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兎と猫  作者: 藤原 智
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三十一話 憎悪

 食べられた。

 猫は、笑いながら言った。


「希望は美味しい」


 その言葉と同時に、リンクが、華菜が、直哉が、食べられた。

 あの世界にいた人たちが。

 あのゲームの中で生きていた、みんなが。

 目の前で……。


 死んだ。


「うっ……ぷ」


 喉の奥から、何かがこみ上げてくる。

 私は口元を押さえ、よろけるようにトイレへ駆け込んだ。


「うえええええっ……!」


 便器にしがみついたまま、吐く。

 胃の中のものを吐ききっても、吐き気は止まらなかった。


 涙と唾液で顔がぐちゃぐちゃになる。

 それでもえずくのは止められない。

 気持ち悪い。


 けれど、本当に苦しいのは、そんなことじゃなかった。

 顔を洗い冷たい水を浴びても、何も変わらない。

 ふらふらとベッドへ戻り、そのまま倒れ込む。

 枕に顔をうずめ、頭を抱えると、足が勝手にばたばたと暴れた。


「うあああああああああああっ!!」


 叫ばずにはいられなかった。

 頭の中を、思い出がぐるぐると巡る。


 リンクの笑い声。

 華菜の明るい声。

 直哉の呆れた顔。

 くだらないやり取り。

 一緒に過ごした時間。

 帰ったら、また会おうと交わした約束。


 涙が止まらない。

 胸の奥を、ぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだった。


 リンクが。

 華菜が。

 直哉が。

 みんな、もういない。

 どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、もう戻ってこない。


 私はその日から、ほとんど寝たきりで過ごした。

 外に出るのは、コンビニに弁当を買いに行く時だけだった。

 食べては吐き、食べては吐いた。


 ぼんやり天井を眺めていたかと思えば、急に涙が出てくる。

 自分の中が、少しずつ壊れていくのがわかった。

 そして、考えるようになった。

 あの猫を、殺したい、と。

 気がつけば、頭の中は猫への憎悪で埋まっていった。

 猫は、実体を持たない。


 どうすれば殺せる?

 どうすれば壊せる?

 何も思いつかなかった。


 十日ほど経った頃、猫が現れた。

 まるで何事もなかったみたいに、いつもの調子で。


「やあ。またお願いしたい事があるんだ」


 私はベッドに横になったまま、猫を睨みつけた。

 けれど猫は、そんな視線など気にも留めずに続ける。


「僕について来て欲しいんだ」


 私は黙ったまま、天井を見上げていた。


「どうしたんだい? 今日はおとなしいね?」


 相手なんかしたくなかった。

 けれど、左腕が吹き飛んだ時の痛みを思い出して、私は無理やり口を開く。


「お願いって、私の方から選ばせて欲しい……」

「ん? そうだな……内容にもよるかな?」

「もう一度、あのゲームの中に……」

「へえ?」

「やり方、分かったし…」

「……何だ、それなら大丈夫だよ。君は実績があるからね」

「お願い…します…」

「うーん。でも今は何も準備してないんだ。また来るよ」


 猫はそれだけ言い残して、消えた。

 猫について行けば、ろくなことにならない事は、あの倉庫で経験済みだ。

 猫は、言っていた。

 希望を与えるには、贄が必要だと。

 次もきっと、私に誰かを殺せと言うに決まっている。


 何で、こんなことになったんだろう。

 気づけば、また涙が流れていた。


 今の境遇で泣いているのか。

 皆を失った悲しみで泣いているのか。


 もう、自分でも分からなかった。

 ただ、一つだけはっきりしていることがある。


 リンク。

 華菜。

 直哉。


 会いたい。


 そして、あの猫を殺したい……。

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