十三話 華菜とお話し
私たちは、しばらくホームに引きこもっていた。
もう街へ行く気にはなれなかった。
自分の部屋のベッドに寝転がりながら、私はぼんやり天井を見上げる。
ポリスとの喧嘩のことも頭には残っていた。けれど、それ以上に、華菜が泣きながらこぼした「帰りたい」という言葉が、ずっと胸の中に引っかかっていた。
しばらくして、私はベッドから起き上がった。
部屋を出て、華菜の部屋の前に立つ。
少しだけ迷ってから、扉をノックした。
しばらくして、ドアが開く。
「どうしたの?」
華菜が欠伸まじりに聞いてきた。
「ちょっと、話したいなって」
そう言うと、華菜はすぐに笑顔になった。
「いいよ。入って」
部屋に招き入れられて、私は少し目を丸くした。
華菜の部屋には、いろいろな物が飾られていた。外で拾ってきた花や、丸い石ころや、小さな木の枝まである。殺風景なはずの部屋が、華菜の手で少しずつ色づいていた。
華菜はベッドに腰を下ろした。
私も、その隣に座る。
「それで、何?」
そう聞かれて、私は本当は別のことを口にするつもりだった。
帰りたいのかどうか。昨日のあの涙の意味を、ちゃんと聞こうと思っていた。
なのに、口から出たのは、全然違う言葉だった。
「前から、ちょっと思ってたんだけど……」
「何?」
華菜が不安そうな顔になる。
「あのね……」
「ちょ、怖いんだけど?何よ?」
「じゃあ、はっきり言うね?」
「おう、ドンとこい」
私は一度だけ息を吸った。
「直哉と……付き合ってる?」
「え?」
華菜が固まる。
「ち、違うの?」
「いや、えーと……もしかして、うさぎ……」
「は? 違う!そういうんじゃなくて!前から、もしかしてって思ってて」
「あー……」
華菜は私の目を見て、それから小さく頷いた。
「……やっぱり」
そう言うと、華菜の頬がほんのり赤くなる。
「言わない方がいいかなって、直哉と話してたんだ」
「私たちに気を遣わなくていいのに」
「うん。でも、うさぎはともかく……リンクが気にするかなって」
「あー……たしかに」
それは、少し想像できた。
リンクは、そういうところで妙に気を回しそうだった。
華菜が、じっと私を見る。
「うさぎは、どうするの?」
「どうするって?」
「だって、リンク、うさぎのこと絶対好きじゃん」
「やっぱり、そう思う?」
「うん。あれは、どう見てもそう」
私は思わず視線を逸らした。
「うーん……現実で出会ってたら、真面目に考えたかも」
「何言ってんの?」
華菜が少しだけ呆れたように笑う。
「この世界でも、今は現実でしょ?」
その言葉に、私は少しだけ黙った。
たしかに、ここは元いた世界じゃない。
でも、痛みもあるし、空腹もあるし、怖いこともある。嬉しいことだってある。
そう考えると、ここも確かに“今を生きている現実”なのかもしれない。
「この前の喧嘩だってさ」
華菜が続ける。
「うさぎが殴られた時、リンク、ぶち切れてたじゃん。あんなリンク、初めて見たよ」
「……いつも落ち着いてるもんね」
「でしょ? だから、ちょっと考えてみたら?」
「うん……」
「いつでも相談にのるよ。お姉さんに任せなさい」
華菜が胸を張る。
私は思わず小さく笑った。
それから、今度こそ本当に聞きたかったことを口にする。
「ねえ、華菜」
「ん?」
「……帰りたい?」
華菜の表情が、すっと静かになる。
俯いて、少しの間だけ黙り込む。
それから、小さく頷いた。
「……帰りたい」
その一言を聞いた瞬間、胸の中で何かが決まった気がした。
「じゃあ、帰ろうか」
「え?」
華菜が顔を上げる。
「どうやって?」
「魔王、倒そうよ」
華菜は、しばらく何も言わずに私を見つめていた。
冗談を言っているのか、本気なのか、測りかねているような顔だった。
私は、なるべく真面目な顔で続ける。
「その前にさ、皆で携帯番号交換しようよ。現実に戻ったら、絶対遊ぼう」
「お、いいですねー、うさぎさん」
「でしょ?」
「うん。いいと思う」
華菜の顔に、少しだけ明るさが戻った。
「じゃあ、二人起こそうよ」
「うん」
私と華菜は部屋を出て、リンクと直哉のドアを順番に叩いた。
二人とも何事かという顔をしながら、ホームのリビングへ出てくる。
私と華菜がソファに腰を下ろすと、華菜の隣に直哉が、私の隣にリンクが座った。
「何だ?」
リンクが不思議そうに聞いてくる。
私は、一度だけ皆の顔を見回した。
それから、はっきりと言う。
「現実に戻ろうよ」
リンクと直哉が、少し驚いたように私を見る。
華菜は黙ったままだったけれど、隣で小さく頷いていた。
「その前に、皆の携帯番号知りたい。ダメ?」
「お、いいじゃん」
最初に乗ってきたのは直哉だった。
華菜も笑顔で頷く。
リンクも少しだけ笑って、頷いた。
そうして、私たちは順番に携帯番号を言い合った。
でも、いつ忘れるかわからない。
だから、毎日一回は確認し合おう、という話になった。
現実に帰った時、ちゃんと繋がれるように。
絶対に、また会えるように。
そして、その流れで、魔王を倒すために動くことも決まった。
リンクと直哉はホームのデバイスを操作して、魔王についての情報を調べ始める。
私と華菜は、その様子を並んで眺めていた。
その後、それぞれが自分の部屋へ戻った。
私は部屋の扉を閉め、ふうと息を吐く。
少しだけ、気持ちが軽くなっていた。
けれど次の瞬間、部屋のテーブルの上に、小さな光がふっと現れた。
「……え?」
私は目を見開く。
淡い光は揺れながら、その場に留まっている。
そして、そこから声が聞こえた。
とても懐かしくて、忘れられるはずがない声が――。




