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兎と猫  作者: 藤原 智


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三十三話 マテリアルライズ・死んだフリ・吐血

 いつもの場所だった。

 毎日、飽きもせず、四人で蜘蛛を狩り続けた場所。


 後になって知った。

 私たちは、街の人たちから“蜘蛛”と呼ばれていたらしい。

 ひどい。

 そう思うと、ふっと笑いが漏れた。


 見上げた空は、あの頃と何も変わらない。

 青くて、雲だけが呑気そうに流れている。

 まだ、そんなに時間は経っていないはずだった。

 なのにもう、ずっと昔のことみたいに思える。


 草むらに腰を下ろす。

 すると、この場所に残っているはずもない声が、すぐそばで聞こえた気がした。


 リンクが私を呼ぶ声。

 華菜の遠慮のない笑い声。

 直哉が得意げに「浪漫だろ?」と言う声。


 あの時も、私はここに座っていた。

 リンクと二人で蜘蛛を狩っていた時だった。

 木陰の向こうから、ふわりと奇妙な影が現れた。


「あれは……霊体だな」

「霊体?」

「ああ。あいつを倒すには、実体化させるしかない」

「どうやって?」


 そいつは、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 急いでいるわけでもないのに、妙な圧だけがあった。


「ヒーラーのスキル、〈マテリアライズ〉を使う。……まあ、見てな」


 リンクがそう言って、霊体を実体化させた。

 私がそれを倒して、戦いが終わったあと、二人で手のひらを打ち合わせた。

 あの時のハイタッチの感触を、今でも覚えている。


 それから少しして、華菜と直哉がやって来た。

 二人は新しく覚えたスキルを披露すると言って、やたら得意げだった。

 先に見せたのは、直哉だった。


「見とけよ」


 そう言った直後、直哉はばたりと倒れた。

 ……それだけだった。

 しばらく黙って見ていたけれど、本当にそれだけだった。

 なのに本人は、なぜか胸を張っている。


「お前ら、死んだことないだろ?」

「このスキルは、本当に死んでるんだよ」


 すごいのかどうか、よく分からなかった。

 私が「くだらない」と言ったら、直哉は露骨に拗ねた。

 最後は、華菜だった。


「じゃーん!〈吐血〉!」


 うええええと本当に血を吐いた。

 血を吐く。

 以上。


 あまりのくだらなさに、しばらく言葉が出なかった。

 でも、こんなスキルを本気で自慢している華菜は、いかにも華菜らしかった。


 直哉が華菜の肩を抱き、華菜も負けじと肩を組み返す。


「これが」

「私の」

「俺の」

「浪漫だ!」


 本当に馬鹿だった。


 気づけば、笑っていた。


「あはははははははははははははは……っ」


 一人きりの草むらで、思い出し笑いが止まらない。

 今の私を誰かが見たら、きっと心配するだろう。


 クランのホームへ向かった。

 懐かしいはずなのに、胸の奥が痛んだ。


 いつも皆で朝食を食べていたソファ。

 くだらないことで笑って、どうでもいいことで喧嘩して、それでもまた同じテーブルを囲んでいた場所。


 なのに今は、静かすぎた。


 あの頃は当たり前だった気配が、どこにもない。

 広くもなかった部屋が、やけに広く見える。


 そして、あの時とは違って、部屋はひとつしかなかった。

 ソファに腰を下ろし、ぼんやりと部屋を見つめた。


 リンク。

 華菜。

 直哉。


 三人はもういない。


 この世界にも、現実にも。


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