十二話 VSポリス
「お前ら、この店で飲み食いしてるってことは、金持ってるってことでいいんだよな?」
テーブルのそばまで来た男の一人が、嫌らしい笑みを浮かべて言った。
頭の上には、ポリスの文字が浮かんでいる。
華菜は、慌てて涙を拭っていた。
リンクと直哉が、男たちを見上げる。
「なんですか?」
リンクが、露骨に嫌そうな顔で答えた。
男たちはその反応を気にした様子もなく、ずかずかとテーブルの横まで寄ってくる。
「金、持ってんだろ?」
「まあ・・・」
「じゃあ、五万ベニー納めろ」
あまりにも当然みたいに言われて、一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「嫌に決まってんだろ」
直哉が立ち上がって言う。
華菜は慌てて立ち上がり、なだめるように直哉の腕を掴んだ。
リンクも、静かに椅子から腰を上げる。
どうしたらいいのかわからず、座ったまま、そのやり取りを見つめていた。
「治安維持費ってやつだ。石をドロップしたら、その半分を納める。それがこの街の決まりだ」
「聞いたことねえよ」
直哉が、喧嘩腰のまま言い返す。
華菜が「まあまあ」と言うように、直哉の腕を軽く叩いた。
「そちらが勝手に決めたことに、従う必要はないですよね?」
リンクは、できるだけ落ち着いた声で返した。
その時、周囲の様子に気づいた。
店の中には、ポリスの連中ばかりが座っていた。
誰も止めようとしない。
ただ、酒を飲みながら、面白がるようにこちらを見て、にやにやしている。
「聞こえなかったか? 治安維持費って言ったんだよ」
男の一人が、リンクのすぐそばまで顔を寄せた。
「俺たちがこの街の治安を守ってやってる。だから、その対価を払えって言ってんだ」
「はあ? 治安乱してんの、お前らだろ!」
直哉が、さらに声を荒げる。
男たちの目つきが変わった。
さっきまでの薄ら笑いが消えて、空気が一気に冷たくなる。
華菜の顔が、見るからに強張った。
リンクは「落ち着け」と言うように、直哉に手を向けて制する。
どうしたらいいのかわからないまま、おどおどと視線を泳がせることしかできなかった。
「・・・お金、払います」
華菜が、小さな声でそう言った。
直哉が、すぐに華菜を見る。
「払う必要ねえだろ」
「でも・・・」
華菜の指先が、直哉の腕を掴んだまま震えている。
「こんなところで揉めたくないし」
「だからって、こんな奴らに」
「直哉」
リンクが低い声で呼ぶ。
その声で、直哉はぎりっと奥歯を噛みしめた。
華菜は俯いたまま、もう一度だけ言った。
「いいから」
男は、そのやり取りを見て満足そうに口元を歪める。
「最初からそうしてりゃいいんだよ」
「華菜、出すな」
直哉が、苛立ちを隠さずに言う。
リンクも厳しい顔で、男たちを見据えていた。
「あなたたちに払う筋合いはありません」
「まだ言うのか?」
男の声が低くなる。
周囲の笑い声が、やけに耳についた。
誰も助けない。
誰も、こいつらを止めない。
ただ、私たちが屈するのを待っている。
その時だった。
話していた男の後ろに立っていた男が、すっとリンクに近づいた。
バチンッ!!
乾いた音が店内に響く。
何の前触れもなく、男の平手がリンクの頬を打ち抜いた。
「っ!」
リンクの顔が大きく横に弾け、そのまま床に倒れる。
あまりにも突然だった。
「てめえ!!」
直哉が身を乗り出す。
華菜も目を見開き、掴んでいた直哉の腕を離して前へ出た。
怒りが湧くより早く、私の体は動いていた。
椅子を掴む。
考えるより先に、両腕に力が入っていた。
立ち上がる勢いのまま、椅子を男たちに向かって投げつけた。
「うおっ!?」
男の一人が慌てて身を引く。
その隙に、私はテーブルに手をついた。
いつも蜘蛛を狩っている時みたいに、体が勝手に動く。
手を支点にして体を跳ね上げ、そのまま横に回る。
視界がぐるりと反転する。
次の瞬間、私の踵が、リンクを殴った男の肩口から首筋にかけて叩き落とされていた。
ゴッ!!
「がぁっ!?」
鈍い音と一緒に、男の体が大きくよろめく。
テーブルが傾き、刺身も皿も汁物も、まとめて床にぶちまけられた。
ガシャン、と陶器の割れる音が続く。
店の中で悲鳴が上がった。
けれど、そこで終わらなかった。
「このガキッ!」
残っていた二人が、ほとんど同時に私へ向かってきた。
避ける間もない。
バチンッ! バチンッ!
左右から頬を張られ、視界が白く弾ける。
頭が揺れる。足元がぐらりと崩れた。
「うさぎ!」
その声と同時に、直哉が突っ込んだ。
華菜も悲鳴混じりに叫びながら、目の前の男へ殴りかかる。
「ふざけんなっ!!」
「何してんのよ!!」
直哉の拳が男の胸元に入る。
華菜も爪を立てるみたいな勢いで食らいつき、男の顔面を叩いた。
床に倒れていたリンクが、そこで立ち上がった。
口元に血が滲んでいる。
頬は赤く腫れ始めていた。
でも、そんなことより、リンクの目が、完全に変わっていた。
「うさぎに、何してんだよ」
低い。
聞いたこともないくらい低い声だった。
リンクは一歩で間合いを詰めると、私を張った男の一人の胸ぐらを掴み、そのまま顔面に拳を叩き込んだ。
鈍い音。
男の頭がのけぞる。
「調子、乗んなよ!!」
もう一発。
さらにもう一発。
リンクは完全に切れていた。
普段、人を助けるために動いているリンクが、今は私が殴られたことだけで頭が真っ白になっているのがわかった。
私も負けじと体勢を立て直す。
頬が熱い。口の中に鉄の味が広がる。
だったら、なおさら止まれなかった。
迫ってきた男の脇をすり抜け、腰を捻る。
その勢いのまま、回し蹴りを男の胴へ叩き込む。
「ぐっ!」
男が横に吹っ飛び、ひっくり返った椅子に足を取られて転ぶ。
店の中はもう、めちゃくちゃだった。
皿の破片。
こぼれた汁。
倒れた椅子。
怒鳴り声と悲鳴。
それでも、私たちは止まらなかった。
けれど、次の瞬間。
「やめろ!!」
「押さえろ!!」
店の奥や周りの席にいたポリスの連中が、一斉に立ち上がった。
まずい、と思った時には遅かった。
何人もの男たちが一気に押し寄せてくる。
「っ、離せ!」
「ふざけんな!!」
直哉が暴れる。
華菜も掴まれながら足をばたつかせ、怒鳴っている。
腕を捻り上げられ、無理やり床に押さえつけられた。
肩が痛い。頬も痛い。呼吸も乱れる。
けれど、一番激しく暴れていたのはリンクだった。
「離せ!!」
「うさぎに手ぇ出してんじゃねえ!!」
「てめえら、殺すぞ!!」
その怒声に、店の空気が一瞬だけ凍る。
リンクは何人にも取り押さえられていた。
それでもなお、今にも噛みつきそうな目でポリスの連中を睨みつけている。
その目を見た時、胸が強く鳴った。
リンク、本気で怒ってる。
私が殴られたことに、あんなに。
店の外が、急に騒がしくなった。
「何だ何だ!?」
「中で喧嘩だ!」
「やめろって!」
騒ぎを聞きつけた人たちが集まってきたのだろう。
表からざわめきが押し寄せ、店の入口の向こうには人だかりができていた。
さらに、その中から何人かが店の中へ踏み込んでくる。
「おい、もうやめろ!」
「こんなところで何してる!」
「離せ、離せって!」
収めに入った人たちの声が飛ぶ。
さすがに周囲の目もあってか、ポリスの連中もそれ以上は強く出られないらしい。
舌打ちしながら、少しずつ手を離していく。
私たちも乱れた呼吸のまま立ち上がった。
服は汚れ、頬は熱く、店の中は無茶苦茶だった。
ポリスの男が、腫れた口元を拭いながら、私たちを睨みつける。
「……覚えとけよ」
その声は、さっきまでの余裕を失っていた。
「今度から、お前らのことは見張るからな」
吐き捨てるようにそう言うと、男たちは人垣の向こうへ下がっていく。
店の外には、まだ大勢の視線が集まっていた。
その中で、リンクだけが、今にもまた飛びかかりそうな顔で男たちの背中を睨み続けていた。




