第5話「ナタリー囚われの姫になる」
「まだ……魔王城に残りたいです」
ナタリーは俯きながら答えた。彼女の口から甘えた言葉を聞いたのは初めてだった。彼女の意見を尊重して魔王城の一室を借そう。一部屋ぐらいはあるはずだ。
「泊まりたいってことね、わかった。一部屋ぐらいはあると思うから思う存分満喫していいぞ」
「いや……そういうことでいいのでしょうか?」
ナタリーは首を傾げる。彼女は何を言いたいかわからない。ひょっとして、泊まりたいってことではなくもうちょっと長居したかったってことなのかな。出会ってまだ数分しか経っていないし、これで帰らすのも不用意だろう。
「ごめん。ナタリーの気持ち、何も考えてなかった」
「いえいえ……魔王様は悪くないです。ただわたしが、魔王ヴァルアンの下っ端に攫われて、魔王城に捕らわれている設定をやりたいだけですから」
「――ん?」
ナタリーの口から飛んでもない言葉が出てきた。囚われた姫さまをやりたい? 何をどうしてそんな発想に陥いるのだろう。勇者の影響か。
「ヴァルアンさん。勇者を天界に帰る方法が二つありますね」
「うん……」
「その方法の中に魔王城でやらないといけないことがあったはずです」
「まあ……そういうのもあったかな」
ただ、はぐらかすことしかできない。彼女のやる気に満ちた表情を見るに止められないと悟ったからだ。
「だったら、勇者が魔王城に行く導線があったほうが良いと思ったの」
「ナタリーがそんな立ち回りを……」
「私を助けてくれる王子様……じゃなくて勇者様。はああああ、良い」
ナタリーは目をつぶり妄言に花を咲かしている。こんな状況になったらどうすることもできなそうだ。
「今日からお世話になります」
ナタリーは深々と頭を下げた。これからどうしようと不安が頭を押し寄せるが最終的に魔王城でやらなければいけないことでもあるし、姫様を助けるのを口実に自然と魔王城に誘導できると考えれば悪くない。
「よろしくお願いします」
吾輩も深々と頭を下げ、ナタリーの囚われ姫設定を実行することを了承した。これをきっかけに勇者はますます凶暴になる。勇者を倒すやり方を考え始めないといけないな。
アタリウスは手を挙げ、口を開いた。
「私からナタリーに、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「いいよ、アタリスちゃん」
その言葉を聞いた、アタリウスは素早く頭を横に振る。そんな取り乱すことだろうか。
「そのあだ名は止してください。公務中ですよ」
「知らなーい。そんなこと」
「うう……」
アタリウスは右手が震えるほど強く握りしめていた。
「質問って何? アタリスちゃん」
ナタリーはにまっと笑う。完全に味しめたな。
「ふっ……」
アタリウスは息を吐き、ナタリーに尋ねた。
「サタルージ王とシェルリア王妃にはそのことをお伝えされましたか?」
アタリウスの質問に感心した。吾輩はもう了承済みだと思って聞くのを聞いてなかった。他の人からしたら娘が勝手に言い出して飛び出してきたと考えるか……。
「ええ、伝えました。父も母も了承してくださいました。それと、伝言を預かっております」
ナタリーはコースター状のような物テーブルに置く。そのあと、ナタリーが表面を触れると、シェルリアが映し出された。
「ヴァルアンごめんね。娘がとても乗り気で、止められませんてした。私たちは全力で止めたんだけれどね」
シェルリアはこんなことを言っているが、多分止めていない。なんならサタルージとシェルリアも一枚噛んでそうだ。
「ナタリー聞いてる?」
「聞いてます」
ナタリーはハキハキした声で返す。
「うん、良い声ね。それと、魔王様に迷惑を掛けないようにね」
「うん!」
ナタリーは元気な声で反応する。シェルリアよ、囚われの姫設定で、吾輩が頭を悩ましている場合はどうすればいい?
「これで大丈夫でしょ。アタリウス」
「そうですね。サタルージもシェルリアも了承してますし、私の不安は無くなりました」
「これからよろしくね、アタリスちゃん」
ナタリーは微笑み、それを見たアタリウスも微笑んだ。
「もしもーし魔王。あの女の子誰?」
ノックをせずにルイナが入ってきた。
「あっ、盗人」
「盗人……? あたしは女神よ」
「盗人です。あの大きな魔王のぬいぐるみをどこにやったの。この極悪非道め」
「極・悪・非・道……? あんな魔王と一緒にしないでよ」
ルイナは、吾輩の方を指差しながら言ってきた。吾輩は持てる力を使って首を横に振った。吾輩はそんな非道なことはしていない。
「魔王様を極悪非道と言うのが許せない。どれだけ平和活動をしていると思っているんですか?」
ナタリーの言葉に思わず涙腺が緩みそうだ。あんなに熱く吾輩のことを推してくれるなんて。
「そんなの知らないわよ。魔王なんて、極悪なことをするのが普通。あんたの世界の魔王が特殊なだけよ」
「随分、別世界のことに詳しいですね。私みたいな人はどんな感じなんですか?」
ナタリーは目を見開きながらルイナに尋ねた。今、質問する内容かな?
「序盤に魔王の侵略状況を伝える役割をしているわね」
「へえ……でっ、でも……まだ信じられません。あの大きいぬいぐるみここに出現させない限りは」
「わかったわ。ぬいぐるみをここに出現させるわ」
「お願いします」
「ちなみに小さい魔王に四人に変えちゃったけれど許してよね」
「え? 小さい魔王にした? それはどういうこと?」
「『テレポーション』」
床に魔方陣が現れ、四人の小さな魔王が出現した
「吾輩はスレートフラッシュ出せるぜ」
一番右の小さな魔王がにやりと笑う。
「あははは。吾輩は、ロイヤルフラッシュを出せるぞ。一位は貰ったな」
左から二番目の小さな魔王は高笑いをする。
「わがはいは、フォーカード……」
右から二番目の小さな魔王は呟く。
「吾輩もストレートフラッシュです。ビリは回避できるかな
隣の小さな魔王は淡々と言う。
小さい魔王達はなぜか、ポーカーをやっている。小さな魔王達が出そうとしている役は、とても強い。吾輩がやった時は同じ数字のトランプが三枚手札にある――スリーカードか同じ数字が二枚ある――ワンペアしか出したことがない。ましてやストレートフラッシュなんて出したことがない。この小さな魔王達は吾輩よりもうまい。
「いっせーのでいくぞ」
「「「「いっせーの」」」」
小さな魔王達は一斉に手札を見せた。
「え? 嘘でしょ」
思わず吾輩は口を滑らせた。小さな魔王達の手札には役なんてなかった。同じ数字のカードもなく、ぶたという状況だった。四人はでまかせで言っていたということになる。なんて博打が好きなんだ。
「これが大きいぬいぐるみだったもの。か、かわいい。これなら認める……わけにはいきません。実際に魔法を使っているところを見せてください」
ナタリーはちらっと小さな魔王達を見てから、ルイナに指差しながら言う。そこには少しの恥じらいが見えた。もしかしたら、少し認めているのかもしれない。
「はあ……こうなると思ってたわ。『ソウルスタンド』」
ルイナは電話に向かって魔法を放った。
電話機の真ん中に書いてあるエンブレムのところがなくなり目と口が現れた。目と口は張り付けられた感じで見え、内側にあるみただ。
「プルルーン。よお魔王……と皆さん。お元気かな?」
電話は、受話器を帽子に見立てて、受話器を浮かした。
「え……何が起きたの?」
「これは魂を付与させる魔法よ」
ルイナの言っていることを自分なりに咀嚼すると電話が一つの生物のような感じになったということだろう。
「魔王はこんなにも慕われていたんだな。俺、涙腺涙ねえのに涙が出そうだぜ。それと女神様、俺をもっと丁重に扱えよ、痛いんだよ」
「うん……」
そこはちゃんと認めるんだ。
「あれな、骨に響くんだよ骨に」
電話は骨という言葉念を押して言う。電話に骨があるなんて驚きだ。
「次から気をつけるわ」
ルイナはナタリーの方を向いた。
「これであたしが女神ってことがわかったかしら」
「はい。摩訶不思議な魔法を使うのは、女神しかいないです。もう疑いません」
「あたしのことを女神とわかってくれてうれしいわ」
ルイナは咳払いをし、吾輩の服を引っ張る。
「こほん。転生エリアの掃除に行くわよ」
「え……?」
「魔王さん。あの転生エリアを何に使っているのか、ご存知ですか?」
ルイナはにやりと笑い吾輩に尋ねる。まるで家庭教師の先生みたいだ。
「さあ……?」
ルイナは吾輩に何かを察しさせようとしているのだろう。
「倉庫して使ってますよね?」
「使ってませんよ?」
吾輩は食い気味に否定した。吾輩でも転生エリアを倉庫に使う度胸はないし、転生エリアがこの魔王城にどこにあるのか把握していない。
「はははご冗談を……。『テレポーション』
吾輩と女神と小さな魔王四人が光の粒子になっていく。
「……え? どこに行かせるのだ」
「転生エリアに決まってるじゃない」
「こんな唐突に行くものか……?」
「行ってらっしゃい、ヴァルアン様……」
「あっ、うん……」
ナタリーとアタリウスの手を振られながら吾輩は転生エリアに着いた。
「ここが転生エリアか……? ゲホゲホ」
ここはあまり手入れしていなかったな。確か……備品が入っているダンボールがたくさん置かれているところだったな。ここにいると体調が悪くなりそうだ。
「うん……?」
床に何やらマークが描かれている。これが転生させるための魔法陣だろうか。全体の絵を確認するにはすべてのダンボールを省かないとわからなさそうだ。
「さて、掃除するわよ」
「はい……」
吾輩たちは手分けして窓を開けていく。所々、蜘蛛の巣が張られていて、剥がすのに不愉快極まりなかったが、今後、使う機会が多くなりそうだし仕方ないと思うことにする。
「さてあんたちの風魔法。ウィンプゥでしたっけっけ? 使わせてもらうわ」
「ウィンプゥ!」
彼女は風魔法を放つ。ホコリが一気に窓の方へと排出されていく。まるで光を見つけた虫のようだ。あれだけの大きな風魔法をしていながら吾輩のところまで小さいほこりすら飛んでこない。あの風魔法は一体なんだ? 吾輩の知っている風魔法ではない
「これからが本番だね」
彼女の視線の先にはダンボールがあった。思わずため息をついた。ここからダンボールの置き場所を考えなければならない。元々は、大きな倉庫に保管していたが、この部屋を保管場所にすることで解体してしまったし、どこに置こう? あの気味の悪い魔法を使うしかないか……。
「『デメタンス』」
吾輩の足元から足の生えた目ん玉を多数出現させた。
「きも……」
ルイナは足下の目ん玉を見て、吐き捨てた。本当はあまり使いたくなかった。これは魔王直々の魔法で複数の場所を確認する時に使うものなんだけれど、見た目が気持ち悪くて吾輩はあまり使いたくはない。しかし、今これを使わなくてはダンボールをどこに置くか配置できない。これは仕方がない。
「行ってこーい」
目ん玉たちはわらわらと部屋を飛び出した。黒い絨毯のようがうごえているようにも見てる。
「これで、ダンボールの置き場所を探すのね、魔王らしいわ」
ルイナの最後の一言には皮肉が込められているように感じるな、聞かなかったことにしよう。
確か……ダンボールの中には長期間保存できる食料と魔王城にある備品。シャンデリアとか、お皿などだった気がする。
一人の目ん玉野郎が食料倉庫に着いたみたいだ。ここは出し入れが激しく、積まれているダンボールは少ない。今で、縦に二つに並んでいるのが見える。そして、丁度よくダンボールが置けそうなスペースを発見した。置くだけなら四つぐらいは置けそうだが、出し入れを確認すると三つしか置けなさそうだ。
それ意外に置けそうなところというと、ホテルによくあるリネンコというところには余りの備品と掃除用具が置かれている。スペースはかなり狭く一つぐらいしか置けそうな気がする。魔王城で、リネンコが五箇所あるので五箱は置けるはず。
「なんだ、こいつ虫か……? 炎の魔法だと、魔王城が炎上するし、水の魔法で溺死させるしかない」
一人の目ん玉が誰かと対峙している。確かここは、三階のリネンコ。魔王城で働いている者に出会ってしまったのだろう。何かしないと――。
「待て」
「その声は魔王様!? こんなお姿になられて」
「これが本当の姿だと思うか?」
「いっ、いえそうは思っておりません」
吾輩は脅すような感じで言ってみた。効果はてきめんで怖気づく。愉快、愉快。
辺りを見渡すと、二つ置ける空間を発見した。他のところも同じ感じであれば十個は置ける。序盤に六分の一ほどが置けるのは好調の証だ。ここから置けそうな場所にいって確認していく。どんどんと置ける場所が見つかっていき、後は実際にダンボールを置いていくだけとなった。
「よーし、置いていくか」
「おっ……戻ってきた」
ルイナはかなり驚いている。そんなに驚くことなのだろうか。吾輩が目を閉じ、立っていただけだぞ。
「これからどうするの? 魔王」
「ダンボールを置いていく作業に移る。まずは女神に食料・衣類・掃除用具・割れ物と書かれたシールを用意してくれないか」
「それ……必要? 透視魔法があるんだし、それを使えば良くない?」
「いちいち魔法を使って確認する手間と一瞬で片付けられる手間。どっちが手間がかかると思う?」
「それはシールを貼って、透視魔法を使わなくて良いほうが手間取らないけれども、六十個のダンボールを今からやらないといけなくなるのは嫌かな」
「吾輩はやるよ」
一人の小さな魔王が部屋に響くほどの大きな声で言うと、次々とこちらに集まってきた。
「――やらないといけなくなってきたじゃない」
次々と集まってくる小さな魔王達を見てルイナは呟いた。
「さあ、ダンボールを分別するために女神様がシールを作ってくださるらしいぞ」
「おお、すげええ。女神様ってシールも生み出すことができるのか」
一人の小さな魔王が歓喜する。
「ルイナはやっぱり女神さんだ」
一人の小さな魔王もすかさずルイナを褒める。
「やってやろうじゃない」
ルイナは片腕を回す。どうやら、やってくれるみたいだ。どんな魔法を使うのだろう。
「『トウタラチポポーン』」
ルイナは魔法を唱え、地面に両手を付けた。
「すべてのダンボールの中身がわかったわ」
ルイナはのそっと立ち上がり、両手を広げると、細長い長方形シールが出現した。
「行ってきなさーい」
ルイナが言うと、シール達は縦横無尽に飛び回り、ダンボールの側面に飛びついた。
「これで、ダンボールのシール貼りは終わったわ……」
ルイナは吾輩の腕に吸い込まれるように倒れた。
「あとは頼んだよ」
ルイナは、はりきりすぎたみたいだ。吾輩も本気を出さないとな。
「『テレポーション』」
床には大きな魔方陣を出現させ、ダンボールたちが光の粒子になっていく。ここから各々に合った場所に置かなければならない。少々無茶をするが、耐えてくれよ、吾輩の脳。
吾輩は次々とダンボールを移動させていく。脳に雷のような衝撃が走ったが、気にしないことにする。この調子で――。
「起きてください、ヴァルアンさん」
目を開けると、吾輩は寝室にいて、ナタリーがお起しに来ている。ダンボールはどうなったんだろう。途中でぶっ倒れたのだろうか……覚えていない。
「ナタリーは知らないと思うけれど、ルイナ様に転生エリアのダンボールの状況ってどうなったか聞いたか?」
「……聞きましたよ。ダンボールはすべて、魔王が移動させたって」
「吾輩が……?」
「覚えてないんですか?」
「うん……」
「女神様が『魔王にしては、忍耐力が無いって』笑いながら言ってたよ」
「あの野郎」
ルイナは呆れているのだろうな。
「そういえば、アタリウスは?」
「勇者のパーティーためにサタルージ王のところに行きましたよ」
「……ということは二日間も寝てたってこと?」
「はい。あの大掃除ってそんなに大変だったんですか?」
「まあな」
ナタリーには、女神のルイナの影響でだいぶ無茶をしたということは伝えるのはやめておこう。




