第3話「勇者のロードマップを作ろう」
「さて、勇者のロードマップを作りましょうか」
「勇者のロードマップ? 勇者のパーティーを作るよりも先に必要なことか?」
吾輩は率直な疑問をルイナに投げかけた。
「――必要よ」
ルイナは人差し指を立てながら言う。
「今回の戦いで思ったの。闇雲に戦いを挑んでも、さっきと同じ展開になるだけだし、先の展開を考えたほうが効果的な作戦が練りやすいでしょ?」
「なるほど――」
ルイナの言う通りかもしれない。ゴブ朗がやってくれた、スライムを使った戦いは、さほど苦戦していなかったし、ゴブ朗を十分に追いかける体力もあった。今、吾輩が考えられる倒し方はすべて勇者がいとも簡単に倒すだろう。
「みんなで、勇者のロードマップを考えようか」
「その調子よ、魔王ちゃん」
ルイナは、お母さんが愛でるようなまなざしを吾輩に顔を向けて、拍手をした。吾輩のことを子供だと思っているな。
「これをあんた達に渡さないことには何も始まらないわね」
ルイナは人差し指で円を描いた。
「おっと……」
空中から本が出現し、吾輩は両手で抱えた。辞書ぐらい分厚く、肩が凝るほど重い。この本が勇者の今後の展開に役に立つのか、甚だ疑問だ。
「この本はね『勇者物語』ってタイトルで、勇者が魔王を倒す話が書かれているの。女神が勇者を指南するときに参考にするものね」
ルイナの話を片聞きつつ本をパラパラとめくる。ルイナの言うとおり、勇者の視点で物語が書かれている。
「すいません」
ゴブ朗が手を挙げた。
「どうしたんだね、ゴブ朗くん」
「魔王様のこと悪く書きすぎではありませんか? 例えば『魔王は、人々が泣き叫ぶ様子を見ながら高笑いをし、酒を口に運んだ』って一節に、作者の悪意が隠れています」
そんな内容が書かれているのか。どれどれ『魔王は、人々を殺すことに嬉々としている。そんな奴を野放しにしていいのか?』ほんとだ。偏見甚だしい物言いだし、要所要所で魔王の偏見ばかり書かれていて、自分じゃないのに、心が締め付けられて苦しい。
「それでこの本がどうやって、ロードマップに役に立つんだ?」
吾輩はロードマップを作る流れにするために、尋ねる。
それを聞いたルイナは、吾輩の背後に立ち、本の一節に指をさした。
「『俺たちは第一ダンジョン、第二ダンジョン、永久迷路をクリアし、残りは魔王城だけとなった』と書かれています。魔王城に行くまでにも勇者を倒す方法があることがわかりますよね。『勇者、わたしが相手だ』なんて正々堂々と戦わなくてもいいのよ」
「「「ああ……」」」
三人の納得の声は部屋を包み込んだ。この考えは吾輩になかったアイデアだ。勇者を倒す施設を設置し、そこに勇者を誘導してそこで倒す。もし無理だったらもっと強めの施設を設けるみたいな形でダンジョンを増やすことで、倒す確率が上がるということか。
「これはいいな」
思わず吾輩の口から漏れる。
「でしょ、でしょ」
ルイナはニコッと笑い、頷いた。
「序盤は勇者のパーティーを完成させて、仲を深めつつ、第一ダンジョンに挑むみたいな感じかな?」
「そうね、序盤はそれだけで良いでしょ」
ルイナは不満げに髪の枝毛をいじりながら呟いた。序盤に何を求めているのだろう、この女神様は。
「次の展開はどうするんだ? この本の内容だとこの世界に『伝説の剣』を抜いて覚醒するイベントがあるけど――」
「そこはその流れの通りに実行してもらえばいいのよ、ヴァルアン」
「それは――」
今から勇者が持つ伝説の剣とやらを鍛冶屋に発注して、いかにも刺さってそうなところに刺さないといけないってことか……面倒だな。
「もしかして、そんな剣がないってことは言わないよね?」
ルイナは不安交じりに吾輩に尋ねた。ここはどうこたえるのがいいのだろう。素直にそんな剣は実在しないと素直に答えるべきか、『ある』と嘘をでっちあげる方がいいのか。吾輩は嘘を貫き通すのが苦手だからな。ここは素直に言おう。普通にないと答えた方がいいのだろうか。
「――ないです」
「嘘だよね?」
「本当です」
「えっ……」
ルイナは目を大きく見開いている。吾輩はとんでもないことを口走ってしまったのかもしれない。あの表情は自分の常識が崩れたようなときに出てきそうなものだからだ。
「だって、あの剣だよ。選ばれし者にしか抜けないあの剣だよ」
ルイナは吾輩の肩をつかみ、体を揺らしてくる。あそこまで必死になる代物なのか。
「この世界にそんな伝承の剣はないです」
ルイナは力が抜けたようにその場で座り込んだ。あの剣がないってことでここまで落ち込むって、勇者のロードマップを作るために重要な要素だったんだな。
「……あの剣がないんだったら、あのくだりも……。へへ……考えたって無駄だよね」
よっぽどショックが大きいらしい。女神がこんな姿になるって『伝説の剣』って恐ろしい。
□
ルイナがその場に座り込んでから二時間が経過した。何を言っても反応がないので、アタリウスとゴブ朗には帰ってもらった。
さて、どうしよう?
「あの……ルイナ様。天界に帰って良いですよ。今日やることは終わりましたから」
「帰れないの」
「どうして?」
「勇者を天界に帰さないと戻れないの! だから、焦っているんでしょ」
「――え?」
「もしかして、あたしがわざわざ謝るためだけに来たと思っているでしょ」
「うん……」
「純粋ね。まあいいわ。あたしの部屋を提供してちょうだい。豪華なやつね。一つぐらいはあるでしょ?」
「あるにはあるけど……」
「あるけど……?」
ルイナは不思議そうに見つめる。
あの部屋を案内していいのだろうか。怒られはしないか? あの巨大なぬいぐるみが置かれている部屋に。一年ほど前にぬいぐるみの職人達が誕生日にくれたものだ。
「その部屋に連れてって!」
「はい……」
我輩はあの部屋に行くことにした。文句を言われたら、違う部屋にすれば良いだけだしと心の中で言い訳をする。
「ずいぶん、立派な扉ね」
我輩たちはあの部屋の前に立っていた。
ここは元々、他の王族が泊まる客間だったが、時代を経るにつれ、宿泊施設に泊まる需要が増え、空き部屋と化している。いや、今は大きなぬいぐるみを保管する部屋か。
「では、開けるわね」
「あっ……」
我輩の声が漏れる。まだ心の準備ができていない。あの巨大なぬいぐるみを見て、気分を悪くしないだろうか、もしくはあのぬいぐるみを燃やしたり、捨てたりとかしないのだろうか、不安だ。
「『あっ……』って何? 何か隠しているの?」
ルイナは、にやっと笑い、吾輩をそそのかす。あんないたずらっぽい顔にならなくても。
「あたしに見っせろ!」
ルイナは思いっきり扉を開ける。
「――ん?」
ルイナはぬいぐるみの方を見て、固まっている。あれだけ大きいとそうなるよな。ぬいぐるみは普段着ている公爵の服装を身に纏い、鎮座していた。
「あれは……何?」
「吾輩の誕生日プレゼント」
「そうなんだ……『エクステンション』」
ルイナはすかさず魔法を唱えた。吾輩は思わず、ルイナの顔を覗く。ルイナはワクワクしたような表情であった。何もなかった部屋にベッドやクローゼットなどの家具が生成される。
「おお!」
そして、ぬいぐるみが四分割され、小さな魔王たちが生まれた。
「はじめまして、魔王です」
「わたしが魔王です」
「いや、僕が魔王です」
「わしが女神です」
「今。変なことを口走った若造がおるな」
「私じゃないよ」
「僕でもないです」
「僕ちんでもないです」
「我でもないぞ」
「連帯責任ということで」
「「「「そんな……」」」」
頭上から大きい拳が出現し、その拳が小さな魔王たちの頭に激突する。小さな魔王たちは辺りに転がった。
「さて、楽しい部屋のメンバーも増えたことですし、これからよろしくね、ヴァルアン」
ルイナは吾輩に笑顔を振りまいた。




