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兎と猫  作者: 藤原 智
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十一話 食事(和食)

 街には、まだ多くの人が残っていた。


 この始まりの街から外へ出た者もいる。けれど結局のところ、最初に転送されたこの街を離れずにいる人間の方が、ずっと多い。


 無理もないと思う。


 外から戻ってきた人たちの中には、大怪我を負っている者も少なくなかった。そんな姿を見れば、自分も外に出ようとは思えなくなる。


 だからこそ、ヒーラーを選んだ人たちが自然と集まり、街を出たすぐの場所に回復の場が作られていた。

 まるでボランティアみたいに、傷ついた人を癒やして回っている。


 リンクも、その一人だった。

 誰かが怪我をして戻ってきたと聞けば、よく顔を出している。


 街の一角には、飲食店街まで用意されていた。

 和食、イタリアン、フレンチ、中華。思いつくものは大体なんでもある。


 ……あの猫、こんな店のことまで知ってたのだろうか。


 一瞬そう思ったけれど、きっと何かのゲームを参考にしたんだろう、と自分の中で無理やり納得した。


 ただし、食事は無料じゃない。

 この街では“ベニー”という金が必要になる。

 稼ぎ方は単純だ。

 モンスターを倒すと、たまに石みたいなものを落とすことがある。それを始まりの館に持っていけば、お金に交換できる。

 しかも、その石ひとつで十万ベニー。

 私たち四人なら、一週間は飲食店で豪遊できるくらいの額だった。

 最近は、わざわざ店に来る人は減っていた。

 外へ出て稼ぐ人はいても、以前ほど街でぱっと使う者は多くない。

 とある連中を除いて。


 クラン名、ポリス。

 もともとは英語表記にしていたらしい。けれどスペルを間違えていたせいで馬鹿にされ、結局カタカナ表記にしたのだと聞いた。

 元警察官四人が作ったクランで、今では二百名もの人間が参加している。


 そして、彼らはこの街で我が物顔に振る舞っていた。

 飲食店街は、ほとんど彼らの溜まり場みたいになっている。

 そんな中で、私たちは今、和食屋にいた。


「私の奢りだから!いい?私のお金だから!」


 華菜が胸を張って、いつものように偉そうに言う。 

 少し前のことだ。

 私たちは、いつもの場所で、いつもの蜘蛛を狩っていた。


 華菜が使ったのは、道化師のスキル〈ジャグリング〉。

 三本のナイフを空中で回転させ、そのまま同時に投げつけるスキルだ。

 そのナイフで蜘蛛を倒した、次の瞬間だった。 


「出たあああ!!」


 突然、華菜が悲鳴みたいな歓声を上げ、蜘蛛の死骸の方へ駆け寄っていく。 


「何か、華菜が騒いでるけど?」

「何だ?」

「華菜! 何?」


 直哉が声をかけると、華菜は何かをつまんだまま、満面の笑みでこちらへ走ってきた。


「落ちた! 石落ちたあああ!」

「お、マジか!」

「やるやんか」


 リンクと直哉まで一気にテンションが上がる。

 けれど私は、何がそんなにすごいのか、その時はまったくわかっていなかった。

 そのあと始まりの館へ行って、本当に十万ベニーに交換した。


 私はあれだけ狩ったのに、一個も落ちなかったのに。

 ……私の運って。

 いや、でも、運が良かったらそもそもあんな猫に出会ってないか。

 そう思うことにした。


 お金で、強力な武器や防具やアクセサリー等を買えるが、私達は、ご飯を選んだ。即決で。


 そして今。


 和食屋のテーブルの上には、刺身や串物をはじめ、いろいろな料理が並んでいた。

 リンクと華菜と直哉の前には酒。私はお茶だ。 


 酒は、こういう店でしか飲めない。

 クランのホームにはアルコールが置かれていなかった。


 最近はもう、席順もなんとなく決まっていた。

 直哉の隣に華菜。リンクの隣に私。

 座る前、いつもリンクは一度だけ私を見る。

 自意識過剰じゃなければ、たぶん、そういうことなのだと思う。

 でも、踏み込めなかった。

 この世界じゃなくて、現実で出会っていたなら。

 そんなことばかり考えてしまう。


 リンクが、早く飲みたいのか、グラスを持ちながら急かした。


「とりあえず、華菜様に乾杯しよう!」

「皆、私に感謝しなさい!」


 直哉が大げさに頭を下げる。

 それを見てリンクも真似をしながら、ビールのグラスを掲げた。

 華菜は、ふふん、と誇らしげに胸を張る。


 それが妙におかしくて、私は思わず笑ってしまった。


「華菜様にカンパーイ!」

「華菜様ありがとうごぜえやす!」

「フッフッフ。皆の者、たらふく飲むといいぞえ」

「華菜ありがとうー」


 みんなでグラスを合わせる。

 小さく澄んだ音が、テーブルの上に弾んだ。

 久しぶりのご馳走だった。

 夢中になって食べていると、リンクがビールを一気に飲み干す。


「かーーっ! うまい!」

「そうだな。久しぶりの酒は」

「だねー。うさぎ残念! 飲めないとは」

「いいもーん」


 私は頬を膨らませながら、テーブルのデバイスでご飯を注文した。


「あ、私もー」

「俺も」

「直哉は?」

「いる」

「注文したよ」


 しばらくして、茶碗に山盛りの白米が運ばれてきた。

 久しぶりに見る、ちゃんとした米。

 クランホームの食事は肉とか魚とか、素材っぽいものばかりで、こういう“料理”らしい料理はあまりない。


 思ったことが、そのまま口から漏れた。


「やっぱ、日本人は米やー。こめぇーくわせろー」

「確かに!日本人は米だー」


 華菜がすぐに乗ってくる。

 リンクが茶碗を持ち上げ、直哉も持つ。華菜も続き、私も茶碗を持った。

 そして、茶碗で乾杯した。


 それぞれが米をかきこむ。


「美味しいー」


 私がそう言った瞬間だった。

 華菜が、ふっと俯いた。

 次の瞬間、ぽろぽろと泣き出した。


「か、華菜、ど、どうしたの?」


 リンクが慌てる。

 直哉はすぐに華菜の肩を抱き寄せた。

 二人に見つめられながら、華菜は小さく、たった一言だけ漏らす。


「帰りたい……」


 その言葉に、リンクも直哉も黙った。

 たぶん、みんな帰りたいのだと思う。

 でも、私は帰りたくなかった。

 あの猫がいるから。


 重たい沈黙が、テーブルの上に落ちる。


 その時だった。

 私たちのテーブルに、三人の男が近づいてきた。


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