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兎と猫  作者: 藤原 智
13/32

十三話 華菜とお話し

 私たちは、しばらくホームに引きこもっていた。

 もう街へ行く気にはなれなかった。

 自分の部屋のベッドに寝転がりながら、私はぼんやり天井を見上げる。


 ポリスとの喧嘩のことも頭には残っていた。けれど、それ以上に、華菜が泣きながらこぼした「帰りたい」という言葉が、ずっと胸の中に引っかかっていた。


 しばらくして、私はベッドから起き上がった。

 部屋を出て、華菜の部屋の前に立つ。

 少しだけ迷ってから、扉をノックした。

 しばらくして、ドアが開く。


「どうしたの?」


 華菜が欠伸まじりに聞いてきた。


「ちょっと、話したいなって」


 そう言うと、華菜はすぐに笑顔になった。


「いいよ。入って」


 部屋に招き入れられて、私は少し目を丸くした。

 華菜の部屋には、いろいろな物が飾られていた。外で拾ってきた花や、丸い石ころや、小さな木の枝まである。殺風景なはずの部屋が、華菜の手で少しずつ色づいていた。


 華菜はベッドに腰を下ろした。

 私も、その隣に座る。


「それで、何?」


 そう聞かれて、私は本当は別のことを口にするつもりだった。

 帰りたいのかどうか。昨日のあの涙の意味を、ちゃんと聞こうと思っていた。

 なのに、口から出たのは、全然違う言葉だった。


「前から、ちょっと思ってたんだけど……」

「何?」


 華菜が不安そうな顔になる。


「あのね……」

「ちょ、怖いんだけど?何よ?」

「じゃあ、はっきり言うね?」

「おう、ドンとこい」


 私は一度だけ息を吸った。


「直哉と……付き合ってる?」

「え?」

 華菜が固まる。

「ち、違うの?」

「いや、えーと……もしかして、うさぎ……」

「は? 違う!そういうんじゃなくて!前から、もしかしてって思ってて」

「あー……」


 華菜は私の目を見て、それから小さく頷いた。


「……やっぱり」


 そう言うと、華菜の頬がほんのり赤くなる。


「言わない方がいいかなって、直哉と話してたんだ」

「私たちに気を遣わなくていいのに」

「うん。でも、うさぎはともかく……リンクが気にするかなって」

「あー……たしかに」


 それは、少し想像できた。

 リンクは、そういうところで妙に気を回しそうだった。

 華菜が、じっと私を見る。


「うさぎは、どうするの?」

「どうするって?」

「だって、リンク、うさぎのこと絶対好きじゃん」

「やっぱり、そう思う?」

「うん。あれは、どう見てもそう」


 私は思わず視線を逸らした。


「うーん……現実で出会ってたら、真面目に考えたかも」

「何言ってんの?」


 華菜が少しだけ呆れたように笑う。


「この世界でも、今は現実でしょ?」


 その言葉に、私は少しだけ黙った。

 たしかに、ここは元いた世界じゃない。

 でも、痛みもあるし、空腹もあるし、怖いこともある。嬉しいことだってある。

 そう考えると、ここも確かに“今を生きている現実”なのかもしれない。


「この前の喧嘩だってさ」


 華菜が続ける。


「うさぎが殴られた時、リンク、ぶち切れてたじゃん。あんなリンク、初めて見たよ」

「……いつも落ち着いてるもんね」

「でしょ? だから、ちょっと考えてみたら?」

「うん……」

「いつでも相談にのるよ。お姉さんに任せなさい」


 華菜が胸を張る。

 私は思わず小さく笑った。

 それから、今度こそ本当に聞きたかったことを口にする。


「ねえ、華菜」

「ん?」

「……帰りたい?」


 華菜の表情が、すっと静かになる。

 俯いて、少しの間だけ黙り込む。

 それから、小さく頷いた。


「……帰りたい」


 その一言を聞いた瞬間、胸の中で何かが決まった気がした。


「じゃあ、帰ろうか」

「え?」


 華菜が顔を上げる。


「どうやって?」

「魔王、倒そうよ」


 華菜は、しばらく何も言わずに私を見つめていた。

 冗談を言っているのか、本気なのか、測りかねているような顔だった。

 私は、なるべく真面目な顔で続ける。


「その前にさ、皆で携帯番号交換しようよ。現実に戻ったら、絶対遊ぼう」

「お、いいですねー、うさぎさん」

「でしょ?」

「うん。いいと思う」


 華菜の顔に、少しだけ明るさが戻った。 


「じゃあ、二人起こそうよ」

「うん」


 私と華菜は部屋を出て、リンクと直哉のドアを順番に叩いた。

 二人とも何事かという顔をしながら、ホームのリビングへ出てくる。

 私と華菜がソファに腰を下ろすと、華菜の隣に直哉が、私の隣にリンクが座った。


「何だ?」


 リンクが不思議そうに聞いてくる。

 私は、一度だけ皆の顔を見回した。

 それから、はっきりと言う。


「現実に戻ろうよ」


 リンクと直哉が、少し驚いたように私を見る。

 華菜は黙ったままだったけれど、隣で小さく頷いていた。


「その前に、皆の携帯番号知りたい。ダメ?」

「お、いいじゃん」


 最初に乗ってきたのは直哉だった。

 華菜も笑顔で頷く。

 リンクも少しだけ笑って、頷いた。

 そうして、私たちは順番に携帯番号を言い合った。

 でも、いつ忘れるかわからない。

 だから、毎日一回は確認し合おう、という話になった。


 現実に帰った時、ちゃんと繋がれるように。

 絶対に、また会えるように。

 そして、その流れで、魔王を倒すために動くことも決まった。


 リンクと直哉はホームのデバイスを操作して、魔王についての情報を調べ始める。

 私と華菜は、その様子を並んで眺めていた。


 その後、それぞれが自分の部屋へ戻った。

 私は部屋の扉を閉め、ふうと息を吐く。

 少しだけ、気持ちが軽くなっていた。

 けれど次の瞬間、部屋のテーブルの上に、小さな光がふっと現れた。


「……え?」


 私は目を見開く。

 淡い光は揺れながら、その場に留まっている。

 そして、そこから声が聞こえた。

 とても懐かしくて、忘れられるはずがない声が――。

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