第2話「スライムを使って勇者を倒せ!」
「――ん?」
目を開けると、小さいスライム達が周りを囲んでいた。またやってしまったようだ。僕――ゴブ朗が『テレポーション』を使うと、変なところにワープしてしまう例のあれが――。
本来は魔法が掛かっている透明な壁の前に着いている予定だったのに、内側に入ってしまった。「なんでここにテレポーション禁止の魔法を掛けないんだよ、魔王様」と、嘆きたいが、こんな危険生物――スライムがいるエリアにワープするやつなんて僕ぐらいしかいない。
ぽよん、ぽよんと小さいスライム達がはねている。僕のことを歓迎しているのかな? ありがとよ。
――いや違う。
スライム達のはねる高さが高くなっている。もしかして――。
僕の嫌な想像は的中した。僕の身長、三倍ぐらいの所までスライム達がはねると、僕に飛びかかってきた。
「『ウィンプゥ』」
僕は風魔法で床を滑って、回避する。あのスライム達、最初から僕を仕留めようとしてあの行動をしていた。あれは一種の狩りだ。僕はとんでもない化け物を相手にしてしまったみたいだ。
小さなスライム達が地面に落ちると、砂埃が舞う。少し時間が経つと、収まってきてスライムのシルエットが見えてきた。小さなスライム達は一つの巨大なスライムに合体していた。
「これは逃げた方が良さそうだな……」
僕は立ち上がり、前方へ走り出した。後ろを振り向くと、スライムが群れを作り、ポォォンという音を立てながら追いかけてくる。久々のご馳走に興奮しているようだ。
スライムの重く鈍いはねる音が徐々に大きくなっている。
まずい、このままでは飲み込まれてしまう。スライムに遭って起こる主な死因はスライムに飲み込まれての溺死。次にあるのがスライムの消化で跡形もなく消えること。後者の方は、絶対に避けたい。
僕はイチかバチかの勝負に出ることにした。逃げたところでいずれ、飲み込まれてしまう。だったらあの魔法で立ち向かうしかない。
「『オペレート・アクアズ』」
水に棲む生物を誘導したり、一時的に操作できる魔法をスライムに撃った。スライムは見た感じ水で構成しているように見えるので有効なのではないかと思ったからだ。
魔法がスライムに当たると、僕はめまいがし、目をつぶる。
目を開けると周りが硝子細工で構成された世界が広がっていた。なんて美しい光景だろう。
「うっ……」
気づいたらスライムの体内にいた。さっきの硝子細工の光景はなんだろう。もう一度見てみたいが、スライムから抜け出さないと叶わなさそうだ。
『ファイヤー・マルチボム』
僕は心の中でそう唱えた。
両手から複数の火の玉を発生させる。
この火の玉は高密度に圧縮されたもので、任意に爆発させることができる。
さあスライムの体内で炸裂しろ。
次々と火の玉を爆発させていく。爆風によって、僕はスライムの体内で踊った。こんなに威力高かったんだな、この魔法。しかし、スライムの体内は小さな穴すら開かなかった。
次に雷の魔法……はやめておこう。自分自身が感電して命が尽きそうだ。風の魔法でも撃ってみることにした。
『ウィンプゥ:ダッシュ!』
足に風魔法を施し、全力で突撃する技。この魔法は至近距離で大きな魔法を撃つためのつなぎのようなものでそこまで攻撃力はないが、全身を回転させ片手を突き出す「ドリュー」と掛け合わせたときに岩も砕く攻撃に変わる。
『ドリュl』
心の中で唱え、全身を回転させ、スライムの体外に出るために突撃した。しかし、スライムの体内は丈夫なものでゴムのように返ってしまい、元の場所に戻ってきてしまった。
どうしよう……万策尽きてしまった。
このスライムの中はどうやら強力な魔法耐性があるらしい。それに打ち勝てる魔法があれば出れたかもしれないが、僕にそんな魔法はない。僕の覚えている魔法は基本魔法だ。普段使いには重宝するが、こういう緊急時にはまったく使い物にならないものばかりだ。上級魔法か、それ以上の専門クラス――マイスターまでいかないとこういう状況を打破できないのだろう。とはいえ、このままスライムに消化されるのは抵抗があるし、まだ勇者を倒すミッションの準備の時点で終わるのは避けたい。もう一度「オペレート:アクアズ」を使ってみることにする。さっきの光景が仮にスライムの視点だったとしたら、この魔法が有効である可能性が高い。この魔法には二ステップあり、対象の視点になるワンステップ。そこから自分の思うとおりの行動をするのがツーステップ。さっきの一ステップとカウントされるのだったら、スライムから出ることは可能だろう。
せっかくだ、柄にもないことをするか。
「『聖なる源に棲む生物よ、我に一事委ねよ。オペレート:アクアズ』」
僕は基本、詠唱は略して使う。この詠唱においては「オペレート」で略称ができる。かっこつけているわけではない。合理的ではないからだ。詠唱に時間を掛けて一回しか魔法が撃てないのと詠唱を省いて二、三回違う魔法を撃てるのだったら、後者を選ぶだろう。
そうは言っても一言一句詠唱を唱える言い分もわかる。略して使うと、効果が半減したり、違う魔法になることが往々にしてある。だからこそ、正確に魔法を使うためにも、あの長ったらしい詠唱を唱える必要があると魔法を研究している研究者か、専門家、魔法書を愛読しているアタリウスみたいな物好きな奴らは言う。
なぜこの言い方になってしまうかというと、ほとんどの方はそこまで精度を必要としていないからだ。おっと、これ以上このことについて考えないようにしよう。前に詠唱のことでアタリウスと熱い話をしたばかりだ。あれでたんこぶを貰ったからな。あそこまで熱いものをお持ちとは思わなかった。
気がつくと、また硝子細工の光景が広がっていた。これで一ステップ完了。あとは自分の思うとおりに行動するだけ――。
僕は自身の体を見た。スライムは体内が透けて見えるからだ。大きいモノが入っているのが見える。目を凝らしてみると、二頭身のゴブリンが入っていた。僕はそのゴブリンを口から出そうと全身をくねくねさせ吐く準備を整える。
「ボボボポエー」
うめき声を出しながらゴブリンを吐き出した。吐き出したあとは、なんだかスッキリしたような気分だった。
「はあはあはあはあ……」
一事はどうなるかと思ったけど、成功して良かった。これでスライムを使役できる。後は、これを勇者に投げつけるだけだ。
巨大なスライムを三体選び、再び「テレポーション」と唱える。魔方陣が現れ、スライムが光の粒子になっていく。勇者は確か……大きい鍛冶屋で剣を選んでいるって言っていたな。
目を開けると、鍛冶屋付近の森に移動していた。
「ふっ、ふっ、ふっ」
鍛冶屋の裏庭で黒い肌着姿の男性が剣を振っている。鍛冶屋で剣を選んでいるって言っていたし、あれが勇者だろう。僕の魔法が上振れた。嬉しい。僕がこの魔法を得意としていたらこんなことは起きなかった。ありがとう、過去の僕。
「行ってらっしゃい」
小声で呟き、三体のスライム達を勇者の方に向かわせた。不意打ちで気が引けるが、勇者を倒すには一番この方法が適切だ。
スライム達が徐々に勇者の背後に近づいていく。勇者は、剣を振るのに夢中で気づいていない。
一体のスライムが勇者を飲み込む。勇者は小さな泡を出し、藻掻いている。見るに堪えない光景だが、勇者を倒すにはこれしか思いつかないのだから、仕方がない。
「スライム二体はいらなかったな」
僕はぽつりと呟いた。一体のスライムでここまで勇者を溺死寸前まで持って行けたし、余分に持ちすぎたな。
「――ん?」
勇者を飲み込んだスライムが一瞬ではじけ飛び、肉片が僕の頬を横切った。すぐさま頬を触ると、切り傷が刻まれていた。
あの勇者、何の魔法を唱えた? あのスライムは魔法耐性があって、基本魔法が通用しない、僕が苦戦した奴だぞ。
ただちに残りのスライムを勇者に襲わせる。
「スラアアアアッシュ!」
勇者のかけ声とともにスライムが切り刻まれ、塵となって消えていく。もう一体のスライムがジャンプ攻撃をしようと、高く飛ぶが、勇者はそれよりも高く飛び、剣をスライムに向けて投げる。剣がスライムに刺さり、スライムが塵となって空に消えていった。
「……やばいかも」
これ以上ここで見ていたら、勇者に見つかって殺されてしまう。早く逃げなければ――。
「あっ……」
地面にあった枝が足に当たり、音が鳴ってしまった。
「やはりいたか……スライムを使役している真犯人が」
勇者は地面に刺さっている剣を抜き、僕が隠れている方に顔を向けた。
「『ウィンプゥ:ダッシュ!』」
風魔法を使い、木から木へと移っていく。後ろを振り向くと、不敵な笑みを浮かべながら追いかけてくる勇者がいる。
「どこに逃げようとする? ゴブリン」
まずい、まずい、まずい。全てのプランが崩れた。最低でも気絶すると思っていたのに、まさかスライム三体を消し炭にするなんて、化け物すぎる。早くテレポーションを使って、安全なところに移動しなければ――。
「もしや、魔王城にでも逃げ帰るのかな?」
「そんなわけないだろ。妄想漏らし野郎」
勇者にこんなあだ名を言って良いかの判断は後にするとして、僕がこの後おとなしく帰ったら、魔王の命が危ない。女神の加護もあるしな。一矢報いて攻撃してみるか。
「『ボム:プラント』」
この魔法は高密度に圧縮した魔法を罠として使えるものだ。今回は雷の魔法を植えてみた。
「スラッシュ:スター」
勇者が大きな声で言うと後ろから強烈な斬撃が僕の体を真っ二つにした。体が粒子状になって消えていく。最期に見えたものが逆さまに見える勇者だった。
目を開けると、暗闇にいた。どうやら死んだみたいだ。ここが天界らしい。いや……違うか。女神の施しで魔王城にある転生エリアに飛んだはず。
「『ライトアップ』」
光の胞子を天井につけ、周りを眺める。所狭しと段ボールが置かれている。ここは一体どこだ? 段ボールに書いてある文字を見ると、備品と書いてあり、丸で囲われていた。どうやら、備品を一時的に置く倉庫になっているみたいだ。女神様が見たら、かんかんに怒るんだろうな。「転生エリアを倉庫代わりに使うな」みたいな感じで。このことは、こっそり魔王に教えて改善してもらおう。
「『テレポーション』」
僕は玉座に行くことにした。なんだか早めに戻らないといけないと思ったからだ。律儀に転生エリアの扉を開けて玉座に向かいたかったが、僕の周りには背丈以上の段ボールが積まれていて、動かすことはできない。
「だ、大丈夫か……ゴブ朗よ」
最初に話しかけてきたのは魔王ヴァルアンだった。僕の体の隅々まで見ていた。真っ二つに斬れちゃったし、塵になっちゃったからね。
「ゴブリンにしては頑張ったほうなんじゃない?」
少しからかい気味で言う……天使。僕のあげたせんべいの入った袋は半分ほど消えていた。この天使、食欲旺盛だな。
そして、アタリウスは――。
「もう会えないと思いました」
涙で声が詰まりながら言ってくれた。冷静沈着な彼女だけれど、意外と情が深いことを今になって知った。
そんな中、魔王のテーブルにある電話が鳴り出した。
「おっ、きたきた」
意気揚々と、天使が受話器を取る。
「もしもし――。サタルージ! 数時間ぶり。何々……」
天使は何度も軽くうなずきながらサタルージの話を聞いている。なんのことについて話しているのだろう。
「――半分は任せたわ」
天使は受話器を置いた。
「皆さんにご連絡があります。勇者のパーティーを見繕うことになりました。サタルージ側は戦士と僧侶。あたしたち魔王側は魔法使いとその他を決めることになったわ」
「その他って何ですか?」
「魔王、するどい質問ね」
天使の手から本が飛び出した。天使はその本をぱらぱらとめくり始めた。
「この本によると、賢者、武道家、盗賊、放浪者って書いてあるわね」
「――なるほど」
魔王は納得しているみたいだ。僕は何のことだかさっぱりわからない。勇者はあんなに強いのに仲間なんているのか? 納得する理由を教えてほしい。きっと、僕がスライムと格闘しているときに話でもしたのだろうから。
「勇者パーティーの完成は二週間後。はあ、どんなパーティーになるかな……楽しみ」
天使は目をキラキラにさせながら斜め上を眺めていた。
「すいません……」
「何だね、ゴブ朗くん」
「どうして、勇者はパーティーを作らなければいけないのでしょうか? 勇者単体であれだけ強いのに」
「それがセオリーだから……とは言わないわ。勇者の身近に味方を送り込むことで倒しやすくするため。油断が一番の弱点だからね。そして、この世界を破壊する者に反転させないためっていうのもある。この世界の全員が牙をむく構造上、絶望をして、何もかも破壊に転ずる人になってしまったら、あたしでもどうすることもできない。だからこそ心の支柱という役割も大事なの」
「……なるほど」
僕も魔王と同じ反応をしてしまった。この理由なら納得だ。勇者のパーティーがどんな者で構成されるのか今から楽しみになってきたぞ。
次の第3話「ロードマップを考えよう」は4月15日です




