表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兎と猫  作者: 藤原 智
3/34

三話 腕

 左腕から、焼けるような痛みが一気に駆け上がってきて、頭の奥まで突き刺さった。


「――っ、ああああああっ!!」


 何が起きたのか、すぐにはわからなかった。

 けれど、自分の左腕がなくなっていることだけは、嫌でも理解してしまう。


「い、いやっ、いやあああ!!」


 震える右手で、必死に左腕の付け根を押さえる。

 熱い。ぬるりとしていて、指の間から血があふれていく。怖い。痛い。苦しい。何も考えられない。


「う、腕がっ、私の、腕がぁぁぁっ!!」


 その場に崩れ落ちて、床にうずくまる。

 痛みのあまり身体が勝手に跳ねて、足先が近くのテーブルを蹴ってしまった。大きな音が響く。

 涙が止まらない。

 息もうまく吸えなくて、喉の奥がひゅうひゅう鳴る。


「やだ、やだよぉ、いたい、痛い」


 泣きじゃくる私の耳に、不意に猫の声が届いた。


「一回だけなんだけど、腕と血を元に戻すことが出来るよ?」


 その言葉だけは、不思議なくらいはっきりと聞こえた。

 私は顔を上げる。涙で滲んだ視界の向こうにいる猫が、ひどく現実離れしたものに見えた。

 でも、そんなことを考えている余裕なんてない。


「も、戻して!お願い!戻してぇ!」


 みっともないなんて思う余裕もなかった。

 ただ、この痛みと恐怖から逃れたくて、私は声を震わせながら叫ぶ。


「じゃあ、今度から僕のお願いを、ちゃんと聞いてほしいんだ」

「き、聞く!聞くから!だから、お願い!」


 猫は確かめるみたいに言った。


「約束だよ?」

「や、約束する、から、早く!!」


 すると猫は、まるで何でもないことみたいに告げた。


「はい。腕と血、元に戻したよ?」

「・・・え?・・・」


 荒い呼吸のまま、私は目を見開いた。

 左腕の付け根を押さえていた右手の下に、確かな感触がある。

 恐る恐る触れてみる。指がある。手首がある。肘がある。ちゃんと、左腕がある。

 

 さっきまで頭の奥を焼いていた激痛は、もうなかった。

 ただ、床に散った血と、自分の涙だけが、あれが夢じゃなかったのだと教えてくる。

 私は震える指先で、戻った左腕を何度も確かめた。


「ほ、ほんとに、戻ってる」


 よく見ると、左腕に浮かんでいる数字が、48:00になっていた。

 その数字を見た時、恐怖で体が震えていた。


 翌朝、警察から電話がかかってくる。

 もう一度詳しい話しをと。

 お昼に警察に行き、また、同じ話しをして、帰る途中、猫が、いつのまにか隣を歩いていた。

 そして、猫は言う。


「君を選んだのは、失敗だっかもしれない」


 私を解放して欲しいと心から思った。 

 家に着くと、猫は、話し始めた。


「考えたんだ。君、人間を殺せないだろ?」


 静かに頷くと、猫は話しを続ける。


「君達人間の娯楽にゲームていうのがあるだろ?そのゲームの中のモンスターならどうかな?これは、君に対して譲歩してるのだけれど」

「ゲーム・・・」

「そう。どうだい?」


 また、何か怖い事に巻き込まれると思った。

 お願いを聞きたくなかった。

 私を解放して欲しいと心から願った。


「私は、もうやりたく無い」

「さっきは、あんなに何でも聞くと言っていたのに?酷いなぁ、嘘をつくなんてね。ま、痛みと混乱の中だから仕方ないか。でも、無理なんだよね。一度契約してしまったからさ。ある意味、君が僕の希望なんだよね」

「う、うぅぅぅ・・・」


 涙が溢れてくる。


「私を解放してください。お願いします。お願いします・・・」

「説明しても、理解してもらえるか分からないけど、右手の小指みるといいよ」


 猫にそう言われて、小指を見る。

 爪の上に、見たことない様な、模様が刻み込まれていた。


「こ、これは?」

「僕との、契約の証。そう考えて欲しいな」


 猫は、笑顔でそう言った。

 その笑顔は、SNSなどに、“猫の笑顔“みたいな投稿をすれば、バズる気がする程、可愛らしい笑顔だった。

 しかし、私には、只の恐怖でしかなかった。


 手が震えていた。


「早速、本題に入ろうか?」


 体が、ビクン!と震えると、心臓の鼓動が速くなる。


「次は、大丈夫だよ?ゲームをすればいいだけだからさ」

「ゲーム・・・をするだけ?」

「そう」

「ゲームするだけなら・・・」

「じゃあ、決まりだね?いいかな?」


 心臓が、小ささによく揶揄われる、私の胸をノックしているのが分かる。

 まるで、止めろと言っている様だった。


「無理ていうのは・・・?」

「まあ、これを断るのは出来るよ?また、別のお願いになるしね?ただ・・・」


 猫は、少し考えている様だった。


「ただ・・・?」

「あ、ごめん。言ってなかったね。僕のお願いを一定期間内、と言うか、一度断って、二度目も断ると、それなりの罰があるから」

「ひっ・・・」


 全身から血の気が引くのがわかる。

 罰・・・。

 

 碌な事が起きないのは分かった。

 死ぬ?

 死ななくても、体の欠損を免れないことは容易に想像出来た。


 どうせ、やるなら。

 ゲームするだけでいいならと。 

 自分自身に言い聞かせるしかなかった。


「分かった。やってみる。」

「本当かい!じゃあお願いするよ。すぐに準備するからさ」


 テーブルに頭をつけて俯くと。


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 

 と、頭の中でぐるぐると、言葉が回っている。

 不安が襲ってくる。


 そっと、頭を上げると、テーブルの上で何かをしている、猫の手と手の間に、バレーボールくらいの大きさの、ガラス玉の様な物があった。

 

「今から、この中に行ってもらうから」

「え?中って?」

「ま、行けば分かるからさ。じゃあ行くよ」


 待って!


 と言う暇がなかった。


 一瞬、目の前が真っ白になる。


 次の瞬間。

 見知らぬ部屋らしき場所に立っていた。


 そして、左腕の時間がカウントダウンし始めていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ