二十四話 華菜の仇
「いねえな。ここだと思ったんだが」
いつも蜘蛛を狩っていた場所で、リンクが低く呟いた。
「俺もそう思ったけど、思い当たる場所は全部回ったぞ?」
直哉が目を細め、辺りを見渡す。
華菜は、黙ったまま俯いていた。
「大丈夫だって。ちゃんと謝れば、うさぎは許してくれるよ」
直哉は、できるだけ明るい声で華菜に言う。
「う、うん……」
「また泣くのか?」
リンクが、少しだけ笑いながら言った。
華菜は、慌てて目元を拭う。
「他に心当たりは?」
「うーん……ヴァルハラか?」
「あり得るな。ヴァルハラの連中を探すか」
「だな。いったん街に戻ろう」
三人は顔を見合わせると、すぐに踵を返した。
◇
私は今、ボス部屋の前に立っている。
ヴァルハラの皆は、計画通りに動いていた。
罠士の人たちがボス部屋の前に罠を設置し、後方ではアーチャーたちが弓を構え、タンク役は前に出る準備を整えている。
本来なら、私はこの攻略を見学するだけのはずだった。
作戦は単純だ。
シーフが一人だけ中へ入り、囮となってボスを罠の場所まで誘導する。
ボスが罠にかかった瞬間、アーチャーが一斉に攻撃。
もし罠にかからなければ、前に出たタンクたちが攻撃を受け止める。
そういう流れだった。
けれど私は、どうしてもあのボスに一撃を入れたかった。
キルアさんに何度も頼み込んで、囮役をやらせてもらった。
中に入ったら、ボスに見つかり次第、すぐに罠の場所まで逃げること。
それが私に与えられた役目だった。
当然、ヴァルハラのメンバーの中には反対する人もいた。
新参の私に務まるのか、と。
当たり前だと思う。
それでも私は頭を下げて頼み込んだ。
その結果、渋々ではあるけれど、了承してもらえた。
「うさぎちゃん。いつでもいい。自分のタイミングで行ってくれ」
キルアさんの声に、私は静かに頷く。
そして心の中で、そっと謝った。
ごめんなさい。勝手なこと、させてもらいます。
私は左手側のウィンドウに登録したパッシブスキルを確認する。
落下ダメージ無効。
使用スキル十秒延長。
素早さアップ。
攻撃速度アップ。
柔軟性アップ。
右手側に登録してあるアクティブスキルは、二つだけ。
〈疾風〉
〈宿地〉
それだけだ。
「行きます!」
私が声を上げた瞬間、キルアさんが手を上げて合図を送る。
アーチャーたちが一斉に弓を構える。
タンク役が盾を前に出す。
ヒーラーたちが、その後ろで詠唱の準備に入る。
私は、深く息を吸い、疾風のスキルを使用する。
そして、ボス部屋の中へと踏み込んだ。
あの時、華菜の腕を斬り落としたボスが、ゆっくりとこちらを向く。
私は、そいつの姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
次の瞬間には、もう動いていた。
両手で腰のナイフを抜く。
そして、一直線にボスへ飛びかかった。
ボスは、すぐに反応した。
片方の剣を横にして、私の斬撃を受け止める。
同時に、もう一方の剣が唸りを上げてこちらへ振るわれた。
速い。
私は、受け止められた勢いのまま、ボスの身体を蹴った。
その反動で後方へ飛び退く。
着地と同時に、壁際を走るようにして駆け抜けた。
背後で、重い足音が爆発する。
ボスが、両手の剣を振り上げたまま追ってきていた。
あまりにも速い。
一気に距離を詰めてくる。
振り下ろされた剣が、空気ごと私を叩き潰そうとした。
私は地面に身を投げ出すようにして滑り込む。
スライディングするように、ぎりぎりでその一撃をかわした。
刃が頭上を通り過ぎ、髪が何本か舞った。
そのまま片手を地面につくと、身体を支点にして足を大きく振り回し、ボスの横腹を蹴り上げた。
鈍い衝撃が足に伝わる。
ボスの体が、ぐらりと揺れた。
「うさぎちゃん!」
キルアさんの叫び声が聞こえる。
「〈宿地〉」
スキル名を口にした瞬間、世界が変わった。
景色が、一気に引き延ばされたように遅くなる。
身体が、疾風すら比べものにならないほど軽い。
一瞬だけ。
けれど、その一瞬で十分だった。
私は、ボスの視界から掻き消えるように動く。
気づいた時には、もう背後に回り込んでいた。
ボスは、私を見失い、剣を構えたまま周囲を見渡す。
その隙を逃さない。
私は低く潜り込み、その足を薙ぐように払った。
巨体が、バランスを崩す。
次の瞬間、ボスは地鳴りのような音を立てて倒れ込んだ。
今だ。
私は、倒れたボスの左腕めがけて跳ぶ。
両手で握ったナイフに、全体重を乗せる。
迷いなく、振り下ろした。
肉を裂く感触。
骨を断つ鈍い抵抗。
そして、ボスの左腕が、床に転がった。
「華菜の仇だ!!」
私は満足して、倒れたままのボスの前に立つ。
ゆっくりと距離を取って、片目を閉じた。
「あっかんべー」
舌を出して見せると、ボスの顔が怒りに歪んだ。
私は、くるりと背を向ける。
「ほら、こっちだよ」
そのまま、罠の設置された場所へ向かって全力で駆け出した。
後ろから、咆哮が響く。
ボスが追ってくる気配がする。
その声を聞きながら、私は走る。
キルアさんが、呆れたように、けれどどこか楽しそうに笑っていた。
そこからは、一方的だった。
ボスは、私を追いかけて来ると、罠の上に踏み込む。
一瞬で、罠が発動し、無数の縄が足に絡みつく。
ボスは、動けなくなると、剣で縄を切ろうとする。
その瞬間にボスに向かって、無限と思える程の無数の矢が飛んでいく。
ボスは、何も出来ずにヴァルハラの前に倒れた。
ボスが消滅すると、皆が歓声を上げた。
しかし、キルアさんは、ボス部屋に入り、玉座に向かっていた。
見ると、玉座が光っていた。
「皆!後で詳しく、今後の事話す!とりあえずは、宴会てのはどうだ?」
皆が声を上げて喜ぶ。
その時の皆は、早かった。
一気に宮殿の外へ走り、物資班が、酒や料理などの調達に向かった。




