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兎と猫  作者: 藤原 智
25/33

二十五話 ゲロ

「リンク! 何やってんだ!」


 ヴァルハラのメンバーの一人が、リンクに声をかけてきた。


「いや、うさぎを探してる」


 リンクがそう答えると、その男は目を丸くした。


「マジで何やったんだ?うさぎちゃん、うちんとこに入ったぞ」

「え……?」


 華菜が小さく声を漏らす。

 その顔が、また泣きそうに歪んだ。


「どうしよう……うさぎがいなくなるの、やだぁ……」

「ん?何があったのかは知らねえけど、入ったっつっても客としてな。メインクエの手伝いだよ」


 その言葉を聞いて、華菜はほっとしたように胸を撫で下ろした。


「なるほど」

「で?うさぎは?」


 リンクが先を促す。

 ヴァルハラのメンバーは、宮殿で起きたことをひと通り話した。

 うさぎが囮役を志願したこと。

 ボス部屋に飛び込んだこと。


「華菜ちゃん、一回腕なくなったんだろ?」

「ああ……」

「うさぎちゃん、ボスの左腕切り落としてたぞ。『華菜の仇!!』って叫びながらな」


 それを聞いた瞬間、華菜の目からまた涙が溢れた。

 リンクと直哉は顔を見合わせる。

 そして、安心したように笑うと、華菜の頭を軽く撫でた。


「うさぎ、華菜のこと嫌いになってないってことだよ」


 直哉が優しく言う。


「会ったら、全力で謝ればいい。きっと、帰ってきてくれるさ」

「うん……うん……謝る……」


 華菜は何度も頷きながら、涙を拭った。


「なあ、うさぎのところに連れて行ってほしいんだが」

「ああ、いいぜ。ホームに招待するよ」


 ヴァルハラの男は気さくにそう言った。


 ◇


 日が傾き始めている。

 宮殿の外には、次々と酒や料理が運び込まれてきていた。

 物資班の人たちは、荷を置いては消え、また別の荷物を持って現れる。


 たぶん、ホームを経由しているのだろう。

 ホームが今どうなっているのか、少し見に行ってみたかった。

 けれど、きっと邪魔になる。

 そう思って、私はその好奇心を押し込めた。


 雑務班の人たちは地面に大きな布を敷き、その上に次々とテーブルを並べていく。

 八百人分ともなれば、とんでもない作業量だ。

 私も手伝おうとしたのだけど、


「客人は大人しくしてな」


 と笑いながら断られてしまった。

 だからといって、じっとしているのも落ち着かない。

 そんな私の様子がおかしかったのか、キルアさんがくすりと笑った。


「うさぎちゃん、やるなあ。さっきのボス戦、すごかったぞ。ほんと、うちに勧誘したいくらいだ」


 私は、それにうまく答えられなかった。

 何か返さなきゃいけない。

 そう思うのに、言葉が出てこない。

 胸の奥が、ずっとざわついていた。

 何か、大事なことを忘れている気がする。

 けれど、その時の私は、それが何なのか思い出せなかった。


 全ての準備が整うと、キルアさんが労いの言葉をかけ、皆で酒や料理を楽しみ始めた。

 私はキルアさんの横に座らせてもらう。


 見上げた夜空には、満天の星が広がっていた。

 綺麗だな、と思う。

 こんな空、現実では見られないのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼんやり眺めていた。


「うさぎちゃん、この唐揚げうまいぞ」

「うん。いただきます」


 手を合わせてから、唐揚げを口に運ぶ。

 その瞬間、毎朝クランのホームで、リンクと華菜と直哉と四人で朝食を食べていたことを思い出した。

 不意に、涙が落ちた。


「おいおい、どうした?」

「いや……色々と思い出して」

「あー……なるほどな」


 私の隣に座っていた女性が、そっとハンカチを差し出してくれた。

 涙を拭う。

 けれど、次から次へと溢れて止まらない。

 急に、どうしようもない寂しさが襲ってきた。


 その時だった。

 宮殿の前に、四人の姿が現れる。

 よく見ると、ヴァルハラの人が一人。

 そして、

 リンク。

 華菜。

 直哉。

 だった。


 心臓が、どくん、と大きく鳴る。

 思わず俯くと、キルアさんが手を上げて、リンクたちを呼んだ。

 その顔を見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 周りのヴァルハラの人たちも、面白そうにこちらを見ていた。


 リンクたちはゆっくりと近づいてくる。

 直哉は、華菜の背中を押しながら歩いていた。  


「うさぎ、探したぞ!」


 リンクが笑顔でそう言う。

 勝手にクランを脱退したことを責める気は、どうやらなさそうだった。


 私は何も言えないまま、ただ俯いていた。

 顔を合わせづらかった。

 三人が私の前まで来ると、直哉に押されるようにして、華菜が一歩前へ出た。

 華菜は俯いたまま、両手の指をいじって、もじもじしている。


「あの、そのね……」


 私は、どんな顔をすればいいのか、どう振る舞えばいいのかわからず、落ち着かないまま立ち尽くしていた。

 それなのに、口から出たのは、そんなつもりじゃなかった言葉だった。


「華菜さん……」


 その呼び方を聞いた瞬間、華菜の顔が歪んだ。


「ごめんなさい! 私、そんなこと思ってない!」


 そう叫ぶように言って、華菜は泣き始めた。


「あの時、腕がなくなったことに……うさぎは悪くないのに……私、うさぎのせいにして……うさぎに当たって、あんなことまで……」


 華菜は顔を両手で覆い、その場に膝をつく。


「ごめんなさい……ごめんなさい……。私、本当に、あんなこと思ってない……」

「うん……」


 そう返すのが、精一杯だった。

 リンクは腕を組んだまま、目を閉じている。

 直哉は、何か言いたそうにしながらも、黙って見守っていた。


「私は、別に怒ってない。ただ、あのままそこにいたら、だめだと思っただけ」


 華菜が、しゃくり上げながら小さく呟く。


「私は……うさぎのこと……好き……」


 その一言が、胸の奥を強く揺らした。

 華菜と過ごした時間が、一気に頭の中を駆け巡る。


 笑ったこと。

 一緒にご飯を食べたこと。

 くだらない話をしたこと。


 あの時間が、全部、大切だったこと。

 また涙が落ちた。


「私も……私も、華菜のこと好き……」


 そう言った瞬間、私は華菜に抱きついていた。

 華菜も、ぎゅっと私を抱きしめ返す。


 二人で、大声を上げて泣いた。


 その様子を見て、リンクと直哉は、ほっとしたように肩を組み、笑い合っていた。


 すると、キルアさんが立ち上がる。

 笑顔のまま、私と華菜の肩をぽんぽんと叩き、周囲へ向かって大声を張り上げた。


「皆!!よく聞いてくれ!!」


 その場にいたヴァルハラのメンバーが、一斉にキルアさんを見る。

 私と華菜もキルアさんの方を見たが、すぐにまた抱き合ったまま泣いていた。


「今日のメインクエの準備!うさぎちゃん、何もせずに座ってただけだったよな!!」


 ヴァルハラのメンバーは一瞬きょとんとした。


「おまけにだ!囮役を任せたら、俺たちの指示に従わず、勝手な真似をしたよな!!こんなやつ、ヴァルハラにはいらねえ!!こんなやつは、『かなり。』なんていう、たった三人、いや、四人の弱小底辺クランがお似合いだろ!?どう思う!!」


 意味を理解したヴァルハラのメンバーたちが、一斉に笑い始めた。


「そうだ!!」

「いらねえな!!」

「かなり。がお似合いだ!!」


 酒を片手に、皆が囃し立てる。


「うさぎちゃんを、今この場でクランから追放する!!」

「おおおおお!!」


 歓声が上がり、拍手が起き、酒が煽られる。

 リンクと直哉は声を上げて笑い出した。


「うさぎちゃん、そういうことだ。勝手に、どこでも行きな」


 キルアさんはそう言って、私の頭にぽんと手を置き、ウィンクすると、そのまま腰を下ろして酒を飲み始めた。


「おい、リンク、直哉、華菜ちゃん。お前たちも飲めよ」


 気づけば、私の頭の上には、もう名前しか表示されていなかった。

 私は、華菜の方を見る。


「飲んだら?」

「でも……」


 たぶん華菜は、「クランに帰ってきて」と言いたいのだろうと思った。

 けれど、私はまだ帰りづらかった。

 リンクも直哉も、何も言わない。

 たぶん、私が自分で言い出すのを待っているのだろう。

 リンクと華菜と直哉は、酒を飲み始める。

 私は、その様子を少し離れたところから眺めていた。


 少しだけ、気まずい空気が流れていた。

 ヴァルハラの人たちは、私たちの様子を気にしつつも、騒ぎ、歌い、踊り、笑い合っている。

 場は大いに盛り上がっているのに、私たち四人だけは、妙に静かだった。


 華菜は酒を飲みながら、しゃっくりをしている。

 泣いているのかと思った。

 私は一つ大きく息を吸うと、リンクに声をかけた。


「リンク、クランに戻りたい」


 一瞬、沈黙が落ちる。

 次の瞬間、リンクと直哉は同時に泣き笑いみたいな顔になった。

 華菜が、ぱっと私を見る。

 すぐにクラン加入申請が届いた。

 私はそれを押す。

 頭の上に、もう一度『かなり。』の文字が表示された。

 それを見た瞬間、胸の奥に詰まっていたものが、ようやくほどけた気がした。


「お帰り!!」


 リンクと直哉が同時に叫ぶ。

 そして私は、大きな勘違いをしていたことを知る。

 華菜は、泣いてしゃっくりをしているのだと思っていた。

 だが、違った。


 酔っていたのだ。


 私の名前の上に『かなり。』の文字が表示されたのを見た華菜が、抱きつくように身を乗り出しながら叫ぶ。


「うさぎ!お、おかえろろろろろ……!」


 次の瞬間。

 私の体に、盛大にゲロがぶち撒けられた。


「ぎゃあああああああ!!さ、最悪ううううう!!くさっ!!」


 私は飛び上がるように立ち上がって逃げ出す。

 すると華菜が、ふらふらしながら追いかけてくる。


「うさぎ待ってぇぇぇ!おろろろろろろ……!」

「ぎゃああああああ!!華菜!!来るなあああ!!リンク!!やっぱりクラン抜けるうううう!!」


 リンク。

 直哉。

 キルアさん。

 そしてヴァルハラの皆の大笑いが、夜空の下に響き渡っていた。


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