたキルアさんが、笑いを必死に堪えながら一歩前に出た。


「俺たちにー!喧嘩を売るとはー!いい度胸じゃないかー!」


 なんて芝居が下手なんだ。

 あまりにも棒読みで、思わず吹き出した。


「あはははははは!」


 やばい、と思った時にはもう遅かった。

 けれど、その笑い方が逆によかったらしい。


「あの子、余裕あるぞ?」

「もしかして、ほんとに強いんじゃね?」

「ヴァルハラ相手に笑ってるぞ……?」


 後ろから、そんな声が聞こえてきた。

 えーと……。

 私の台詞、何だっけ。

 頭が真っ白だった。


「えっと……あの、その……」


 キルアさんが、駄目だこりゃと言いたげに手で顔を覆う。

 ぐだぐだだった。


 それでも、このまま黙っているわけにはいかない。

 息を吸い込んだ。


「ヴァルハラ!お前たちじゃ、魔王には勝てない!!」


 周囲が少し静まる。

 私は、もう一度叫んだ。


「だって、お前たちは!私一人にも勝てないんだから!」


 一瞬の沈黙。

 それを破るように、キルアさんが大げさに叫んだ。


「な、何だとー!皆、やっちまえー!殺してもかまわねー!」


 びっくりするくらい完璧な棒読みだった。

 私は思った。

 ……駄目だこりゃ。


 ヴァルハラの皆が、一斉に私へ向かって走り出した。

 後方ではヒーラーたちが〈マテリアルライズ〉を使い、次々と実体化させていく。


 〈神速〉を使った。


 迫ってきた前衛の間をすり抜けざま、横腹に回し蹴りを叩き込む。

 その反動のまま低く潜り込み、足を払う。


「うおっ!?」


 一人が転ぶ。

 後ろの何人かがそれに巻き込まれて、まとめて倒れた。

 そのまま私は地を這うように駆け抜け、跳ねるみたいに次々と蹴りを入れていく。


「やーらーれーたー!」


 蹴られながら、そんなことを言って大げさに倒れていく人までいた。

 それがあまりにも馬鹿馬鹿しくて、笑いが込み上げてくる。


「あははははははははは!!」


 後ろから野次馬の声が飛んだ。


「あの女、笑いながら戦ってるぞ!」

「ヴァルハラ、よえー!」


 けれど途中から、明らかに攻撃していないのに勝手に倒れる人まで出てきた。


 ちょっと待って。

 それは流石に雑すぎる。

 茶番だとバレないか、少しだけ不安になる。


 走り続け、蹴り飛ばし、転ばせ、気づけば立っているのはキルアさんだけになっていた。

 キルアさんが一歩前に出る。


「やるな!こうなったら、全力でいかせてもらう!」


 今度は棒読みじゃなかった。

 その声に、私は少しだけ身構える。

 本気で来るのかと思った。


 キルアさんは、頬を突き出しながら走ってきた。

 どう見ても、ここを殴れと言っている。

 走り方があまりにも滑稽すぎた。


「あははははははははは!!」


 もう駄目だった。

 笑いが止まらない。

 それでも一応、芝居が下手すぎる罰として、本気で回し蹴りを叩き込んでおいた。


「ぶっ!」


 変な声を出しながら、キルアさんが吹っ飛んで倒れる。

 その瞬間、周りで転がっていたヴァルハラの皆が一斉に起き上がり、その場で土下座した。


「参りました!!」


 あまりにも声が揃いすぎていて、逆に怖かった。

 胸を張って言う。


「全員、今日から私の部下ね!」

「はい!!」


 茶番は終わった。

 私を印象づけるには充分だろうと思う。

 街へ戻ると、見ていた人たちが拍手していた。 


「姉ちゃん、やるな!」

「すげえ……」

「ヴァルハラを一人で……」


 好き勝手に声をかけられて、少しだけ気分がよくなる。

 そのまま広場で、私はヴァルハラの全員を『かなり。』へ入れた。

 八百三十人分。

 とんでもなく面倒な作業だった。


 街の人たちは、その様子を呆然と眺めていた。

 全員の加入が終わると、私たちはホームへ向かった。


 中へ入った瞬間、思わず目を疑う。

 広い。

 前とは比べものにならないくらい広い。

 千人くらいなら余裕で入りそうな空間になっていた。


 ホームに入るなり、キルアさんが文句を言ってくる。


「うさぎちゃん、今の最後のやつ、本気で蹴っただろ?」

「うん」


 全力の笑顔で答えた。


「やっぱりな……」


 キルアさんは頬を押さえながらぼやく。


「じゃあ、次の作戦に入ります」

「おう、そうだな。で?」

「少し準備がいるので、ここで待っててください」

「分かった。少し疲れたしな」


 そう言って、キルアさんたちは思い思いにくつろぎ始めた。

 ……幽霊でも疲れるんだろうか?

 そんなことを考えながら、私は一人でホームを出る。


 向かう先は、始まりの館。

 名前登録の受付に行き、ウィンドウへ『希望の光』と入力する。


 確認の文字が流れたあと、私は、隠し部屋へ転送された。


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